第8話 元・堕ちた騎士 ※主人公視点外
『父から話は聞いた。ようこそ、東国の聖騎士オドルスキ。僕としてはお前のような逸材を、我が家がスカウトするチャンスに巡り会えたことを神に感謝している。まあ、故郷に対して色々思うところはあるだろうが、そうしけた顔をするな。僕とお前は主従関係にあるが、平時には兄弟のようなものだ。人生は短い。楽しくやろうじゃないか』
「はあっ!!!」
私の前に立ちはだかった四足歩行の鬼の首を断ち切りつつ、その奥に控える一回り大きな魔獣に目を向ける。
オーガウルフ。
単独の脅威度ならDといったところか。
単体ならばメアリでも余裕を持って討伐できるレベルだが、群れになると厄介さが跳ね上がるのが特徴だ。
私でも二十匹を超えるとやや面倒に感じる。
ジャンジャック様ならどうだろうか。
あの方は生きる伝説。
将軍と比べたら私などひよっこもひよっこだと思い知らされる。
祖国に裏切られ絶望に染まった結果、闇に落ちそうになった自分が情けなくなるほどだ。
「お館様なら、歯牙にもかけぬのだろうな。この程度の小物。ならば、私もそこを目指すのみ! これ以上、置いていかれてなるものか! 待っていろレックス・ヘッセリンク! 私は、貴方を、超える!!」
一心不乱に剣を振り、気付けば魔獣の血でドロドロになっていた。
オーガウルフ、しめて三十五匹。
もちろん私も無傷では済んでいないが、大きな傷もない。
これだけ討伐すれば群れを全滅させたと思っていいだろう。
しかし、こんなに汚れたらアリス嬢に叱られるな。
普段は穏やかな女性なのに服を洗う身にもなれとすごい剣幕で捲し立てることがある。
騎士団時代にそんな女性はいなかったので
、初めは面食らったものだ。
家来衆は皆同列であり、身分の差はないというのがヘッセリンク家の方針。
本来であればジャンジャック様を頂点とした指示命令系統ができて然るべきなのだが、お館様自身がそれを良しとしていない。
つまり私と幼いユミカは対等な同僚ということ。
昔の傲慢だった私なら鼻で笑っていただろうが、今はその関係に居心地の良さを感じている。
ユミカに義父と呼ばれることに抵抗を感じたこともあるが、今となっては間違いなく私の可愛い娘であり、あの子の笑顔を曇らせる存在がいるならば、この世から抹殺すること吝かではない。
外から見れば狂人、変人の類であろうお館様だが、その懐に入れていただくと、こんなに素晴らしい世界があるのだと声を大にして言いたい。
「うお! なんだこの魔獣の細切れ。あー、オド兄、そりゃアリス姉さんに雷落とされるわ。知らねえぞ?」
そんな風に思いを馳せているといつの間にかメアリが私の間合いまで近づいてきていた。
今や可愛い弟分だが、実態は裏組織に育てられた凄腕の暗殺者。
恐れ多くも先代伯爵様の命を狙いヘッセリンク家に侵入した際、私とジャンジャック様で捕縛した。
その才能は脅威だ。
十代の少年が鏖殺将軍ジャンジャックと聖騎士オドルスキを相手に抵抗し、生き残って見せた。
手前味噌ではあるが、それは賞賛されてしかるべき戦果だろう。
「報告だ。うちの化け物がマジで竜種を狩りやがった。マッデストサラマンド? だっけか。今晩は宴会だから早く戻れとさ」
「……くそっ」
「流石のオド兄もそうなっちゃう? そうなっちゃうよなあ。でもよ、あれを実際目の当たりにしたら眩暈するぜ」
いつもの私なら主君を化け物呼ばわりする彼を窘めるところだが、話の内容が衝撃的過ぎてそれをすることも忘れてしまった。
それどころかお館様の偉業に嫉妬する始末。
「爺さんは涙ぐんで兄貴を称えてたよ。でもさ、俺らはまだ諦めきれねえよなあ」
「そう、だな。私達はまだ若い。いや、私はそうでもないが、諦めるにはまだ早い。そういうことだ」
私ももう四十路が見えてきた。
若くはないが、さりとて老いている気はない。
やりようによってはまだ強くなれる。
ここは対魔獣の最前線だ。
得難い経験と命の危険が比例する。
それがいい。
これこそ私が生きる意味だ。
「ま、早いとこアリス姉さん口説いて子供でも作れよ。俺が面倒見てやるからよ」
「なにを言っているんだメアリ別に私とアリス嬢はそういう関係ではないしそもそも我々はお館様の旗のもとに集った同志でありそこに恋だなんだというものを持ち込むべきではなくそもそも今はお館様の縁談を成功させるために皆全力を傾けるべきでありそれ以外のことに目を向けることは主家への裏切りに他ならず」
「早口! わかったから落ち着けよ。歴戦の聖騎士殿が何でその方面だけ奥手かな。引く手数多だったろうに」
「言うな」
「へいへい。ああ、そうだ。今日は無礼講らしいぜ? そこでオド兄が誰か口説いてもお咎めなしだと思うがね」
「メアリ!」
「さ、帰ろうぜ! 生命石の剥ぎ取り手伝うよ。おっさんが見たことない笑顔で飯作ってるから、ありゃあ期待できる」
まったく、生意気な弟分だ。
今の私に武の道を追究する以外に目を向ける余裕はない。
そんなことをしていたらいつまで経ってもお館様に追いつくことはできないだろう。
もうこれ以上は無理だと自分を納得させられるまで、全力で追い続ける。
それが私が生きる意味だ。
……いや、もちろんアリス嬢が嫌いだとかそういう意味ではもちろんない。
むしろ、好ましくは思っていると言っても過言ではないが。
「顔に出てるぜオド兄。いいね、あの頃より人間臭くて俺は好きだよ」
「はあ……お前に顔色を読まれるようでは、私もまだまだだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます