第24話 決着
「ガストン殿。もう一度だけ聞くのだが、引く気はないか? これが最後の譲歩だ。もし引いてくれないのであれば、私は貴殿を無傷でアルテミトス侯爵にお返しすることができなくなる。頼むから一言すまんと頭を下げてもらえないだろうか」
「くどいぞレックス・ヘッセリンク! 俺は貴様の首を挙げ、エイミー様を娶る。そもそも頭を下げるのは貴様だ。次期侯爵である俺に対して無礼極まりない態度の数々。許されるものではない! どうせ生きて帰ろうともアルテミトス家との戦になるのだ。遅かれ早かれ貴様の命運は尽きておるわ!」
ここまで言っても伝わらないとなると、望みはないか。
下手に出るのはやめよう。
僕は今から怖い伯爵。
僕は今から怖い伯爵。
よし!
「貴殿はどうしようもない阿保だが、エイミー嬢の素晴らしさに気づいたという一点に限れば真実を見通す眼を持っていたと言えるだろう。それだけに残念だ。次期侯爵であろうと今はただの人に過ぎないにも関わらず、伯爵家当主である私に対する不遜な態度の数々。命運が尽きたのはそちらだと知れ。冥土の土産に、狂人レックス・ヘッセリンクと呼ばれる所以をお見せしよう。おいで、ゴリ丸、ドラゾン」
最近癖になってる二頭同時召喚。
ごっそり何かを持っていかれるこの感覚にも慣れたものだ。
ノータイムでゴリ丸達が天から降ってきて着地と同時に地面を揺らす。
凶悪な見た目に反して僕に身体を擦り付けてくる可愛い子達。
はっはっは、よしよしいい子だ。
「うお! 二匹とも喚びやがった! 過剰戦力だろ! 周りの被害考えろよ馬鹿伯爵!」
メアリがそれまで拘束していたフィルミーを背中に庇いながら怒声を上げた。
誰が馬鹿伯爵だ。
あ、僕か。
「上級貴族家当主への侮辱罪は死罪。近い将来命を落とすことになるのですから、レックス様の力の一端を目の当たりにして逝けることは最高の手向けになるでしょうなあ」
「残された家族には一生のトラウマだよ、息子が魔獣の餌とか。あーあ、またうちの評判だだ下がりだな。そんな家に嫁入りとかエイミーの姉ちゃんも可哀想に」
そんなこと言うな!
嫁に来てくれなくなったらどうするんだ。
だけど、半笑いのメアリに対してエイミー嬢はなぜか自慢げに胸を張っていた。
「そんなことはないわ。狂人レックス・ヘッセリンクの妻になれると思うだけでワクワクしているもの! 評判が落ちたなら上げればいいだけよ。メアリさんも手伝ってくれるのでしょう?」
妻が天使だった件。
僕の周りには天使が集う宿命なのか。
神よ、感謝いたします。
「くっくっく! 前向きだねえ。奥様の言うことは絶対ってか?」
「あら、ゴリ丸ちゃんもドラゾンちゃんも手伝ってくれるのかしら? ふふっ、くすぐったい。二人とも甘えん坊さんね」
半笑いから苦笑いに笑みの種類を変えるメアリを尻目に、ドラゾンとゴリ丸がエイミー嬢にも身体をスリスリしていた。
お前たち犬なの?
猿と竜じゃなかったかい?
「だからなんで懐いてんだよお前らは……いや、違うか。なんで手懐けてんだよあんたは」
「私がレックス様の妻だとわかってくれているのではないかしら? ほら、二人とも頷いてくれてる。頭がいいのね。脅威度の高い魔獣というのは皆知能が高いのかしら」
うんうんと首肯する召喚獣達。
地球なら動画撮って投稿したら再生回数稼げそうだな。
賢いペットは癒されるからね。
まあ、デカすぎる双頭の猿と骨だけの竜では癒されないかもしれないけど。
この子達で癒されるのは多分僕とエイミー嬢だけだ。
「こいつらが特別なんじゃねえの? 森で遭う奴らは本能剥き出し系ばっかだし。なあ、兄貴」
「そうだな。食うことと縄張り争いだけで生きてるからな魔獣というのは。ゴリ丸達は魔獣ではなく召喚獣だから、そのあたりが知能に影響を与えているのかもしれない。でなければ、エイミー嬢を僕の妻だなんて認識しないはずだ」
次に召喚する魔獣の知能が高ければそういうことなんだろう。
次の召喚獣か。
全然二頭で事足りるんだけど。
追加より二頭がグレードアップするほうがいいなあ。
「なるほどねえ。……で? どうするよ、そいつ。白目剥いて大の字って。予定どおりどっちかの餌にするか? あ、嫌なのね」
そう。
ガストンがやけに大人しいのはゴリ丸達を目の当たりにした瞬間に気を失ったから。
刺激が強過ぎたか?
こんなに可愛いのに。
餌にするかとメアリの視線を受けたゴリ丸達が揃って首を横に振るとことか最高にキュートだ。
絶対美味しくないし食べたくないのはわかる。
僕も可愛い二頭にこんなもの食べさせたくない。
さて、どうしたものかね。
「レックス様。街から騎馬が出て参りました。いかがなさいますか? お許しいただけましたら爺めが拘束いたしますが」
「ふむ、そうだな。暴れられても面倒だ。まとめて土の中にいてもらうとするか」
僕の許可を得たジャンジャックが再び印を結ぶのを見て、フィルミーが慌てたように大声を上げる。
メアリは彼に害はないと判断して拘束を解いていた。
「待て、いや、お待ちください! アルテミトス侯爵ご本人です! 先頭の! 黒い外套の人物!」
「へえ、本人が出てきたってか? おうおう、先頭切って走ってるあれ? ははっ、馬鹿息子とは似ても似つかないような迫力してんじゃん。流石は上級のなかの上級だねえ」
なるほど確かに迫力あるな。
髪は真っ白だけど、角刈りが異常に似合ってる。
遠目に見ても身体がでかいし乗ってる馬もでかい。
何より護衛のはずの兵士をぶっちぎって駆けてくるのが凄い。
「その上級の上級が自ら馬を駆って出張ってくるとはな。なかなかどうして、血気盛んじゃないか」
老いてなお盛んか。
ジャンジャックといいアルテミトス侯爵といい、かっこいい爺さんの多いこと。
ハメスロットやカニルーニャ伯爵も含めていい歳の取り方してるね。
まあ、アルテミトス侯爵はこれからの対応次第で敵になる可能性が高いんだけど。
「当代のアルテミトス侯爵は、ともすれば文に偏りがちな家系の中では珍しく武に長けた方。もちろん文も備え、まさに文武両道。愚かとはいえ、嫡男の危機となれば飛び出して来られることも十分想定されたことでございます」
へえ、一族的には変わり者の部類なのかな?
まあ侯爵なんていう偉そうな立場にいながらろくに武装もせずに狂人なんて二つ名のやべえ奴のいるところに突っ込んでくるだからやっぱり変わり者なんだろうなあ。
嫌いじゃないからできれば敵対したくない。
…
……
………
「その外套……其方が狂人レックス・ヘッセリンク殿か」
声も渋いじゃなあい。
イケおじだ。
歳はカニルーニャ伯爵とそんなに変わらないくらいかな?
よし、負けてられない。
んんっ!
「いかにも。初めてお目にかかるのがこのような場であることを残念に思いますよ、アルテミトス侯爵。さて、色々と申し上げたいことはあるが、多忙な御身を長々と拘束するのも憚られる。早速だが本題に入りたいが、いかがだろうか」
精一杯武張った声を出してみた。
裏返ったりしてないよね?
大丈夫?
あ、ジャンジャックが満足げに頷いてる。
よしよし。
「是非もない。愚息が面倒を掛けたようで顔から火が出る思いだ。カニルーニャ伯にも申し訳が立たぬ」
お?
いい感触。
「事情はご存知なのですね?」
「無論だ。一人の父親としては、息子の望む嫁を娶ることに賛成すべきなのだろうが、残念ながら私は家を守ることを第一義とする上級貴族だ。我がアルテミトス侯爵家は、レックス・ヘッセリンク伯爵とカニルーニャ伯爵家令嬢エイミー殿の婚姻を祝福する」
やったあー。
戦争回避!
エイミー嬢との結婚も確定!
考えられる中で最良の結果じゃない?
よし、落ち着け。
確認事項はまだあるぞ。
「念のためにお尋ねするが、カニルーニャ伯に横槍の手紙を送ったのは、侯爵ご本人ではないのですね?」
「そのようなことをするものか! 貴族として古来よりのしきたりを守ることこそ肝要。家と家が合意した縁談に嘴を挟むなど言語道断である。大方、愚息が一部の家来衆を抱きこんで私に話が届く前に事を起こしたのだろう」
未来の侯爵に取り入って美味い汁吸おうとしてるやつらがいるんだろうね。
「嫡男とはいえ当主を騙って他家に手紙を送るとは呆れた話だが……この件についてはこれ以上事を荒立てるつもりは毛頭ない。御子息とその取り巻き共の手綱をきっちりと引き締めてくださればそれで結構でございます」
「かたじけない。色んな面で取り返しのつかないことになるところであった。命を落とした家来達には可哀想なことをしてしまったがな……」
ん?
ああ、そうか。
そう見えるよね。
「命を落とした? はて。なんのことだろうか。誰か落馬でもされてお亡くなりになられたのか? それはお悔やみ申し上げる」
迷惑をかけられた意趣返しにとぼけてみせると、鬼の形相で歯をぎりぎり鳴らし始める侯爵。
めっちゃキレてるけど必死に押し殺してる。
親父はめっちゃ理性的なのに息子はなんでああなったのかね。
偉大な父を持つプレッシャーかな。
いや、最大限親父のコネを使おうとしてたし元々の資質か。
「ヘッセリンク伯。この状況でその発言は笑えぬよ。こちらに否があるのは重々承知している。だが、命を落とした兵を侮辱するような」
「ジャンジャック」
種明かし。
はい、ご注目くださいねー。
「御意。『釈放』」
印を結び呪文を唱えるジャンジャック。
後で聞いたら出す時と消す時で印の結び方が逆の動きになるらしい。
とにかく短い作業で小山が一瞬で消え去る。
魔法とは神秘だ。
小山が消えると、土砂に呑まれた兵士と馬たちが相当数倒れ込んでいる。
それらを目掛けて動ける兵士たちが一斉に走り出し、同僚の安否を確認して手で大きく丸を作った。
「おお、おお! なんということだ……生きているのか? 全員が!」
「元々誰一人殺すつもりなどなかった。最悪ガストン殿の命は失われていたかもしれないが、このとおりだ」
白目、失禁、大の字。
うん、まあ流石に親としては顔を覆いたくなるよね。
「どれだけ親に恥をかかせれば済むのか……おい! 早くこの馬鹿者を屋敷に運べ! いいか、絶対に部屋から出すでないぞ! 見張りは部屋の内外に置け。決して抱き込まれぬよう一軍の者をだ」
一軍とは侯爵直属の組織らしく、バカ殿の言うことは一切聞かないらしい。
「さて。これからの話ですが」
「こんなところではなんだ。我が屋敷に案内しよう。食事でもしながら話しをしようではないか」
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