第20話 臨戦態勢

 数日後、ついにジャンジャックがやって来てしまった。

 普段の執事服じゃなく、傷だらけの鎧を装備している。

 あまりに早すぎる歴戦の将軍様の降臨に、カニルーニャ側も引いているのがわかる。

 聞いたところによると、ここまで馬を何頭も変えながら不眠不休で飛ばしてきたらしい。

 その割にはまったく疲労が見えない。

 

「アルテミトス侯爵家ですか。よろしい。十貴院の入れ替えは歴史上でも複数回起きております」


「ということはつまり、潰していいってことだな? 爺さん」


 拡大解釈がすぎるよ、マイブラザー。

 まったく、言ってやってよジャンジャック。


「ええ、ええ。メアリさんの解釈で間違いありませんとも」


 ダメだった。

 常識的な判断をしてほしいのに、高すぎる忠誠心が邪魔をしている。

 内心、オドルスキを呼び出した方がまだ話が通じたんじゃないかとも思ったが、すぐにそうでないことが判明する。


「まったく、オドルスキさんを抑えるのに苦労しました。レックス様の許可など必要ないと言って直接アルテミトスに乗り込もうとしましてな。最終的にはアリスさんとユミカさんの説得で領地に留まることに同意してくれましたが……いや、もう少しでオドルスキさんと刃を交えるところでした」


「笑えねえ! オド兄と爺さんのタイマンとかほぼ内戦だろ。今頃アリス姉さんにこってり絞られてるんじゃね?」


「まあ、それはそれであのお二人にはいいきっかけになるかもしれませんがね」


 それは確かに。

 今お邪魔虫がほとんどいないからぜひ、なにか進展があってほしい。

 帰った時に結婚報告があってもいいくらい。

 って、そんなレベル感の話はしてないんだけど、家来衆は止まらない。


「そのオドルスキさんと必ずアルテミトス当主の首級を挙げると約束して参りましたので早速取り掛かるとしましょう」


「そうだな。これ、アルテミトスの屋敷のある街の見取り図な。あと、こっちが屋敷の間取り」

 

 いつの間に? と思うだろう。

 ジャンジャックに早馬を飛ばしたその日には、メアリもアルテミトス領に即旅立った成果だ。

 アルテミトスの場所だけ見てくるわー、とか言いながら大した準備もなしでふらっと居なくなったと思ったら、制圧のための情報を携えて帰ってきた。

 この成果にはジャンジャックもにっこりだ。


「素晴らしい。流石はメアリさんですね。仕事が早く、かつ丁寧だ。ふむ、北よりも南側から攻め入ったほうが屋敷までの距離が短い」


「あ、そっち選ぶ? 距離の長い北からじわじわ攻めて圧をかけるほうが良くねえかな? あんまり短時間で終わらせても仕方ねえだろ」


「一理ありますね。いやあ、メアリさんもヘッセリンクらしさが身に付いて来ましたね。頼もしい限りです。では、明朝出発でよろしいかな?」


 ヘッセリンクらしさとは。

 小一時間くらい問い詰めたい。

 ジャンジャックが本当に満足げなのでなんとも言えないけど。

 というかじわじわ攻めることには一理ないです。


「あいよ。兄貴と俺と爺さんの三人だけだからな。兄貴もそれでいいよな?」


 良くないよ!と突っ込む前に、口半開きで推移を見守っていたカニルーニャ伯爵がたまらず声を上げる。

 

「待ちたまえ! ヘッセリンク伯爵、貴殿も笑っていないで止めないか!」


 え!? 笑ってないですよ!!

 笑ってた?

 ほんとに?

 もしかして、眠ってるレックス・ヘッセリンクが顔を出してたか?

 

「そもそもなんだその見取り図と間取り図は!? いつそんなものを準備したんだ!!」


「おいおい親父さん。あんま怒鳴ると血管切れるぜ? 爺さんが来るまで暇だったからな。ちょちょっと行って見て回ったんだよ。どうせすぐに攻め込むことになるだろうからな」


「見て回っただと? 街だけならまだしもアルテミトスの屋敷を? 信じられん。侯爵家の屋敷だぞ? 部外者が散歩がてらに立ち寄れる場所ではない!」


「はい、これ」


「なんだこれは? ……な! これは我が屋敷か!? なぜこの通路まで。これを知っているのは歴代の当主だけのはず!」


「親父さん、屋敷のセキュリティ甘かったぜ? こないだカニルーニャに行った時、俺が親父さんの命狙ったらあんた、もうこの世にいねえわ」


「なんなのだ貴様は。侍女ではないのか? そもそも女ですらないのか!?」


 ばれたか。

 まあメアリも隠すつもりは一切ないみたいだけど。

 意外とエイミー嬢が来ることを喜んでくれてるみたいだしな。

 メアリはユミカを可愛がってるし、ユミカが懐いてるのが嬉しいらしい。

 メアリが見事なカーテシーを披露しながら、男の声と表情で自己紹介を行う。


「改めまして。俺はメアリ。レックス・ヘッセリンク伯爵付の従者兼護衛、兼暗殺者だ。ヘッセリンク家に仕える前の所属は『闇蛇』」


 そうそう。

 僕が潰した裏組織の名前だ。

 かっこいいと思ったのは秘密です。

 

「闇蛇だと……? ヘッセリンクの悪夢で淘汰されたあの闇蛇か!? なんと……ヘッセリンク伯爵、貴殿はとんでもないものを抱え込んでいるのだな」


 口は悪いけど可愛い弟分ですけど?

 

「人材発掘が趣味なのですよ」


「聖騎士、鏖殺将軍、闇蛇か。羨ましいが、私には御す自信がない人材ばかりだな。その刃がこちらに向かないことを祈るだけだ」


「向きませんとも。なぜなら私と伯爵は近日中に義理とはいえ親子の間柄となるのだから。そうでなくても僕らの刃は魔獣にのみ向けられるものだ」


「味方ならこれほど心強いものはないな。娘を欲するのも、その人材発掘の一環かな?」


 そう言われると否定できない。

 でも、エイミーちゃんめっちゃ可愛いから!

 スレンダーで丸顔。

 食べてる時の笑顔が極めて素敵な僕のタイプど真ん中だから! 


「その一面があることは否定しないが、単純にエイミー嬢を好ましく思ったからだ。彼女とならこれまで以上に素晴らしい生活を送れると確信しています。それとこれは秘密だが、僕はたくさん食べる女性が好みなんですよ。強く、美しく、よく食べる。手前味噌だが、彼女を一番幸せにできるのは私だと自負している」


「狂人レックス・ヘッセリンク、か。本当に狂っていてくださればアルテミトスに乗り換えることも考えたのだろうな。だが、そのように臆面もなく娘への愛を語られては父としてもカニルーニャ家当主としても貴殿に娘を嫁がせることが最良と判断せざるを得ない」


「素晴らしい判断でございますカニルーニャ伯爵様。では、僭越ながら私共ヘッセリンク伯家が貴方様の憂いを取り除いてご覧入れましょう」


 心強いけど、取り除き方に問題があるんだよなあ。

 うちの家来衆はなにかと暴力に訴えがちな面が目立つ。

 だからハメスロットみたいな普通の、ノーマルな執事がいてくれたら安定すると思ってスカウトした次第だ。

 カニルーニャ伯爵も慌ててジャンジャックを止める。


「だから待てと言っているのだ。先日アルテミトス侯爵家宛に娘は既にヘッセリンク伯爵と婚約している旨書面を送っている。普通であれば流石にそれを読めば諦める。婚約者のいる娘を横取りしたなどと広まれば後ろ指を指されかねない。それは面子を重んじる上位貴族としては許容しかねるだろう」


 そんな義父(仮)の言葉を鼻で笑うのは、美し過ぎる暗殺者。


「普通なら、ねえ。どうも普通じゃねえ貴族に仕えてるからか、疑り深くなっていけねえわ。どう思う? 爺さん」


 メアリの言葉を受けて、ジャンジャックは深々と頭を下げた。

 カニルーニャ伯の言葉を否定するという意思表示だ。


「現アルテミトス侯爵は質実剛健の士。そのような人物が横紙破りに出たのです。簡単に諦めるとは思えません。最悪の場合、カニルーニャ伯爵様に面子を潰されたと苦情めいた脅しをかけてくる可能性すらございます。メアリさん、いつでも出発できる準備を。返事が届き次第、戦の開始です」


 ジャンジャックの身体から何かいけないものが噴き出るのを感じた。

 殺気? 闘気? 怒気?

 普段どおりの微笑みに似せつつ、普段は見せない好戦的な獰猛な笑みを浮かべている。


「あいよ、将軍殿。そういえば、エイミーの姉ちゃんはなにしてんの? 全然姿見ねえけど」


「ああ。部屋から出ないように言ってあるのでな。今頃身体が鈍らないようトレーニングでもしているのではないかな? そうだ。ヘッセリンク伯の持参してくれた魔獣の肉には本当に助かった」


 今回国都に来るにあたって、僕は魔獣の肉を多めに持参した。

 言わずもがなエイミー嬢の腹を満たすためだ。

 あの子を空腹にはさせんぞ、という意思表示だ。


「何を仰るか。美味いものを食べている時のエイミー嬢はまるで天使のようだからな。早く顔を見たいものだ」


 僕の言葉にようやく父親の顔を見せるカニルーニャ伯。

 多分この人はとても優しい人なんだと思う。

 なんとなく和やかな雰囲気になりかけたので、あとは僕がジャンジャックとメアリを宥めれば丸く収まるかと思われたその時、闖入者が現れる。

 実質軟禁状態のはずだったエイミー嬢だ。


「お父様! もう我慢なりません! エイミーは、直接アルテミトスに出向き、ヘッセリンクに嫁ぐことを伝えてまいります!」 


 この部屋はカニルーニャ伯の私室。

 普段なら父親が一人で執務を行なっている部屋なので物申すために乗り込んで来たのだろう。

 だが、今日は僕達がいる。

 目が合った。

 白い肌がみるみる赤くなる。


「……レ、レックス様? あの、これは、違うんです!」


「エイミー……まったくお前という子は」

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