第21話 脳筋
言いつけを破って執務室に突撃して来たことに烈火の如く怒るカニルーニャ伯爵。
そのあまりの剣幕にすくみ上がるエイミー嬢を庇うために部屋を変えた。
「うう……顔から火が出そうです……」
自分の台詞を思い出したのか部屋に入った途端に顔を指で覆って座り込む。
色白だから顔が赤くなるのがすぐわかるね。
そんなエイミー嬢にからかうような声がかけられる。
「いやー、兄貴のいる場で父親に力強くヘッセリンクへの嫁入りを宣言するなんて、最高だったな」
「爺めは感動のあまり涙が出てまいりました。いけませんな、歳をとると涙腺が緩んでしまって」
メアリは腹を抱えて笑い、ジャンジャックは涙を拭うふりをして見せる。
「思い出させないで! まさか父の執務室にレックス様達がいらっしゃるなんて思ってもみなかったんですもの」
「いやいや、本当に誉めてんだぜ? あれ見せられたらやっぱりエイミー姉ちゃんが兄貴の正妻に相応しいって、そう思わざるを得なかったわ」
「然り。貴族の婚姻など家の利益の上に成り立つものですが、レックス様と奥様の間にはしっかりとした愛がございます。歴史に残る素晴らしい夫婦関係を築いていただけることでしょう」
愛とか言うな。
いや、確かにエイミーちゃんは可愛いけど。
いかんな顔がにやける。
「もう! やめて! 恥ずかしい……レックス様も笑っていないでなんとか仰ってください!」
「男冥利に尽きるとだけ言っておこう。大丈夫だ。エイミー嬢を他の男に譲る気など毛頭ないからな」
「ひゅーっ♪ よ、色男!」
「茶化すなメアリ。実際我が家は既にエイミー嬢を迎え入れる方向で動き始めているんだ。それを侯爵だかなんだか知らないが、他家に引っ掻き回されるわけにはいかない」
「だからと言ってアルテミトスに戦を仕掛けるなどと、正気ですか?」
「正気かつ本気だ。いや、アルテミトスが引いてくれるならその限りではないのだが、恐らく引かないだろう」
「それでも戦だなんて……」
本当はやりたくないけど二人がやる気満々だしな。
僕としてもエイミーちゃんを取られるのは面白くないし、避けて通れないことだと思って諦めよう。
開幕からゴリ丸とドラゾン召喚で一気に片をつければ被害は最小限で済むはず。
「仕方ない。冷静に考えて、我が家が侯爵家に確実に勝っているのが『暴力』だからな。はっはっは!」
自虐が過ぎるかな?
実際侯爵家がどんなものなのかよくわかってないけど、コマンドが何も言ってこないから勝ち目はあるんだと判断してる。
「兄貴、『戦力』な。さすがに暴力は人聞きがワリイよ」
「まあ、我々の戦力が魔獣以外に向けられたらそれはもう暴力と呼ばれるのでしょうな。それこそが我らヘッセリンクが恐れられ、隔離される理由でもあるのですがね」
「まあ、そういうことだ。頭を下げてやり過ごせるならそうするが、今回は我を通させてもらう。遅くとも十日以内に終わるだろう。それまで待っていてもらえるかな?」
ジャンジャックは往復七日で攻略に三日を想定している。
普通の戦なら人の移動にもっとかかるけど、僕らは三人だけだからあっという間だ。
上手く運べば八日で帰ってこれるらしい。
「わかりました。レックス様にお任せいたします。しかし、一つだけ我儘を聞いてください。ダメですか?」
「内容によるが、一応聞いておこう」
「私もアルテミトス領に連れて行ってください! 自らの口でレックス様に嫁ぐとお伝えします! 女が自らの縁談に口を出すのははしたないことでしょう。ですが、慣例など知ったことではありません! そうだわ、父上には縁を切っていただくようお願いしなければ!」
「ちょ、おい! エイミーの姉ちゃん! ……行っちまったよ。どうすんの? ただのお嬢さんじゃねえから護衛の手間はねえにしても、縁切りまでさせて連れて行く必要ある?」
もう、エイミーちゃんったら脳筋なんだから。
こんなんで縁切りされたら責任取れんし、そもそも伯爵が家から勘当された女性と結婚するのはありなのか?
僕は気にしないけどそこは慣例が邪魔をするんじゃないだろうか。
「ない。ないのだが、連れて行くのもありだ。僕達の仲睦まじい姿を見せつけて諦めさせるというのはどうだろうか」
「ふざけてんならオーレナングに帰るぜ?」
「待て待て。半分冗談だ。アルテミトスがなにをするかわからないからな。エイミー嬢は僕達の近くにいた方が安全だろう? もちろん彼女が腕力でどうこうなるとは思わないが優しい子だ。お父上を人質に取られたりしたら抵抗できない可能性がある」
「半分本気なのかよ。まあいいや。なら俺がここに残るか? 街一つくらい兄貴と爺さんだけでやれるだろ?」
それは頼もしい。
メアリが護衛に残ってくれれば危険度は大きな下がる。
攻城戦とか街に対しての攻撃はジャンジャックの独壇場らしいし、僕の召喚もあればなんとかなるはずだ。
「それもありだな。さて、どうするかな?」
「爺めとしましてはお連れしても構わないかと。婚前旅行と位置付ければ、レックス様と奥様の仲も深まりますしな」
「お付きが暗殺者と鎧の将軍で穏やかに過ごせるもんかね? 俺ならゴメン被るわ」
結局、カニルーニャ伯爵はエイミー嬢が僕達に同行することに同意してくれた。
根負けしたともいう。
自分が貴族の娘として異質だと自覚していることでわがままを言わなかったエイミー嬢が口にした、初めてのわがままだったらしい。
初めてのわがままでも聞けるものと聞けないものがあると思うがどうだろう。
カニルーニャ伯爵もだいぶ迷ったようだけど、最終的には僕に丸投げする形で娘の旅立ちを見送った。
もちろん縁切りもなし。
僕、エイミー嬢、ジャンジャック、メアリの四人旅となった。
ハメスロットやメイド陣が同行を申し出たけどそこはお断りさせてもらう。
アルテミトスの目的がわからないなかで守る対象は一人でも少ない方がいいし、貴族家当主、その婚約者、執事、メイド(男)と非常にバランスが取れた布陣なのでお付きを増やす必要もないという判断だ。
馬車と歩きの旅は非常に順調だった。
行く先々で金塊の描かれたマントを指さされたけど、絡まれることもなく、もう一息でアルテミトスの都というところまで到着する。
そこでようやくアルテミトス側からの接触があった。
騎馬が土埃を上げながら近づき、僕たちを視認した馬上の男性が軽やかに地面に降り立つ。
「その外套、ヘッセリンク伯爵家の方々とお見受けいたします! 私はアルテミトス領軍所属、フィルミー斥候隊長であります! お名前と御用件をお教え願いたい!」
役付の領軍兵士だった。
態度はキビキビしていて気持ちのいいものだったけど、目は笑っていない。
油断しないようにしないと。
「ほお、アルテミトスの斥候隊長殿か。お勤めご苦労。私はレックス・ヘッセリンク。護国卿というほうが伝わりやすいかな? これらは執事のジャンジャックとメイドのメアリ。それと、我が妻エイミーだ。用件は、新婚旅行といったところだ。噂に聞くアルテミトスの美しい風景を見て回る予定なのだが、わざわざ斥候隊長の出迎えがあるなんて、なにか不都合があるかな?」
「ご、護国卿ご本人ですか!? 失礼いたしました! このままお進みください。私は一足先に街に戻り、ご来訪を侯爵様に伝えて参ります」
当主本人だとは思わなかったらしく、片膝をついて頭を下げる。
どこかの鍛冶屋みたいに襲い掛かってこないだけましだ。
「こちらに事を大きくするつもりはない。妻とゆっくり出歩くだけだ。侯爵の手を煩わせるわけにもいくまい」
「いえ、しかし。侯爵様よりヘッセリンク家縁の方が街にいらっしゃった場合、例外なく知らせよと命じられておりますので。ご容赦ください」
まじか。
待ち構えてるのかよ。
まあ侯爵側も流石に僕が直接来るとは思ってないだろうけど、どうするかな。
ジャンジャックを見ると特にリアクションはないので好きにしろということだと解釈した。
「ふむ。真面目に職務にあたろうとする貴殿の邪魔をするのは得策ではないか。よろしい。侯爵にはくれぐれも派手な歓待は不要だと伝えてくれ」
明らかにホッとしたような表情のフィルミー斥候隊長。
中間管理職はつらいね。
わかるよ。
「確かにお伝えします。では、ごめん」
来た時以上の勢いで走り去る斥候隊長。
仕事できそうだなあ。
うちに純粋な斥候っていないよな?
メアリがその役割を担ってくれてるけど本職じゃないからなあ。
ぜひうちに欲しい。
「なかなかの練度でしたな。眼の動き、足の運びとも隙がない。最大限警戒しつつこちらには爽やかな態度で不快感を与えない。レックス様ご本人と聞いて取り乱したのは減点ですが、流石に侯爵家ともなると斥候一人取ってもレベルが高い」
「ジャンジャックの眼鏡に叶うのであればぜひ我が家に欲しいが、さて」
「人材確保の算段はあとにしとけよ。まずはこのあとどう出てくるかだろ? 派手な歓待はいらんって言われても向こうさんからしたら、はいそうですかとはならねえわな」
確かに。
元々歓待する気はないだろうけど、かと言って待ち構えてるくらいだから全くリアクションがないわけもなく。
エイミーちゃんはどう考えるかな。
「我が妻、我が妻、新婚旅行、新婚旅行……」
「おら、惚けてる場合かよ!」
アリスにするようにメアリの拳骨がエイミーちゃんの頭部を直撃する。
おい、無理するなよ!
と思ったけどアリスよりエイミーちゃんのほうが丈夫なのか。
それでも貴族の娘をどつくのはやめさせよう。
「っは!! あ、ごめんなさいメアリさん。響きが幸せで浸ってしまいました。いけないわね、ここは敵地だというのに。よし! 気を引き締めます」
なんだか照れるな。
旅の途中も僕にべったりだったし、これだけ好かれるとどうしたらいいかわからん。
そんなに好かれるような事した記憶もないんだよなあ。
「頼むぜエイミーの姉ちゃん。ある意味あんたが主役だ。このままアルテミトスの屋敷に直行して高らかに兄貴との婚約を宣言してくれ」
「改めて言われると恥ずかしいわね。でも頑張るわ! だって、私はレックス様のつつつ妻なのだから!」
「奥様、落ち着いてください。レックス様もおりますし、僭越ながら爺めもお側におります。落ち着いて奥様が既にヘッセリンクに嫁いだことを知らしめてくださいませ」
煽るな煽るな。
自然体のエイミーちゃんでいいんだよ。
そのままでいてくれ。
「しかし、何回来ても慣れねえな、あの街のでかさ。遠目で見てもこれだぜ?」
比べちゃいけないのかもしれないが、うちは屋敷と別棟があるくらいだからな。
店があるわけでもないし、観光名所があるわけでもない。
整備しても魔獣にやられるだけだから森も放置しっ放しで明光風靡とは程遠い。
「流石は侯爵の治める土地といったところか? ある程度自然を残しつつ、それでもなお十分発展していることが見て取れる。道行く人の表情も明るい。領主としては決して無能な一族ではないということか」
「ご存知のとおり、アルテミトスは代々王城勤務の秀才を数多く輩出する名家でございます。どちらかというと真面目を絵に描いたよう家系なのです」
「そのクソ真面目な家がわざわざ僕たちの縁談に横槍を入れてきた、か。これは案外本気でエイミー嬢を欲しているのか?」
そうなるとどうなるんだ?
暴力じゃなくて理性的な話し合いが求められるのか。
その方が狂人だなんだってイメージを払拭できて僕としてはメリットがあるな。
「それならそれでやりやすいんじゃね? エイミーの姉ちゃん、わかりやすく兄貴にべったりだし。それ見せれば諦めるだろ」
そっち!?
「もう! メアリさん!」
まんざらでもない。
顔真っ赤でクネクネしてて可愛い。
あと考えられる可能性は……。
「エイミー嬢が狂人レックス・ヘッセリンクに騙されてると思い込んで強行策に出てくる可能性もある」
「いやいや。いくらなんでもそんな不確かであやふやな根拠で仕掛けたら平民でも大喧嘩だ。貴族同士なら名誉がどうとか面倒なことになるだろ」
「そうだな。流石にそこまで馬鹿ではないと願おう」
はっはっは! と高笑いしていると、街から騎馬が駆けてくるのが見えた。
斥候隊長と、もう一騎。
質実剛健、実用一辺倒の革鎧をきたフィルミーと比べると、なんだかこう、ギラギラした装備なのが遠目にもわかる。
なんか、フィルミーがお待ちくださいとか、なりませんとか言ってるな。
嫌な予感しかしない。
程なくして僕たちの前に二騎が到着する。
装備同様、ぎらついた表情の男。
男前なんだけど、なんというか一つ一つの顔のパーツがはっきりし過ぎてて、くどいな。
一方のフィルミーは顔面蒼白だ。
「俺はアルテミトス侯爵家嫡男、ガストン。カニルーニャ伯爵令嬢エイミー様を狂人レックス・ヘッセリンクの魔の手より救う者なり!! さ、エイミー様。俺が来たからにはもう安心だ。その男はこの俺が駆逐して見せます!!」
メアリが天を仰ぎ、ジャンジャックがため息をつく。
エイミー嬢はあまりのことに口が半開きのまま固まってる。
「願いは届かず、か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます