第5話 竜種を尋ねて概ね五里

「おいで、ドラゴンゾンビ!」


 今回も呼び出し即、空からどーん!

 舞い降りてきたのは東洋の龍の形をした、デカイ骨格模型。

 ゾンビなのに肉はついてないんだな。

 こう、腐った肉とかが半端についてるのかと思ったけど、綺麗な白骨だ。

 サイズ感はゴリ丸と同じくらい。


【骨になってなお生き続ける極悪龍。脅威度A、ドラゴンゾンビ】

 

「極悪龍って響き、素敵だな。よし、締め上げろドラゾン!」


【名付けを確認。以降、ドラゴンゾンビの召喚は個体名ドラゾンに固定されます】


 ゴリ丸もそうだけど、巨体の割に動きが速い。

 僕らをエサにしようと襲いかかってきたマッドマッドベアの番を、あっという間に二匹まとめて締め上げた。

 そして聞こえてくる何か硬いものが折れる音。

 ドラゾンが拘束を解くと、熊達は力なく地面に倒れ込んだ。


「上級召喚士になる前の数に物言わせる感じも大概化け物だったけど。何? 世界征服でも企んでんの?」


 お供としてついてきたメアリが、大振りな刃物で器用に熊の胸を切り開いて生命石を摘出してくれる。

 

「流石に器用なものだな。僕も手伝ったほうがいいか?」


「こういう汚れ仕事は俺みたいな従者に任せてればいいんだよ、っと。ほい、まあまあのサイズ」


 初めて手に入れたものよりだいぶ小ぶりだけどこれも大事な資産だからな。

 コマンド、保管しといて。


【御意】


「うお、本当に消せるんだな。オド兄がまた気持ち悪い感じで褒めてたぜ? お館様は底が見えぬ! ってさ」


 綺麗な顔で悪い笑いを浮かべてるよ。

 この生意気な弟感がオドルスキ達からしたら可愛んだろうな。

 僕から見ても可愛い。

 メアリとユミカが揃ってると目に優しくて癒されます。


「どうしたんだよ兄貴。そんな惚けた顔してっと、また締まりがねえって爺さんにどやされるぜ?」


 こいつは口を開くと一気に癒し感がなくなるけど。

 うちのマスコットNo.1はユミカで決まりだ。

 帰ったら抱っこして撫でよう。

 

「にしても流石に簡単に竜種には出会えないものだな。カニルーニャの方々は相応の人数でお越しになるだろうから出来る限り肉を用意しておきたいところだ」


「普通は死んでも出遭いたくないのが竜種なんだけど、兄貴にとってはただの高級食材か。どうする? もうちょい奥まで入った方が見つかる可能性は上がると思うけど」


「そうだな……今日どうしても狩らないといけないわけじゃないが。もう少し進んで会えないようなら帰宅しよう」


「理性的な判断に感謝、ってね。大型が増えてくると俺が戦力になれねえから」


 暗殺者という位置づけのメアリ。

 確かにさっきのマッドマッドベアくらいのサイズになればメアリの持ってる刃物は通らない。

 でもそれ以下のサイズ、特に人間大の小型の魔獣には無類の強さを発揮することがわかった。

 急所を一撃ですよ。

 気配消す→近づく→でかい刃物を急所にぶっ刺す。

 基本この繰り返し。

 何が怖いって、なんだかんだ表情豊かな少年なのに獲物を見つけた途端スッ、て表情無くすとこだよ。

 で、獲物が動かなくなったら満面の笑みを浮かべちゃったり。

 

「でかい相手は兄貴の独壇場だし、基本的に一方的な嬲り殺しだから安全なんだけどさ。やっぱ守られるだけってのは男としてどうなん? って」

 

 へへって笑いながら男としてのプライドを語るとことかくっそ可愛いけど、腰に提げた刃物は血塗れだから。

 

「得意分野の違いだ。逆に僕は小回りの効く魔獣が苦手だからな」


 一応召喚術以外の魔法も使えるらしいレックス・ヘッセリンクだけど、得意なのは対大型魔獣や殲滅戦なので、できればそれ以外はみんなにお任せしたい。

 

「今回のカニルーニャ御一行の中に良からぬことを考えてる輩がいても一人では対応しきれない。まさか屋敷でゴリ丸とドラゾンを招び出すわけにはいかないだろう?」


「頼むから絶対やるなよ? アリス姉さん達が壊れた屋敷の瓦礫で死ぬから。そもそも俺とオド兄と爺さんがいる場で暴れられる人間なんていねえよ。普通はな」


「何やら含むじゃないか」


「今回は普通じゃねえのがいるから。兄貴の嫁候補のエイミー? あれはやべえ。現役時代に狙えって言われても多分無傷じゃ仕留めきれなかったな」


「負傷覚悟なら仕留められたということかな?」


「現場復帰不能覚悟の傷な。ま、それはあくまでも俺一人でだけど。爺さんと二人なら悪くても軽傷ですむし、オド兄までいれば完封よ」


「なら最大限リラックスして縁談に臨ませてもらおうとしよう。期待しているぞ、メアリ」


「御意……、はっ、オド兄に言葉遣い直せって言われてっけど、やっぱ慣れねえわ」


 いいよ無理しなくて。

 武人キャラは飽和してる。

 暗殺者で女として育てられたっていう設定だけで十分やっていけるさ。

 

「後ろ向きな会話をここまでにしよう。今回の縁談は我が家の発展に寄与する可能性が十二分にある、とてもいい話だ。僕はメアリにそこまで言わせるエイミー嬢をぜひこの屋敷に留めおきたいと思っている」


「へー。いいんじゃね? 戦力としては最上級。普通にしてたらただの気のいい姉ちゃんだったし。案外上手くいくかもよ」


「だといいがな」


 本当にそうなってほしいよ。

 別に面食いなわけじゃないし、なんとなく貴族様の結婚が色恋じゃないイメージはあるけど、そこは僕も人間なので合う合わないはあるわけで。

 外面がいいだけで深掘りしたらやべえ奴なんてざらにいるからな。

 もちろん向こうが僕を気にいるかっていうのも大事だけどね?

 ご機嫌を取るためにも珍しい竜種の肉を手に入れたいところだ、が。


【閣下。お気づきですか?】


 あ、やっぱりなんかいるよね?

 マッドマッドベアとかその辺のクラスじゃないやつが。


【ご明察。来ます】


 もっと情報を、って本当に来た!

 なんだ、でかい蜥蜴?

 あ、これが竜種か!?


【脅威度A、マッデストサラマンド。竜種の中でも中位より上に属する魔獣です。飛行能力はありませんが、素早い動きと炎のブレスで獲物を仕留めます。当然耐久性も特級です】


 全身を覆う赤黒い鱗とだらしなく垂れた長い舌、あとは定期的に背中から吹き上がる炎が特徴のマッデストサラマンド。

 サイズはゴリ丸やドラゾンより一回り小さい感じか。

 狂い熊なんか比にならないくらい威圧感があるね。

 

「メアリ!」


「ああ、こいつはやべえな。悪いけど俺は足手まといだわ」


「そんなことはどうでもいい。こいつは食えると思うか?」


「は?」


「見た目は微妙だが、意外と肉は美味い可能性があるからな……」


 コマンドさんコマンドさん。

 こいつが美味しく食えるか教えておーくれ。


【超! 絶! 美味! 竜種は脅威度から一様に流通量が極めて少量ですが、そのなかでもこのマッデストサラマンドのそれは美味とされています。肉は焼く前から熱を持ち、新鮮なものなら生でも。いえ、この種の最も美味い調理法は生を薄切りにしたものだと断言します】


 素晴らしい熱量だ。

 鳥の刺身とか牛の刺身とか美味いもんね。

 わかるよ。

 肝が美味けりゃなお良しってか?


【閣下とはわかりあえると、そう確信いたしました】


 だよねー。

 僕もそう思った。

 逃さんぞ、竜肉!

 

「おいで! ゴリ丸、ドラゾン!!」


 空から降る二体の巨大な魔獣。

 双頭四腕の威容、大魔猿のゴリ丸。

 かたや、純白の硬質な骨のみで形作られた竜、ドラゴンゾンビのドラゾン。

 同時に喚び出すのは初めてだけど、身体から抜ける魔力の量が桁違いで結構しんどい。

 初対面の二頭は一瞬見合ったあと、何かが通じ合ったのかゴリ丸が蜥蜴の頭側、ドラゾンが迂回して尻尾側に回り込む。

 すごい、何も言ってないのに連携してやがるぜ!

 

「いやあ、壮観だな」


「おい、まじかよ! 普通逃げる一択だろうが、この狂い伯爵が! くそっ、危険手当上乗せしろよ!」


 OK OK。

 上乗せしたあと暴言分差し引いておきますね。

 さあ、蜥蜴からしたら前門のゴリ丸、後門のドラゾンだ。

 流石に脅威度Aだからな。

 この世界素人の僕が手を抜ける状況じゃない。


「襲ええええ!!」


 火を吹き巨体を揺らして暴れる蜥蜴に対して、体毛を焦がしながらもそんなこと歯牙にもかけず四本の腕でひたすら殴打を繰り返すゴリ丸と、竜に火が効くわけないだろ? とばかりに太い骨で締め上げるドラゾン。


「そうだ、いいぞ! さあ、トドメだ!」


 テンションMAXの僕に呼応し、それぞれが一段階ギアを上げたように見えた。

 事実、蜥蜴が動きを止めるまでそう時間は掛からなかった。

 いびつに歪んだ胴体と元の形がわからない頭部。

 ゴリ丸から生命石と蜥蜴肉の一番いい部位をもらい、その他は二頭に食べて良しと許可を出す。

 彼らとつながっているからなのかな。

 食べていいよと伝えた瞬間、ものすご勢いでテンションが上がるのを感じた。

 よしよし、いいんだぞ。

 たくさん食べなさい。

 はっはっは、よーしよしよし。

 ハグはやめなさい痛いから。


「完封かよ……くそっ、こんな化け物に追いつくの無理じゃねえ?」


 お、メアリも無事っぽいな。

 結構暴れまわったから巻き込まれてやしないかと心配だったけど。

 あの綺麗な顔に傷でもついたら大変だ。

 男だけど。


「メアリ、怪我はないか? お前が怪我をするとアリスやユミカが煩いからな」


「お陰様で無傷だよ。精神的には深い傷を負った気がしないでもないがね。はあー、道のりは果てしなく遠いわ」


 なんだかブツブツ言ってるが、前世なら思春期くらいの世代だからな。

 おじさんが踏み込みすぎると嫌われてしまうかもしれない。

 それだけは嫌だ。

 従者の少年にうざがられるとか耐えられません。


「詳しくは聞かないが、何かあるなら手遅れになる前に話してくれ。僕はメアリの味方だからな」


「ちっ、相変わらず人誑しかよ」


 えー、芳しくない反応。

 これ以上は傷が広がりかねないので勇気ある撤退を選択しよう。


「よし、目的のものは手に入ったし帰るか。帰りに出る魔獣は任せるぞ。流石に連戦で喚び出すのは避けたい」


「あいよ。幸い今のドタバタで軒並み奥に引っ込んだみたいだ。よっぽどの奴じゃなけりゃ任せてもらっていいぜ」


「頼む。早く帰れたら今晩は竜肉の試食と洒落込もうじゃないか」


「お、話がわかるね大将。でも酒はほどほどしとけよ? 当主が連日二日酔いなんて聞こえのいいもんじゃねえからな」


「肝に銘じておくよ」


 とはいうものの、ヘッセリンク領のことなんか噂にすらならないんじゃないかな?

 魔獣討伐狂いで真の愛を叫んじゃう変人なんだろ、僕。

 そこに多少酒好きって加わってもたかが知れてる気がするけど。

 いや、縁談前には少しの瑕疵もないほうがいいのか。

 あー、どんな人なのかな、エイミー嬢は。

 イカれた強さの子供好きってくらいしか情報がないのがまた怖い。


【ロクな噂がないのは閣下も同様では? 私の理解している範囲では、カニルーニャ家が傾きかけているからやむを得ず閣下との縁談に臨んだというようなこともございません】


 どいつもこいつもひどい言い分だな。

 ロクな噂がないのは僕になる前のレックス・ヘッセリンクだろ?

 まあそのおかげで政略結婚的なものが避けられてきたのかもしれないけど。

 気付いたら愛のない嫁がいましたとか最悪だし。

 その点だけはよくやったぞレックス・ヘッセリンク。


【狂人レックスと言えば同世代のなかでは畏怖の対象です。良くも悪くも、ですが】


 レックス・ヘッセリンク、やはり貴様を許すことはできないようだ。

 

【その力は護国卿を継ぐに余りあるが、歴代のヘッセリンク伯同様扱いづらく、まかり間違ってその矛が自らに向けられれば即ち死を意味する】


 いやいや、実際その力を魔獣以外に向けたことはないんだろ?

 さっきの話じゃないけど街中で召喚なんてしたら大変なことになるよ。

 責任問題だよ責任問題。


【メアリの出自をお忘れで?暗殺者組織からどうやって貴方、レックス・ヘッセリンクが彼を救い出したか】


 



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