第28話 『YESブランド』のペンをもらう

 年が明けてひと月ほど経ち、梅の香りも始める頃のことだった。

「伯美、これあげる」

 香葉瑠こはるを抱っこしていた裕香が僕に向かって手を伸ばして何かを手渡ししてきた。

「ペン?」

「『YESブランド』で発売したペン」

 裕香は去年、オリジナルとなるペンとノートをデザインして今年になって発売にこぎつけた。

 ちょうどデザインしていたのは裕香が香葉瑠を妊娠している時期だったので毎日一生懸命デスクに向かい描いている裕香を見ていて僕は気が気ではなかった。


 裕香がデザインしたペンはサインペンとボールペンの二種類で、ノートは横罫線と無地、五線譜、スケッチブックの四種類がラインナップされている。

 ただ、『一切の妥協はしないで世界に一つしかない物を作って』という亜美さんの言葉を文字通り鵜呑みにした裕香は発売当初から全ての商品について二百五十六色を揃えるという暴挙に出た。

 そうなのだ。そのペンとノートの最大の特徴はどの商品も二百五十六色が揃っていること。店頭に並んでいる商品を見ると美しくて壮観としか言いようがない。


 サインペンは九百五十円、ボールペンは一千四百五十円、ノートは四百五十円という文房具としては高価な商品であり売れ行きは思わしくない。思わしくないどころか全く売れていないと聞いている。

 今、僕が渡されたサインペンはそんな二百五十六色の中の一色。

「これ全然売れていないんだって?」

「値段が高いからね。そんなに売れるものでもない」

 悪い物ではないんだけどね。ただ、物には相応の価格というモノがある。良い物と売れる物は別なのだ。


 今回は初めてのオリジナル商品への挑戦ということで裕香や亜美さんは勿論のこと、裕香の母親であるカイリア社長の恵実お義母さんも『良い勉強になるよ』と前向きに考えてくれている。お義父さんの智也副社長はそもそも娘の裕香に激甘だ。ところで。

「何で緑のペンなの?」

 裕香が僕に渡してきたペンは深い緑色をしたサインペンだった。一番売れ残っている色だったりして。でも、裕香の答えは違っていた。

「その色がハクビの色だから」

 僕の色? この深緑色が?

「私って緑色なの?」

「うん。ハクビは緑色だね」

「そうなんだ」

「だって、ハ・ク・ビ。ビャクでしょ。つまり八・九・一00。#089100はその色なのよ」

 駄洒落。いや、語呂合わせか。

「語呂合わせね。確かにハクビと読めなくはないわね」

「でしょう? もし良かったらサインする時にでもそのペンを使ってよ。『私の色なんです』ってさ」

 あぁ、そういうの良いかも。激しい競争が行われているモデル業界で他人と違う特徴を出すことは注目してもらえるキッカケにもなる。

「うん。喜んで使わせてもらうよ」

 それで、せっかく裕香が頑張って作ったペンだから、という気持ちもあってサインをする機会に使い始めたペンだったんだけど、まさかあんな事になるなんて夢にも思わなかった。

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