第16話 最後のピースが埋まった

 レザースカートにタートルネックのセーターを身に付け、メイクをしてヒールを履いてミスミスコンのステージに出ていったら会場がシーンとなってしまった。

 司会者から色々と聞かれたけど事前に裕香から聞いていた想定問答の通りに答えた。


「お友達にお金を渡して彼女役をお願いしたのではないか? という投書がきています。これについては如何でしょうか?」

 これだけは事前の想定問答にはなかった質問。どう答えるかと考える以前にそもそもお金は渡していない。モデルをしただけ。

 むしろカイリアの商品券を裕香からもらちゃったくらいだし。さて、と思っていたら裕香から『チョイチョイ』と手招きされた。何か良いアイデアがあるんだろうか?


 僕は裕香の口元に耳を近づけた。そこで僕は裕香に顔を押さえられ、目の前にイケメン裕香の顔がきて唇を塞がれた。あっと言う間だった。

 ちょっと! 皆んなの目の前だよ! 何百人もの人の目の前で僕らはキスをし続けた。


 どれくらい時間が経ったんだろうか。ようやく裕香が僕から離れた。

 あー、ビックリした。

「お金を渡されたただの友達だったら大勢の大衆の面前でキスこんなことなんて出来ないだろ? キスこれ以上のことをしても良いんだが公序良俗に反するので自粛しておくよ」

 ちょっと、裕香! これ以上のことなんかこんな大勢の前で出来るわけないでしょ! 捕まっちゃうよ。

 まだドキドキしてる。キスしちゃった。何百人もの人が見ている前で。


 ミスミスコンは観衆の想像を遥かに超えた裕香の暴走により乗り切ることができた。乗り切ったと言うよりも会場中が裕香に圧倒されてた感じ。

「伯美、私の作品を伯美に見せたい。ううん、伯美に見て欲しい」

 僕がモデルになった裕香の作品。どこまで描かれているのか、ちょっと気にはなる。

「うん、私も見たい」

「こっち」

 手を繋いだ裕香に引っ張られていく。

「伯美、早く、早く」

「ちょっと待ってよ。歩き難いんだから」

 慣れないハイヒールなのに裕香に引っ張られて体育館から七号館まで連れて来られた。


 連れて行かれたS007-304教室に入った途端、僕の目は撤収用の梱包資材の前でイーゼルに載ったままになっている二枚の大きな画に釘付けになった。

 あの時と同じだ。あの八枚の文房具や日用品の画を見た時と。

 そこには淡いピンクのワンピースを羽織った男性裸像が左側のキャンバスに、淡いブルーのワンピースを羽織った女性裸像が右側のキャンバスに描かれていた。

 左側の画はもちろん見覚えがある。あの時に地下のスタジオの小部屋で裕香が必死になって描いていた僕をモデルにした画だ。右側の画は初めて見るがモデルはもちろん分かる。裕香だ。

「自分をモデルにしたの?」

「うん。伯美と対になるからには私じゃないと許せないと思ったから」

「許せないんだ」

「うん」

「美しいね」

「伯美の身体が美しいんだよ」

「裕香の身体だって美しいよ」


「これ最初から自分も描こうと思ってたの?」

「ううん、全く。私は男性の裸を描いてみたかっただけ。自分の裸には全く興味ない」

「でも……」

「ここにはが必要だと思っちゃったの。伯美を知ったあの後でね。何かが足りないと思っていた最後のピースが埋まった感じ」

 そっか。あの後で思い付いたのか。

「私の最高傑作と呼べる作品が出来た」

 確かにこれは最高傑作だと素人から見ても思う。


「これで私たちの契約は全部終わった。お疲れさまでした」

 えっ? これで終わっちゃうの? 僕たちはこれだけの関係なの?

「ねえ、裕香はこのまま終われるの? 今さら何も無かったことにできるの?」

 裕香は口をギュッと結んで何も答えない。いや、答えられないのだろう。

「初めてだったんだよな。それを私が……」

「仕方ないよ。『男なら』ああなって当然だよ。その危険性はあるって最初に言ったでしょ」

「そうだよ。私が男で、裕香が女だったんだよ」


 裕香の身体を抱きしめる。ギュッと。

「私は裕香を手放したくない」

「私も伯美を手放したくない」

「いいのか?」

「うん」

「好きな奴がいたんだよな?」

「今でも好きだよ」

「今でも?」

「うん」

「それで私と付き合うの?」

「だって、私が好きなのは伯美だもん」

「えっ?」

「私は伯美のことが好きなの!」

 えっ? 裕香が好きだったのは僕なの?

「でも、伯美は中学の頃から女の子に人気だったから私なんか無理って一度は諦めたの」

「でも今回、伯美から人が離れていったのを見て『チャンスがきた!』って思って。それで彼女役に立候補してみたの」

 チャンスが目の前にあるって、そう言う事だったのか。

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