第7話 おうちへ帰ろう
「…貴、兄貴! おい、聞いてんのか!?」
おっと、コマンドと話し込み過ぎたみたいだ。
裏組織との顛末を要約すると、レックス・ヘッセリンクが組織の本拠地を召喚獣全開で急襲。
散り散りに逃げ出した構成員も狂人レックスに目をつけられることを恐れて地下に潜ったままこれまで派手な動きを見せておらず、ヘッセリンク家に保護されたメアリを奪い返そうという動きも一切ないらしい。
「すまない。ちょっと昔のことを思い出していたんだ」
「昔のこと? 変人伯爵殿が過去に想いを馳せることなんてあるのかよ。本当に明日は雪だな。アリス姉さんに冬物出してもらわねえと」
「ほう、言うじゃないか。しかし、雇用主にそんな口を聞いてどんな目に遭うかわかるか? メアリ」
「お? お優しい閣下がどんな罰を与えるって言うんだ? 逆に興味あるぜ」
「減俸だ」
「みみっちいけど地味に痛え! 冗談だよ冗談。俺は兄貴のことを心の底から尊敬してるっつうの。で? このクソみたいな危険地帯で惚けるようなことってなんだよ」
確かに。
敷地内とはいえここにはさっきの蜥蜴みたいなやつらがうろついてる危険地帯だ。
自分ちの庭で命の危険に晒されるとか普通じゃないが、現実としてそれが起こり得るからなここは。
しかしコマンドと話してるとどうしても無防備になるからなあ。
「メアリがいた組織に攻め込んだ時のことを少し思い出したのさ」
「なんで今? タイミングおかしいだろ」
仰るとおりです。
でも大事なことだからね。
屋敷に帰ったら、メアリだけじゃなくてガチャで手に入れた家来衆のバックボーンも可能な限り確認しておこう。
オドルスキとかジャンジャックとかなんだか複雑そうだし。
ユミカだって貴族の出だって書いてあったから、妙なイベントが起きても対応できるようにしておかないと。
あ、そう言えばまだ亡霊王様が行方不明だな。
どこにいるんだ。
王様をどう扱えばいいか定かじゃないから当面出てこなくていいっちゃいいんだけど。
「あの頃は若かったなあと思ってな」
「余計意味わかんねえよ。まあ、『ヘッセリンクの悪夢』ったら演劇の題材にもなってるみたいだからな。主役はどの劇団も絶世の美男子が務めるのがセオリー。貴族の嫡男にして才能溢れる召喚士が暗殺者組織を壊滅させるってストーリーらしいぜ?」
ヘッセリンクの悪夢?
嫌な響きだな。
【閣下が裏組織を壊滅させた事件の俗称です。それまで貴族界隈でしか知られていなかった閣下の特異性が、この事件を機に国中に知れ渡ることとなりました】
ヘッセリンクが裏組織のやつらに悪夢を見せた事件、略してヘッセリンクの悪夢ね、OK。
演劇の題材になるなんて本当に派手にやったんだなレックス・ヘッセリンク。
元々変人とか狂人が通り名なくらいだから、きっと手加減なしだったんだろうな。
メアリを手に入れるためっていうのもあったのかもしれないけどさ。
僕は今後の人生、可能な限り大人しく生きていこうと思う。
……無理か。
そういう星の下に生まれてるっぽいし。
「演劇だと組織に捕まってた絶世の美女が手に入るんだったか。兄貴が手に入れたのは国で一番やべえ奴だっていう称号だけなのにな。実情知ってると脚色がすげえよ」
「馬鹿な。絶世の美女などより、メアリという大切な弟分が手に入ったことが重要だ。狂人だなんだという称号はそのおまけでしかない」
「はいはい。小っ恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ。とっとと帰るぞ」
照れてる照れてる。
あー可愛い。
本人に言ったらあの刃物がこっちを向きそうだから言わないけど。
対人戦じゃ勝負にならないからね。
多分数分で解体されるわ。
「よし、帰るぞ。当面はカニルーニャ御一行の歓迎にかかりっきりになるだろうからな。今晩は無礼講だ。全員で騒ごうじゃないか」
「いいねいいね! そうだ。ユミカが旅の間中兄貴と会いたい兄貴と会いたいってうるさかったからよ。ちゃんと構ってやれよな?」
えー、めっちゃ可愛い。
いや、本当に可愛いからユミカ。
トイプードルとアメリカンショートヘアを足して二で割った感じの可愛さ。
つまり最強。
早く帰って肩車してやろう。
いや、先に風呂に入らないと嫌われるか?
お兄様臭いとか言われたら死んでしまう。
「ふっ。いい兄貴してるじゃないかメアリ。流石のお前もあれだけ懐いてくれる可愛い妹分は甘やかさざるを得ないか?」
「うるせえよ。甘やかしてるのは屋敷の全員だろうが。しっかし、いい加減お姉様って呼ぶのやめさせねえとな……」
確かにメアリお兄様じゃなくてメアリお姉様だったな。
見た目がこれだから仕方ないと言えば仕方ないが。
本当に女だとは思ってないんだよな?
「何回俺は男だって言っても頑なにお姉様って呼びやがるんだよ。まあ、あいつも親がいねえからな。家族ってもんに変な憧れがあるのかも知れねえ」
お兄様は僕。
オドルスキが父親でジャンジャックが祖父
マハダビキアがおじで、アリスとイリナとメアリが姉。
やや姉過多だな。
でもそれがユミカの理想の家族なんだろう。
【私は遠い場所に住む親戚でしょうかね】
存在すら知られてないよコマンド。
名も知らぬ兄の友人Aだな。
【……いつか皆さんに存在を伝えたいものですね】
ありなのかな?
神の声が聞こえるとか言えば案外いけるか?
オドルスキなら信じそうだな。
ただこれが外に漏れたらさらにやばい奴認定が進むだろう。
……今更か。
「お帰りなさいませ旦那様。ご無事で何よりです。メアリちゃんも怪我はない? 綺麗な顔に傷なんかついたらお姉ちゃん立ち直れないわ」
雇用主よりも弟分の方を心配するのはどうだろうか。
僕もメアリの顔に傷が残るようなことになったら発狂するかも知れないけど。
それでももうちょっと僕の心配をしてくれてもいいんじゃないだろうか。
【殺しても死なないと思われていますからね閣下は。実際、貴族の中には閣下と対峙するくらいなら脅威度B以上の魔獣に裸で挑む方がマシだという層がいるくらいです】
いやいや、少なくとも僕と対峙しても死なないけど、魔獣相手だと確実に死んじゃうでしょ。
死ぬより嫌だってことか?
本当に貴族に嫌われてるんだな僕ってやつは。
「旦那様、お風呂の用意ができておりますので汗を流されてはいかがですか?」
「ああ、そうさせてもらおうか。メアリ、お前もどうだ?」
「まあ! ダメですよ旦那様」
一緒に風呂なんてとんでもない! と言うふうに目を見開くアリス。
そんな顔されると何がダメなのか聞き辛いな。
男同士で風呂に入るのは法に触れないだろ?
ああ、主従が一緒の湯船に浸かるのがダメなのか。
「女の子とお風呂に入りたいだなんて。カニルーニャ家の方々がいらっしゃる前に慎んでいただかないと」
「何を言ってるんだお前は」
「気にするなよ兄貴。姉さんのいつもの病気だ。ほら、目え覚せ」
ゴッ! となかなかの音を響かさせてアリスの頭を小突くメアリ。
おい、手加減しなさい。
鈍い音したぞ。
「あらあら。私としたことが取り乱しました。でもダメですよ? 旦那様は貴族としての自覚をお持ちください。確かにメアリちゃんは目に入れても痛くないどころか視力が上がる可能性すら秘めているくらい可愛いですが、それでも旦那様の従者でしかありません。身分の線引きは明確にせねば他の者に示しがつかないということをご理解くださいませ」
めちゃくちゃ早口。
アリスがメアリを溺愛してるのはわかった。
でも、あまり構い過ぎると煙たがれるぞ。
ほら、メアリがすごい微妙な顔してる。
弟離れ出来てないブラコン姉の図だな。
「それに、メアリちゃんはカニルーニャ家の方々がいらっしゃる間女性として過ごしてもらう予定ですから慣れていただかないと」
「そうなのか?」
「ん? ああそうだな。爺さんの指示でこないだも女の格好でカニルーニャに入ったし。向こうも油断するだろ、その方が」
ニヤリと男臭く笑うメアリとフフフと軽やかに微笑むアリス。
もう家来衆の戦いは始まってたんだな。
いや、何もない方がいいんだけどさ。
「そうだ姉さん。我らが閣下がマジで竜肉狩って持って帰ってきたからさ。おっさんは? この時間なら仕込み中?」
噂をすればなんとやら。
屋敷の奥からコックコート姿のマハダビキアがいつものどこか軽い雰囲気でやってきた。
普段はくたびれて見える無精髭が、コックコートを着た途端に百戦錬磨の料理人を演出するのに一役買っている。
「呼んだかいお嬢ちゃん? これは若様、ご無事で何より。竜肉は手に入りましたか? なーんて」
「ああ、ほら。マッデストサラマンドだったか。本当はアサルトドラゴンを狩る予定だったんだが見つからなくてな。生をスライスしたら美味そうなんだが、どう思う?」
「えー……マジで狩ってきたんですかい? しかもマッデストサラマンドって。王族でもおいそれとは口にできないもんですぜ。はああ、俺はまだ若様を理解し切れてねえってのか」
「諦めろよおっさん。この化け物を理解すんのは無理無理の無理。まだ魔獣の気持ちを理解する方がワンチャンあるんじゃね?」
こいつは学習しないな。
雇用主への暴言はどうなるか?
さあ、部下に効果抜群の最強の呪文を唱えよう。
「げんぽ」
「はい! 俺が悪かった! ほら、おっさん。今日は無礼講で竜肉試食会らしいぜ! 最高のやつ頼むわ!」
次失礼ぶっこいたらまじで減俸してやろうか。
焦ってる顔が可愛いというのもあるのは秘密だ。
「マハダビキア、これを。なかなか流通していないものなら扱いに慣れていないかもしれないが、お前ならなんとでもなるだろう?」
「おお……まじか。いや、王宮にいたころ一度だけやったことあるんだよ。そうそう、あったけえんだよこいつの肉は。こんだけ新鮮なら刺身だな。間違いねえ。かあっ! 滾ってきたあ! おう、アリス。イリナも連れてこい。急ぐぞ!」
肉の包みを捧げ持ったマハダビキアは、見たことのない速さで食堂に消えて行った。
普段飄々としてるマハダビキアがあれだけテンションが上がるっていうことはそれだけの価値があるんだな。
僕はゴリ丸とドラゾンにおんぶに抱っこで特に苦労せず狩れたからそこまでありがたみがないんだよなー。
「おっさんがあの感じなら最高のもんが食えそうだな。あー、早く夜にならねえかなあ。あ、兄貴は風呂入ってゆっくりしといてくれよ。俺は汗流したらおっさんの手伝いに入るわ」
「そうさせてもらおう。ああ、オドルスキとジャンジャックにも今日は竜肉だと伝えておいてくれ」
「あいよ。ただ、オド兄は捕まらねえと思うぜ? 兄貴が森で竜狩りとか言い出すから兄貴大好き脳筋騎士様も絶賛魔獣狩り中だ。爺さんには間違いなく伝えとくよ」
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