第23話 バカ殿様
「鏖殺将軍鏖殺将軍って言うけど、冷静に考えると結構やばい二つ名だよなあ、爺さん」
字を変えたら皆殺し将軍。
響きのヤバさは暴れん坊将軍の比じゃない。
しかもこの二つ名、国内外に轟いてて、子供を叱るときに使われるんだってさ。
言うこと聞かないと鏖殺将軍が来るぞーって。
「若気の至り、でしょうか。土魔法使いというのはどうしても侮られがちでございましてなあ。一対一ならなんとかなると勘違いした者どもがまあ殺到するのです。千切っては投げ、千切っては投げと続けた結果、みなごろしと」
「はっはあ。爺さんの千切るは比喩じゃねえってか?」
「さあ? どうでしょう。ただ強いて言えば……若い頃の私は今と違って加減が苦手でした」
「うちで一番えぐいのが爺さんだってのは周知の事実だから。オド兄から聞いた若い頃の爺さんの武勇伝とかちょっと気の弱い奴なら失神するレベルだから」
「はっはっは。もしかしてそれは隣国の斥候隊を生き埋めにした一件ですかな? いや、それとも反乱を企てた下級貴族の屋敷を押し潰したアレの可能性も」
ストップ!
具体例はやめなさいジャンジャック。
僕はそのちょっと気の弱いやつに含まれるから気絶するよ?
生き埋めとか押し潰すとか聞こえてない。
きっと聞き間違いに違いない。
「ジャンジャック、メアリ。戯れはそこまでだ。僕はこの頭の足りない坊やの教育に着手する。ジャンジャックは街から出てくる兵士を一人残らず駆逐しろ」
「御意。いけませんな。爺めとしたことが久々の戦場に年甲斐もなく興奮していたようです。ご容赦ください」
「構わんよ。しかし執事仕事よりも若々しいじゃないか。オーレナングに戻ったら森に入る回数を増やすか?」
なあんてね。
小粋な主従トークで重くなった雰囲気をほぐしてあげる僕。
なんて気遣いのできる上司なんだろう。
「是非是非。オドルスキさんが目に見えて腕を上げているのを見ると、血が騒いで仕方がありません」
ほぐすどころか薪に火をくべたようです。
まじかー。
なおさらハメスロットを引き抜いて屋敷の仕事を任せる体制を作らないといけないみたいだ。
「十分人間兵器のくせしてまだ血が騒ぐのかよ。まじでどうなってんだよヘッセリンク」
「その一角だということをお忘れかな? メアリさん」
お前が言うなと思ったら、それにはジャンジャックも同意見だったようだ。
そりゃそうだろう。
女装した凄腕暗殺者とか属性過多にも程がある。
「そのとおりだ。お前はヘッセリンクの最新作だということを自覚するように」
「ヘッセリンクの最新作ね。悪くねえと感じてる時点で毒されてるんだろうなあ。で? 俺はこのまま斥候隊長殿を足止めでいいんだろ?」
ヘッセリンクの最新作って皮肉も含んだんだけど、満更でもないみたいだ。
まあ、今更家来衆がズレてることについて突っ込んでも仕方ないことには薄々感づいてるけどさ。
仕事はしっかりしてくれるので文句を言うのはバチがあたるか。
「絶対にフィルミー殿を離さないように。わかってるだろうが、その男をただの斥候と思うな」
「あいよ。悪いな斥候隊長殿。兄貴と爺さんが認めたあんたが一番の危険人物だ。この場から半歩たりとも動かさねえよ」
「狂人レックス・ヘッセリンクと伝説の鏖殺将軍ジャンジャックに評価されるなど光栄なことこの上ない。が、今の私の立場からすればこれほどの屈辱はない」
侯爵家に属する隊長格が、見た目ほっそい
でもスカウトを考えてる身としては怪我させたくないんだ。
申し訳ないが、事が終わるまでそのままでいてください。
「心配すんなよ。こんな形してわかりにくくて申し訳ないけど実は俺、元闇蛇なんだわ。そう、ヘッセリンクの悪夢で潰されたあの闇蛇。俺ってば意外と凄腕なわけ…だからさ、安心して命の心配してくれよな」
安心して命の心配しろという激しい矛盾。
その履歴を明かしたら安心できないと思うなあ僕は。
「闇蛇……なぜ」
フィルミー隊長顔面蒼白。
そりゃそうだ。
暗殺者に捕まってるって自覚したら怖いよね。
顔色に気づいたのか、メアリが首筋から少しだけ刃物を遠ざける。
「まあ、俺は兄貴に助けられたクチだ。頼むから動くなよ? 我がヘッセリンク家はあんたを正式にお招きするつもりでいるから。アルテミトスより命の危険は格段に上がるが、その分給金は悪くねえ。同僚も気のいい連中ばかりで妙な諍いも皆無。それに、なんたって雇い主は世界一の男だ。少なくともおたくのバカ殿みたいに斥候職を下に見たりは絶対にしない」
完璧なリクルート活動だ。
しかし、世界一の男なんて照れるな。
あとで賞与を検討します。
「……前向きに検討させてもらう。生きていたら、な」
よしよし。
我が家は優秀な人材に適正な評価と報酬を約束します。
主力はガチャで手に入れたけど、今後は自分で口説いて仲間を増やさないといけないみたいだから機会を逃さないことが大事だ。
結果的にエイミー嬢、ハメスロット、フィルミー。
なかなか順調じゃないか。
さて、じゃあ僕も仕事をしますか。
僕の視線に気付くとジャンジャックとメアリの動きに呆然としていたバカ殿が再起動した。
「なるほど。確かにヘッセリンクの家来衆は噂どおり相応に優秀なようだ。だが、それはあくまでも貴様自身の力ではない! 俺はこの場で貴様を成敗し、エイミー様に俺自身の価値を証明して見せる!」
お前と一緒にするなバカ殿様。
「本当にやるのか? 正直なところ、私はあまり乗り気じゃないのだが。そもそもエイミー嬢はすでに私の妻となることが決まっているのだから争点にすらならない。そうすると、貴殿と争っても我が方にメリットが一つもないのだ。このままでは現役の伯爵が侯爵家の嫡男をいじめたという醜聞が広まるだけではないか」
「その余裕がどこから来るかわからないが、いいだろう。万が一、貴様が俺に勝つことができれば侯爵家の所領の好きな場所を譲ってやる」
安い挑発に乗っちゃう若様。
家来衆はさぞ将来を儚んでいる事だろう。
僕なら今の当主のうちに転職活動して、代替わりした瞬間に辞める。
「な!? 若様!! 何を!?」
そりゃ焦るよね。
口約束とは言っても勝手に領地を賭けの対象にしたんだから。
僕でもそれはダメだってわかるくらいなのになぜ彼にはわからないのか。
不思議だ。
「はーい、黙ろうな。あんたは重要な証人だ。見てみろよあの爺さんの顔。うちの利益とそちらの不利益が最大になる場所を計算してんだぜ?」
口を挟もうとするフィルミーはしっかりとメアリが抑え込んでいる。
確かに悪い顔してるなジャンジャック。
さっき山を作った時とは違う種類の悪辣さが表れてる。
「鬼か貴様らは……」
「鬼の中でも狂った鬼なんだなあ、俺達は」
僕を巻き込まないでいただきたい。
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