第22話 恋敵

「若様! この件については侯爵様が取り仕切ると、そう仰られたばかりでございます! にも関わらずこの軽挙。いかに若様とは言え見過ごすわけには参りません!」


「黙れフィルミー! たかだか斥候の分際で何を抜かすか! 俺は正しきことを為すのみだ!」


「今の若様に正義などありません! 今なら間に合います。お戻りください!」


「くどい!」


 果敢にも僕たちとガストンの間に立ちはだかり、次代の主人を必死に諌めようとするフィルミーに対し、その心が一切届いていないような発言と態度に終始するガストン。

 斥候の分際とは酷い物言いだ。

 ジャンジャックも認める有能だよその男は。

 メアリも目を見開いて唖然としている。


「凄え。絵に描いたようなバカ殿じゃねえか。あれが後継ぎとか終わったなアルテミトス」


「いかに優れた血統でも思想と育て方を間違えば不良が出るものですな。レックス様と奥様のお子様は我々が心血を注いで真っ当なヘッセリンクにお育ていたしますのでご安心ください」


 真っ当なヘッセリンク。

 いい予感が一切しないのはなぜだろう。

 世間一般的に受け入れられる真人間に育てていこうと心に誓う。


「ヘッセリンクの武勇伝などハリボテよ! 闇蛇を一人で壊滅させた? なぜ世間がそんな与太話を信じるのか理解できん! おおかた得意のペテンを使ったのだろうよ!」


「違うのです! ペテンなどではありません! ヘッセリンクというのは」


「ええい煩い煩い! すぐに俺の手勢が出撃してくる。俺に逆らったこと、覚悟しておけ! 主人に逆らうなど言語道断。一兵卒からやり直させてやるわ!」


 まじで!?

 流石にそこまでされたらアルテミトスの領軍やめちゃうんじゃない?

 スカウトのチャンス来た!


「お、いいねいいね! あの兄ちゃん、うちに誘えそうじゃね? 斥候隊長待遇で引き抜こうぜ!」


「うむ。ジャンジャック、報酬等の交渉は一任するぞ」


「御意」


「何をコソコソと話しているのだ。そもそも、侯爵家を前に頭が高い! 控えよ!」


「あー、ガストン殿? 貴殿は侯爵家の嫡男でしかなく、私は伯爵家当主だ。地位の高低は理解しているかな?」


 僕、伯爵。

 君、侯爵の息子。

 ここの格差、わかってる?


「侯爵家が伯爵家よりも格上な事など子供でもわかる事だろう。貴様こそ立場がわかっているのか? 俺が父に言えばアルテミス侯爵家はヘッセリンク伯爵家に戦を仕掛けることになるのだぞ?」


 全然理解できてなかった。

 というか大丈夫かこの子。

 うちのパパ偉いんだぞ! って言ってることに気づいてないのか。

 ほらエイミー嬢がだっせえなこいつって目で見てるよ。

 虫けら以下だよ。


「戦とは恐ろしい。だが、貴殿の発言は侯爵家の見解であると思ってよろしいのかな? つまり、アルテミトス侯爵家は私、レックス・ヘッセリンクが卑劣な手段を使い、カニルーニャ伯爵令嬢エイミー様を洗脳、あるいは脅迫して我が物にしようとしている。それを正し、エイミー様を救うためにアルテミトス侯爵家はヘッセリンク伯爵家に戦を仕掛けると」


「護国卿様! 誤解でござ」


「そのとおりだ! 俺はアルテミトス侯爵家の嫡男。それつまり次代の侯爵ということ。俺の言葉は父の言葉も同然。わざわざ父の手を煩わせるまでもない。レックス・ヘッセリンク。貴様は俺がこの手で成敗してくれる!」


 フィルミーのフォローも虚しく途中で遮られた。

 メアリとジャンジャックは、首ほぐしたり手首足首ほぐしたり、アップを始めてる。

 そうですかやる気ですか。

 だが、最後の抵抗を試みてみる。

 頼むから気付けよバカ殿。


「ふむ。聞いたな? ジャンジャック、メアリ。アルテミトス侯爵家ははっきりと我々ヘッセリンク家と敵対すると宣言したわけだ。さて、困った」


「困りましたなあ。平和的、理性的な解決の道が閉ざされてしまいました。かくなるうえは力で道理を通さざるを得ないかと、爺めは愚考いたします」


「なるほどなるほど。鏖殺将軍と呼ばれた家来衆筆頭のジャンジャックがそう言うのであれば、武力による解決以外に道はないのだろうなあ」


「白々しさが凄えよ兄貴も爺さんも。なあそこのバカ殿さんよお。あんた、当主でもねえのに他家に喧嘩売ってんだぜ? 意味わかってるか? 斥候隊長さんの言うとおり、今なら頭下げればなかったことにできるんだぜ? 頭冷やせよ」


 メアリが答え言っちゃった。

 まあそういうことだ。

 頼む、プライドを曲げて頭を下げてくれガストン君。


「なんだ貴様は!? ふん、顔だけは美しいが、礼儀を知らぬ。いいだろう。事が済めば貴様は我がアルテミトスで雇ってやろう。ありがたく思え」


 ダメー!!

 本物のお馬鹿さんだったか。

 頼むぜアルテミトス侯爵さん。

 子供の教育ぐらいちゃんとしといてください。


「ガストン殿、僕とエイミー嬢の婚姻に横槍を入れたのが貴殿なのはわかった。侯爵ご本人が絡んでいないようで、その点だけはホッとしたと言っておこう。しかし、なぜそのようなことを? 侯爵家嫡男でありながら、貴族の慣例に反したのはなぜだ」


「知れたこと! エイミー様は身体が弱く、社交会デビューも果たせていない深窓の令嬢。俺はエイミー様を子供の頃から知っている。身体は弱いが聡明な方だ。それが貴様のような魔獣を狩るしか能のない田舎貴族に嫁ぐという。おかしいと思わないわけがない」


 ん? 

 後半の僕disは置いておいて。

 こいつ、エイミー嬢を知っていたのか。


「蓋開けてみりゃなんてことない。あのバカ殿、普通にエイミーの姉ちゃん狙ってんじゃねえか。え、知り合い?」


「いえ、記憶にありませんね。私は基本的に領地から出ない生活を送っていましたので。他家の方とお会いする機会など数えるほどです。アルテミトス侯爵家の方とお会いしたなら忘れるはずはないと思うのですが……」


「無理もない。幼い頃、俺が一方的に一目見かけただけなのだから。だが、それ以来俺は片時もエイミー様を忘れた事などない。なんらかの理由で領地に軟禁されていることは知っていた。だが、それも俺が侯爵を継げばどうとでもなる。そう思っていたのに、ヘッセリンクなどという田舎貴族に嫁ぐだと!?」


 田舎田舎うるさいな。

 凄くいいとこだよ。

 自然豊かだよ。

 魔獣も豊かだよ。

 常に死と隣り合わせだよ馬鹿野郎!

 ふぅ、落ち着こう。


「幼い頃からエイミー嬢の美しさに気づいていた点は高く評価しよう。しかし、事は家同士の話だ。どちらにしても侯爵様と直接話をせねばならない。貴殿とはそのあと男同士で語り合うじゃないか」


「父と話す必要などない。貴様はここで俺に成敗されるのだからな! 狂人レックス・ヘッセリンク、覚悟しろ!」


 正気かよガストン君。

 流石にこれはもう庇えないかなあ。

 

「おおー。街から騎馬隊が出てきたぜ? 敵か味方か」


「アルテミトスは敵対していると宣言しましたからな」


「お待ちください! あれは領軍のなかでも侯爵様直属の隊です! 敵ではありません!」


「フィルミー殿。侯爵家嫡男様がはっきりと我が主の命を狙うと口にしたのですよ? 今この場では、アルテミトスである事即ち敵なのです。そこに個人や集団の意思は関係ありません。残念ですが、お互い無傷というわけにはいきますまい」


「何をなされるつもりか!!」


 ジャンジャックとの距離を詰めようとするフィルミー。

 残念、そこはうちの暗殺者の守備範囲だ。

 気配も音もなく背後に回り、首筋にナイフを突きつける。


「おいおい、動くんじゃねえよ隊長さん。アルテミトスが敵って事は、あんたも例外じゃないんだぜ?」


「……っ!」


「黙って見てろ。鏖殺将軍様の妙技を直接見れるなんてなかなかないんだからよ。可哀想になあ。恋に狂ったバカ殿のせいで、あの集団は全滅だ」


「やめろ! やめてくれ!!」


 ジャンジャックが両手で複雑な印を結び、高らかに声を上げた。


「土魔法の真髄をご覧あれ。『土石牢』」


 こちらに向かって走ってくる一団に、どこから来たのかと問い詰めたくなるほど大量の土砂が降り注ぎ、瞬く間に小山を形作った。

 うわ、凄え。

 土魔法が地味とか言ってごめんなさい。

 

「ふぅー♪ 派手だね爺さん! これだけやりゃあ街からも十分見えてるだろ。おかわりがくるぜ」


「何人来ようが、牢に収容される囚人が増えるだけです」


「かっこいいねえ。さすがは鏖殺将軍殿。どうだい斥候隊長。ジャンジャック将軍の二つ名の理由を目の当たりにした感想は」


「なんだあれは!? 土魔法の域を超えているだろう!! どこの土魔術師が一瞬で山をこさえるというんだ!?」


「目の前にいるだろ。その爺さんならやれるし、なんだったら本気じゃねえぞその山。知ってるか? 鏖殺将軍の鏖の字は、それだけでみなごろしって読むんだぜ?」

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