第15話 恋とかファッションに男女の区切りはナンセンス

「ここに入って」

 裕香が俺を連れて来たのは誰でも使えるトイレ。彩美音キャンパスに限らず陽女宮大学のトイレは男女別の他に誰でも使えるトイレが必ず併設されている。

 裕香はその誰でも使えるトイレに俺を押し入れた後に自分自身も入ってきてドアを閉め鍵を掛けた。

「ゆ、裕香ぁ」

 裕香は何も言わずに大きな紙袋を手に取ると中から黒い生地を俺に渡してきた。皮?

「それ、穿いてみて」

 広げてみて驚いた。皮のスカートだ。それもかなり短いやつ。

「これスカートじゃん」

「それを穿いて、上にこれを着る」

 裕香が手にしてるのは首まであるワインレッドのモコモコセーター。

「とっくり?」

「タートルネックっ!」

 瞬時に訂正された。とっくりって言わないんだ。覚えとこ。


 でも、何で俺がスカートなのさ?

「これを穿く理由は?」

「まず伯美は同性愛者じゃなかった。女の私を欲しいと思ったんだから。これは良いよね?」

「うん、それで良い。自分でもビックリだけど事実は事実」

「でもさぁ、今日、ミスミスコンの会場にいる人たちは伯美の事を同性愛者だって皆んな思っているのよ」

 俺が自分の口でそう言ったんだ。その噂話はキャンパス中に広がっていて皆が知っている。

「そうだね。同性愛者がどんな相手とどんなデートを楽しむのか興味深々で来てるだろうね」

「それで出場辞退も断られたわけよ」

 その通りだと思う。北川の『今や瀬能くんは話題ときの人なの』という言葉がその事を証明している。

「そう言うことだね」


「だったらさ、伯美が女性の格好をして出て行ったら『あれ?』ってなると思わない?」

 そうなるのかなぁ? 俺が女性の格好をして裕香と出て行ったら『女性の同性愛者だったんですか?』と思われるだけじゃない?

「女性の同性愛者だって思われちゃうんじゃない?」

「私がこのままの姿で出て行ったらそう思われるかもね」

 ん?

「そのままじゃないって、裕香はどういう格好をするんだ?」

「これ」

 紙袋から裕香が取り出したのは黒のジャケット。

「スーツ?」

「メンズのジャケットとパンツ」

「僕がスカートで裕香がメンズってこと?」

「そう言うこと」

 そう言うことって……えっ、どう言うこと?

「もう同性愛だか何だか分からなくなるでしょ?」

 ん?


「恋とかファッションに男だとか女だとかそう言う区切りを考えるのはナンセンスだと思うの。説明なんか要らないでしょ。『好きだ!』で良いじゃない!」

「よく分からないんだけど?」

「私は伯美のことが好きで、伯美は私のことが好き。男だとか女だとか考える以前に人として好きなの。伯美に似合うのは格好良い女のファッションよ。白金にご飯を食べに行った時にワンピースも似合うと思ったんだけど伯美にはゆるふわなフェミニンよりもボーイッシュな方が似合う気がするのよ。伯美、女装をしてみて自分でそう言う格好が好きだと思ったでしょ? 『好き』ってそう言うことよ」

 言わんとすることは何となく分かるけどボーイッシュが似合うと言われるのはちょっと心外だ。だって、俺は男なんだけど。。


「と、言うわけでそれ早く着替えて」

 よく分からないけど裕香がそう言うのなら。

「着替えるよ」

 脱ぎ始めようとしてそこで気付いた。裕香はいつまでトイレここにいるの?

「裕香はどこで着替えるの?」

「ん? ここで一緒に着替えちゃうよ」

 そう言い終わる前に裕香はブラウスのボタンを外し始めた。

「ちょ、ちょっと待った。脱いじゃうの?」

「脱がなきゃ着替えられないじゃない」

 いや、そうだけどそう言う問題じゃない。

「そうだけど、一応は男と女なんだよ」

「知ってるわよ。すっぽんぽんになって見せ合ったもん。まぁ、ただ見せ合っただけじゃなくて『使用』もしたけどね」

 うっ、見せ合っただけじゃなくて『使用』もしたって。ゴメン裕香。


 裕香はブラウスを脱ぎ終わってスカートを脱ぎ始めてる。

「早く着替えてよ。散々、私に裸を見せてるから下着姿なんて今さら何でもないでしょ」

 言われてみればその通り。文字通り裕香には上から下まで全部を見られているから着替えくらいは何とも思わない。俺も慌てて上着とズボンを脱いで渡されたスカートを穿いた。

「もうちょっと下で穿いて。そう、その方が格好良い」

 モコモコのとっくり、改めタートルネックを首からズッポリと被る。

「似合う!」

 裕香はもうシャツを着てパンツまで穿き終わっている。

「で、このコートを上から着てね」

 別の紙袋から出てきたのはゴージャスな白のふわふわコート。そのコートを羽織る。流石に暑い。

「裕香、暑いよ——」

 そう言って裕香の方を見たら、そこにいたのはサングラスを掛けてダークスーツを着たイケメンだった。

「格好良い……」

 裕香がイケメンになってた。


「忘れてた。これも穿いて。良い女はナマ足よりも黒ストッキングね」

「メイクは外でするから。誰でもトイレここを占有し続けても悪いし」


 裕香と一緒にトイレを出て階段脇の自販機置き場に行った。ここにはベンチがある。裕香が鞄からメイク道具を取り出して俺にメイクをしてくれる。

「良い女にしてあげるからね」

 こうして俺は裕香に女にされてミスミスター彩美音に出て行くことになった。



======

ちょっと校正の時間が取れないので、本話以降の更新を暫く停止します。

文書自体は(終わりにに話数が掲載されている通りに)ほぼ出来上がっています。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る