第2話 散策

 なにかの比喩かと思ったら本物の森が敷地の外に広がってるんだな。

 我が家はこの森に現れる魔獣ってやつを狩って生計を立ててるわけだ。

 それが税金代わりになってるみたいだけど、上手くやれなかったら税金未納で追徴とかあるのかな。

 上級貴族なんて呼ばれてるのにそれは恥ずかしすぎる。

 僕自身、上級召喚士なんていうかっこいい職業らしいけど、具体的にどんな職業なんだろう。

 ゲームや漫画の知識しかないからなあ。


【召喚士とは、この世界に実在する魔獣を喚び出し、使役する才能を持つ者の総称。その人数は極めて少なく稀少であり、平民でありながら召喚士の才能を発現した者は漏れなく国に仕官することが認められます】


 へえ、ドラゴンゾンビって実在するのか。


【ドラゴンゾンビは脅威度A。大魔猿も同様です。いずれも討伐には国軍の出動を要する魔獣です】


 それはそれは。

 そんなのが二体もいたらほとんど無敵じゃないか。

 世界征服でもしちゃう?


【二体だけで世界征服は不可能です。申し上げましたとおり、国軍が当たれば討伐は可能ですので】


 真面目だねコマンドは。

 心配しなくてもそんなこと小指の爪の先ほども考えてないよ。


【騎士オドルスキなど人の理を外れた強者であれば脅威度B程度なら一人で渡り合えますし、閣下がその力を振るえば脅威度Aすら路傍の石と成り果てるでしょう。その他、ジャンジャック、メアリなどの戦力を加味し、ヘッセリンク家が世界を征服するには、少なくとも脅威度Aが十体は必要だと試算します】


 だからやらないっての。

 余計な試算しなくていいよ。


【現状ではそれが賢明でしょう。今は魔獣を討伐して国への貢献度を高めると同時に、上級召喚士としての経験を積まれることをお勧めします】


 つまりレベルアップを目指せと。

 さて、コマンドとのお話しも楽しいんだけど、一つ気になってることがあるんだ。

 そうそう、さっきからこっちをすごい顔で睨んでて今にも飛びかかって来そうな熊っぽいなにかのこと。


【脅威度C、マッドマッドベア。どうやら腹を空かせているみたいです】


 餌認定されてるよね?

 涎ダラッダラだし。

 マッドって言うだけあって完全に目が逝っちゃってる。

 

【閣下のデビュー戦にはうってつけの相手ですね。さあ、上級召喚士の力を解き放ちましょう】


 どうやって?

 

【……喚びたい魔獣の名を呼んでください】


 今、わかるだろ? 空気読めよ! みたいな間を感じたんだけど気のせいか?

 テンポよく行こうぜ、みたいな。

 まあとりあえず言うこと聞きますよ。


「おいで、大魔猿!」


 あ、身体の中から何かがごっそり抜かれたな。


【召喚の代償に、閣下に宿る上質な魔力を消費しました。来ますよ。上です】

 

 空から降ってくる系か、

 おー。


【双頭と四本の腕を持つ異形の大猿。脅威度A、大魔猿】


 でかいな。

 着地で地面が揺れたぞ。

 猿というかゴリラだなこいつ。

 縦は二階建ての家くらいだな。

 まあ腹ぺこ熊もそのくらいあるけど、なんかゴリラのほうが分厚い。


【大魔猿を含む召喚された魔獣は閣下の下僕です。閣下、ご命令を】


 命令ねえ。

 見た目はいかついけど、意外とつぶらな可愛い目をしてるんだな。

 よし。


「お前はゴリ丸だ」


 お、名前を付けたらこっちに寄って来たぞ。

 はっはっは、四本腕でハグは痛いからやめなさいゴリ丸。


【名付けを確認。以降、大魔猿の召喚は個体名ゴリ丸に固定されます】


 よくわからんけどそうしてくれ。

 その方が愛着が湧くし、ペットを飼ったことないからなんか嬉しい。


「ゴリ丸、食事の時間だ。今日のご飯は熊肉だぞ。食べて良し!」


 ペット飼ったら甘やかしちゃうだろうなあとは思ってたけどやっぱりそうなった。

 本当はあの熊の素材を税金に充てないといけないのにゴリ丸にはお腹いっぱいになってほしい。

 全部食べていいぞー。


【あまり甘やかし過ぎるのは感心しませんよ閣下。躾は最初が肝心です】

 

 わかってるよ。

 でもほら、目の前でもう熊さん原型とどめてないし。

 圧倒的だったなゴリ丸。

 ゴーサインだした瞬間四本の腕で掴みかかってそのままタコ殴り。

 いやあ、やんちゃだった。

 本当なら毛皮やらは納税のために取っておかないといけないんだろうけど、食い散らかしてるから回収できないな。

 

【最低限魔獣の生命石が手に入れば事足りるので魔獣を餌にするのは構いません。ゴリ丸に回収させてください】


 ゴリ丸、生命石? っていうのを持っておいで。

 おお、それっぽいぞ。

 ボーリングの球くらいの丸い赤黒い石。

 違うな。

 赤黒いのは熊の血か。


【素晴らしい。相当な生命力を蓄えていたみたいですね。生命石は魔獣がそれまでに蓄えた生命力が凝縮したものです。この国では様々な用途で利用されますので需要が尽きることはありません】


 じゃあ難しく考えず、この石を集めて納めればいいってわけね。

 オーケー、わかった。

 安心してゴリ丸達に餌を与えられそうで良かったよ。

 もう一匹のドラゴンゾンビにも早く会いたいものだ。


【素材があればなお良しというところでしょうか】


 それじゃあ僕以外が倒した魔獣からは素材もとってもらうことにしよう。

 それなら問題ないだろう。

 ん? どうしたゴリ丸。

 このでかい肉をくれるのか?

 お前が全部食べていいんだぞ?


【大魔猿の習性です。一番いい肉は群れのボスに差し出し忠誠を誓う。閣下を主人と認めたのでしょう】


 よーしよしよし、いい子だ。

 なんて優しい子なんだゴリ丸は。

 また美味しい肉食べさせてやるからな。

 で、この石と肉をどうやって持って帰るかだが。


【閣下、このコマンドにお任せください。保管】

 

 うお、消えた。

 なんだ、ゴリ丸からのプレゼントはどうした。


【私の機能の一つ、保管を使用しました。なんでもいくらでもではありませんが、一定量を収納、保管することが可能です】


 実に有能です。


【お褒めに預かり、恐悦至極】


 流石はコマンドさん。

 頼りにしてるよ。

 それじゃあゴリ丸、戻りなさい。

 そんなに悲しそうな顔しなくてもまたすぐ喚ぶから、ね?


「ふう、ただならぬ気配を感じて来てみたら……やはりお館様でしたか。いつも申し上げておりますが、一人で森に入るのはおやめください」


 お、誰か来たぞ。

 いきなりお説教モードな男は見た感じ三十代中盤くらいか。

 堅そうな物言いと僕をお館様と呼んだことから察するに、彼が聖騎士オドルスキ。


「やあオドルスキ。探したぞ。マハダビキアのシチューが最高だったんだが、あの肉はお前が仕留めたと聞いて礼を言いに来たんだ。よくやってくれた」


「もったいないお言葉。しかし、素晴らしい逸品に昇華させたのはマハダビキアです。称賛ならば、彼に」


「うん。マハダビキアには朝一で礼を言ってある。オドルスキの言うとおりマハダビキアの腕あってこそではあるけど、素材を狩るのが命懸けなのを知っているからな。今晩はあの肉をあてにみんなで一杯やろう」


「喜んでお付き合いいたします。が、一人で森に入らないとお約束いただいてからです」


 お堅い。

 本当に暗黒面に堕ちてるのか?

 すごく溌剌としてるし、見た目も爽やか系だ。

 

「お館様が一騎当千の強者だと存じ上げてありますが、先代様のこともあります。慎重に行動いただくべきです」

 

「わかったわかった。次からは気をつける」


「結構です。では屋敷に戻りましょう。生命石はどこに?」

 

 ん? 

 ああ、コマンドのことを知らないからな。

 さてどう説明したものか。

 

【適当にごまかしてください。基本的にオドルスキは閣下にゴリ丸どころではない忠誠を誓っていますから、よっぽどでなければ信じます】


 やだ重たい。

 

「召喚に連なる術を習得したんだ。持ち物をここではない空間に保管するというものなんだが」


「なるほど。いや、流石はお館様。上級貴族かつ上級召喚士というお立場にありながら現状に満足せず、さらに研鑚を積まれるとは。このオドルスキ。感服いたしました」

 

 膝とかつかなくていいから。

 ほら、立って立って。

 

「マッドマッドベアの肉のいいところもあるし、マハダビキアには存分に腕を奮ってもらおうか」


……

………


「おかえりなさいませ、旦那様。ああ、オドルスキ殿と合流できたのですね」


「戦果はどうでしたか? オドルスキさん」


 屋敷に戻ると綺麗どころが二人で出迎えてくれた。

 癒されるねこれは。


「ああ、私からはこれを。いい型のマーダーディアーがいたから角と革、あとは後ろ脚だ。イリナ嬢、マハダビキアを呼んでくれるか」


 デカイ頭陀袋抱えてるから保管するって言ったんだけど、僕に甘えるわけにはいかないって聞かないんだよなあ。

 僕もゴリ丸が譲ってくれた熊肉を渡さないと。

 ええっと、コマンド?


【取り出し】


 お、すげえ。

 ちゃんと何かしらの植物で包んである。

 気遣い大変ありがたいです。


【どういたしまして】


「あら、伯爵様も? お怪我はございませんか?」


「大丈夫だ。色々と収穫の多い散策だった。オドルスキには一人で森に入らないよう釘を刺されたけどな」


「お館様に何かあればアリス嬢やイリナ嬢を悲しませてしまうのです。何卒」

 

「それはお前もだオドルスキ。君が死ねば彼女達やマハダビキアは悲しむだろう。もちろん僕もだ。お互い長生きしような」


「……はっ!」


 なんだろう、オドルスキと今のやりとりを見ていたアリスからの忠誠が著しく上がった気がする。

 気のせいか。

 でもせっかくだからみんなで仲良く長生きしたいよなあ。

 多分、僕も含めて不死身じゃないだろうし確かに気をつけなきゃいけないか。


「若様にオドルスキ。無事でなにより。っておお! こりゃあいい大きさの腿じゃねえか。若様のそれは?」


「マッドマッドベアの肉だ」


「おお……それはまあなんとも。あのクソッタレの狂い熊の肉ですか。よくもまあ無傷で」


 ゴリ丸のワンサイドだったけど。

 一般的には脅威度Cでもそのレベルなのか。

 

【普通は脅威度Dを超えたら戦う力を持たない人々では対応できません】


 了解コマンド。

 ちなみにオドルスキの倒したマーダーディアーの脅威度は?


【Cです】


 一般人には致命的だな。

 オドルスキが相手をすると?


【ほぼ完封が可能です】


 それなら良し。

 殺人鹿やら狂々熊やら初日から大変だ。

 ガチャを引いたなかでまだ会ってないのは、執事と暗殺者、孤児と亡霊王か。

 亡霊王以外は楽しみだな。

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