第3話 二度寝したいけど

 飲み過ぎた。

 それもこれも鹿と熊の肉が美味いのが悪い。

 さらに言うならマハダビキアの腕が良すぎるのが悪い。

 オドルスキもマハダビキアも、さらにはアリスもいける口だった。

 イリナは18歳だと言うので呑ませなかった。

 やっぱり日本の記憶があると未成年に飲ませるのは罪悪感がある。

 相当拗ねてたけど多めに肉をあげたら簡単に機嫌が治ったので可愛いものだ。


 さて、さっき起こしに来たアリスには午前中いっぱい寝かせてくれるようお願いしといたし、二度寝するか。


「お兄様!」


「ぐおっ!」


 なんだ!?

 お兄様??


「ユミカがただいま戻りました! 寂しかったですか? 寂しかったですよね!?」


 突然ベッドにダイブしてきた、ふわふわの明るい茶色の髪とエメラルドグリーンの瞳が印象的な少女。

 

 ぐりぐりと頭を擦り付けて子犬みたいに懐く様が癒されるこの子は、孤児ユミカだな。

 

「ああ、お帰りユミカ」


 二度寝したい気持ちをグッと堪えて上半身を起こし髪を撫でてやると、可愛い顔をしかめてベッドから飛び降りる。


「お兄様、お酒臭い! またお義父様や叔父様と遅くまでお酒を飲んでらしたのね?」


 おとうさま?

 おじさま?


【ユミカにとってのお義父様はオドルスキ、叔父様はマハダビキアです。もちろん血縁はありません】


「もう、仕方のないお兄様。いいわ、お昼まで寝てて下さい。その代わり、午後はお茶を飲みながらユミカのお話しを聞いてくださいね?」


 あー、これは可愛いわ。

 確かに癒し効果は抜群かも。

 気のせいかもしれないけど二日酔いが和らいだ感すらある。


「ああ、約束するよ」


「約束よ? それまで旅のお片付けをしておくわ。メアリお姉様も手伝ってくれる?」


 部屋のドアにもたれかかってユミカの行動を眺めていたのは、墨で染めたような黒髪をポニーテールにした細身の美少女。

 じゃなくて、美少年か。

 この子が暗殺者のメアリだな。

 女の子として育てられたのが仕方ないと思っちゃうくらい綺麗な顔をしてる。


「遠出して帰ってきてみりゃ兄貴衆が揃って二日酔いとか。勘弁してくれよな。早速だけど、爺さんが兄貴に話があるってよ。二度寝決め込むの諦めろよな」


 まじかよ。

 昼まで寝るって決めたのになあ。

 布団から出たくないなあ。

 

「無駄な抵抗やめろって。早くしないと爺さんの説教が始まるぜ?」


 仕方ないか。

 二日酔いで仕事できませんなんて、前世じゃ通用しないし。

 這ってでも会社来いって怒られたことを思い出した。


「お兄様にとってすごくいいことがあったみたいなの。お爺様が鼻歌を歌っちゃうくらいだもの」


「え、まじか? 俺見てないけど」

 

「ふふっ。気づかれない程度に本当に控えめだったのよ?」


「あの将軍執事が? はっ、明日は雪だな」


「では、明日朝から雪かきをしてもらいましょうかねえ。メアリさん」


 白髪をオールバックにした細身の壮年男性がメアリの肩に軽く手を置きながら笑っている。

 あ、でも目は笑ってない。

 なんならメアリが小刻みに震えてるな。

 しっかりしろ凄腕暗殺者。

 彼が執事のジャンジャックだな。


「そのくらいの軽口は見逃してやれ、ジャンジャック」


「御意」


 メアリが涙目でこちらを見てるな。

 ん? た、す、か、っ、た?

 そんなに怖いのか。

 ところで、コマンド。


【はい、閣下】


 今回ジャンジャック達はどこに、何をしに行っていたのかね?

 幼いユミカが同行してる理由とかわかる?


【お答えします。閣下の所領であるここ魔獣の庭。国の示す正式名称はヘッセリンク伯領オーレナングですが、国都から見ると遥か西の果てに位置しています。さらに西にあるのは魔獣の巣窟。閣下は、森から溢れる魔獣から国を護る役職である護国卿の地位にあります。ここまではよろしいですか?】


 パンクしそうだよ。

 魔獣から国を護ると書いて護国卿?

 カッコ良すぎて重いわ。

 領地の立地を考えると、うちの家系が世襲してるんだろうけど。


【ご明察。ヘッセリンク伯を継ぐと同時にこの護国卿に任じられます】


 ヘッセリンク伯領ってどのくらいの広さがあるんだろうね。


【伯爵家のなかでは最大の面積を有するのがオーレナングです。とは言うものの大半は魔獣が棲む森ですが】


 あの森そんなに広いの?

 面積は広いけど人が住める割合は猫の額程度って、住人が少ないのはそれが理由か。


【過去には森を切り開いて入植を試みたようですが、魔獣のせいですぐに全滅したため、ならばいっそ人を住ませないという結論に至ったようです】

 

 守りきれなかったのな。

 今だって僕、オドルスキ、メアリ、ジャンジャックしか戦えないみたいだし、何千人も戦えない人達がいたらまあカバーしきれないか。

 

【以降、ヘッセリンク伯家の直系男子と限られた使用人、最低限の領兵のみがこの魔獣の庭に常駐することとなりました】

 

 だから母親がいないのか。

 オドルスキなんかはいいけどアリス達みたいな非戦闘員はかわいそうだな。

 最低限の身の回りのことくらい自分でできるから安全な場所に避難させるか?


【泣かれると思いますが、試すのはご自由にどうぞ】


 穏やかじゃないね。


【彼ら彼女らは自ら望んで閣下の側にいるのです。命云々で悩む段階は、相当な葛藤の末に既に乗り越えているのです。そんな胸の内を無視して、俺は自分のことくらい自分で面倒見れるからお前らクビだと、そう仰るのでしょう? 鬼ですね鬼。モラハラ君主です。あの頃なりたくなかった上司のようになっていることに気付いてください】


 わかったよ、言わねえよ!

 すごい畳み掛けてくるよコマンド。

 モラハラとかよく知ってるな。

 

【わかっていただけたのなら結構です。話を戻します。護国卿に求められること。それは一に討伐、二に討伐、三、四も討伐、五に子作りです】

 

 先生、五が仲間外れです。

 理解はできるよ?

 父親も若くして亡くなったっぽいし。

 不慮の事故とか言ってるけど、確実に魔獣にやられてるよね。

 護国卿なんていう世襲の役職に就いてるからには子供は多い方がいいだろう。

 ということは、ジャンジャック達の目的は嫁探しか?


【御名答。娘を護国卿の伴侶にしたい貴族は掃いて捨てるほどいます。その中からこれはと思われる先に赴き下交渉を行うのがジャンジャックの仕事の一つです】


 そこにユミカが付いていく理由は?

 あの子もガチャで引いたキャラクターだけど、特殊能力はないって書いてあったような。


【仰るとおり、彼女は貴族の血を引いているというバックボーンはありますが、基本的には可愛いマスコットです】


 確かに可愛い。

 髪なんかサラッサラのフワッフワ。

 ほっぺもプニップニだし。

 あの子を撫でくりまわしてたら二日酔いも回復するんじゃないかっていうくらい癒された。


【ジャンジャックに同行する理由は、閣下の身内でもない現在平民の娘にどんな対応をとるのか。それを確認するためです】


 確かにあの子に酷い仕打ちを行うような家の娘などいらんな。

 むしろ攻め込もう。

 オドルスキとメアリを呼べ!


【落ち着いてください閣下。戦争になります】


 取り乱しました。


「メアリ、ユミカの護衛ご苦労」


「ヘッセリンク伯家の家紋が入った外套に手ェ出す生命知らずなんかいねえからな。楽な仕事だったわ」


「まあそうだろうが、お前が護衛に付いているからこそ僕も安心してユミカを送り出せたんだ。労うのは当然だろう?」


「そうよメアリお姉様! お姉様がいてくださるからお爺様もお仕事に集中できたって言ってたわ! ユミカも寂しくなかったもの。いつもありがとう」

 

 お礼が言えるなんて偉いぞユミカ。

 はっはっは、撫で撫でがいいのか。

 ほーら高い高いだ。


「兄貴の大事なものを守るのが俺の仕事だからな。ちゃんとこなすさ」


 頬が赤いな。

 礼を言われたくらいで照れるなんて可愛いとこがあるじゃないか。

 

「その生暖かい目やめろ。ほら、爺さんも笑ってないでさっさと報告しちまえよ」

 

「ああ、ジャンジャック。今回もご苦労だった。ユミカが言うには素敵な成果があったということだが?」


「若い者に悟られるなどこのジャンジャック、まだまだ修行が足りませんな。そのことについてご報告させていただきたく」


 

 



 

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