第27話 理解することは難しくても存在を認める事はできる
もしかしたら僕は自分が女の子の心を持っていると認識していたかも知れない。そう考えたとしても何も不思議ではない状態だった。裕香の指摘は正しい。
「ねえ、伯美。陽女宮で多様な性について色々と習ったでしょ?」
「習った。中学生の時にそれを聞いて『俺、そうじゃん!』って思ったんだもん」
「その時に『人は色分け出来ない』って教わったでしょ?」
「教わった。でも、具体的にはよく分からなかった」
見ているものは同じなのに中身は全く違うんだとか。僕の理解の範疇を超えていた。
「同性愛者だとかトランスジェンダーだとか、男が好きだとか女が好きだとかって、きれいに区切って分けられないと思うのよ、人の気持ちって」
それはそうかも知れないけど具体的によく分からない。
「だって男性同性愛者と異性愛者のトランスジェンダー女性って、どっちも男性が好きなわけでしょ? 心の中はともかく外見だけを見たら周囲の人からは違いが分からないわよね? 少なくとも私にはパッと見で違いは分からない」
トランスジェンダー女性って心は女性で身体は男性ってことだよね。心の中までは覗けないから外見から見たら同じに見える。
「でもさ、本人にとっては大きな違いがあるのよ、きっと」
それは分かる。私って何者? って絶対に思う。僕もそれで悩んでいる。僕って何者? って。
「伯美は自分を同性愛者だと信じていたわけだけど、ちょっとした事で異性愛者のトランスジェンダー女性だと思っていたかも知れないじゃない?」
そっか。そう言うことか。
「私と愛し合ったことで同性愛者のトランスジェンダー女性だと思うようになったかも知れないわけだし」
「人によってその人の有り様は様々なんだと思うよ。『これです』という区分けをしてタグを付けることが出来ない。それが多様性って事なんじゃないかな」
「来年、カイリアで発売する独自商品のペンなんだけどね、二百五十六色を揃えることにしたの」
「そんなに?」
「うん。ペンの色は二百五十六色かも知れないけどさ、人の気持ちは千二十四かもしれないし四千九十六かもしれない。それは誰にも分からないのよ」
「自分自身でも理解できないんだもん。第三者が理解するのは絶望的に難しいよね」
自分で理解できないことを他人に『理解しろ』と言うのは無理があるよね。でも、そう言ったら裕香は笑いながらこう言った。
「私は理解する気なんかないよ。だって考えたって分からないもん。でもね、そういう色分けができない気持ちがあるっていう事を認めることはできるし、そういうのもアリだよねと思うことはできる」
「そうか、自分と違うことを理解することは難しくても存在を認める事はできるんだ」
「だから最初に言ったでしょ。『伯美は伯美だよ』って。それで良いじゃない。少なくとも私はそれで良いと思っている」
本気で裕香を抱きしめたいって思った。僕の妻が裕香でホントに良かった。
「裕香が私の妻になってくれてホント良かった。思いっきり抱きしめたいって思ってる」
「あー、えーとさぁ、それホントにそう思ってる?」
「もちろん」
「じゃぁ、今夜、久し振りにする?」
ん? する?
「出産から一ヶ月経ったからもうしてもいいって病院の先生から言われたから」
えっ、それって。マジで? マジで良いの?
「今すぐに襲いたくなった」
「そう言えば伯美に襲われてから一年経ったねえ」
「すみませんでした」
その件については謝るしかない。
「まぁ、そのお陰で私たちはこうして一緒に暮らしていて香葉瑠に会うことも出来たんだから気にしなくても良いよ」
でも僕は謝り続ける。そして裕香を、裕香と香葉瑠を大事にする。
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