第17話 北川あすみの感想
さらに今年は彩美音キャンパスで旬の学生が出場すると言うので彩美音祭の開催前から学生の間でミスミスター彩美音への関心度が高まっていた。
ミスミスター彩美音の開幕まで三十分という時になってようやく旬の学生は現れた。ワインレッドのタートルネックのセーターに黒レザーのミニスカート、ハイヒールを履き、ゴージャスな白のコートを羽織って。
受付で『瀬能伯美です』と名乗らなければ誰か分からなかったくらいに化けている。お化粧もしてるし何よりも良い女っぷりに仕上がっている。
しかも横にはサングラスを掛けたイケメンまで引き連れている。あれが瀬能くんのカレシか。どんな男なんだろうか?
「瀬能くんって女だったの?」
瀬能くんにそう尋ねたら『男とか女とじゃないのよ。そう言うのは超越したの』と女言葉で返された。
ミスミスター彩美音が始まりステージに女装した瀬能くんが登場した時には会場が静まり返った。男性同性愛者が出場するという前評判だったのに蓋を開けてみたら良い女が登場したのだ。観客は唖然としていた。
三十分前に現れた時には私たち実行委員も激しく動揺した。
予想外の展開に他の参加者もスタッフも観客さえも動揺している。司会をしている実行委員の先輩が動揺を抑えて何とか立て直そうとステージを進行させている。
ステージ上で出場者一人ずつに司会者が質問するインタビュー形式を採っていくが、その質問は瀬能くんが男性同性愛者であることを前提とした質問が多い。構成にも関わってくる事なので本番三十分前では対応出来なかった。
司会者はその前提を隠しつつ出場者に斬り込んでいった。
「彼女さんとの理想のデートを紹介して下さい」
出場者全員に聞く、ある意味でメインとなる質問だ。出場者が一人ずつ理想のデートを具体的に発表していく。
毎年、この質問は奇想天外荒唐無稽な大風呂敷を広げた内容かガイドブックに載っていそうな内容かに二分されると聞かされている。要は受けを狙うのか否かという選択だ。
そしていよいよ瀬能くん、いや、あの姿ならば瀬能さんと呼ぶべきなのかもしれない。その瀬能さんの番になった。
「まずお聞きしたいのはこの格好なのですが?」
司会者が瀬能さんに女装している理由を尋ねる。会場中にいる誰もが今一番聞きたい質問だ。
「彼の見立てなんです。こう言う格好が似合うって」
そう言うと瀬能さんは下を向いてしまった。
カワイイ! あの瀬能くんをここまで変えさせるなんて!
恥ずかしがってるのがここからでも充分に分かる。瀬能さんは隣にいるイケメンカレシに恋をしている。間違いない。
瀬能さんは男が好きだと言っていた。自分が同性愛者だと。その言葉や気持ちに嘘はなかった。でも、瀬能さんは気付いてしまったんだ。
——男性が好き。女性として
きっと瀬能さんは私と同じ感覚なんだ。今まで私たちに隠していたに違いない。もしかしたら自分自身でさえも気付いていなかったのかもしれない!
でも、隣にいるカレシさんと出会って自分の気持ちに気付いてしまった。
瀬能さんの隣にいるカレシはどう言う人なんだろう? サングラス越しではあるけれどイケメンである事は分かる。
「カレシさんを紹介していただけますか?」
「はい、私のカレシの関山裕香です。美術学部の一年生です」
なにぃぃぃぃぃぃぃ? あれ裕香なの?
瀬能さんの隣にいるイケメンカレシがサングラスを外した。間違いなく裕香だ。あの二人、いつくっ付いたのぉ? と言うか、裕香がイケメンだ。
「あっ、えっと、関山さんは女性じゃなくて男性なんでしょうか?」
「僕が男性であるとか、私が女性であるとかは私と伯美には関係ないことです。この伯美の格好に驚いていらっしゃる方も多いと思いますが、どんな格好をしていたとしても伯美の中身が変わる訳ではありません。
何も言えない。面白おかしくしたくて瀬能くんをミスミスター彩美音に引っ張り出したけど大学の基本理念を掲げられて真正面から切り返された。あの関山裕香に。
と言うか、関山裕香が自分の主張をしている姿を初めて見た。
「そ、そうですね。陽女宮大学は性の多様性を尊重していますからね」
司会者の先輩も裕香の言葉にタジタジだ。
陽女宮大学は昭和二十六年の開学以来、『教育の精鋭化と大衆化の共存』、『共学の推進』、『先端研究と低価格教育の両立』の三つを基本理念としてきた。
『教育の精鋭化と大衆化の共存』は三つ目の理念である『先端研究と低価格教育の両立』と密接に絡んでいる。精鋭化とは学生も研究者もトップしか採らない事を意味している。一つの学部が何百人も何千人も新入生を受け入れることはない。陽女宮大学の門は一部の選ばれし生徒にしか開かれていないのである。
ところがこの数字にはマジックがある。この数字はあくまでも大学側が欲しいと思う学生の数であり、この少数精鋭のエリート学生は非常に低額で大学教育を受けることができる。低額というよりも実際には無償である。
勉強が出来る学生には無償で教育を提供するが勉強が出来ない学生に対しても大学の門戸を広げるという考え方なのである。因みに正規の授業料はもの凄く高い。
そして卒業できるか否かは情け容赦なく試験結果が全てというのが陽女宮大学の不文律となっている。
『共学の推進』はある意味で特殊だ。戦後、女子教育を行う私立学校が目指したものは『女子高等教育の充実』だった。その為に女子大や女子校が乱立した。
ところが陽女宮大学は一切の女子校を開学しなかった。全ての学校を共学としたのである。
——研究と教育に男女の違いは関係ない
共学とは男女別学に対する強烈なアンチテーゼとして掲げられている。学内において女子枠はない。全ての性に対して有利、不利がないのが陽女宮大学である。
ただ、どちらかというと陽女宮大学においては女性が上位となっている点はあるかも知れない。もちろん、試験や論文、実績と言った評価の裏付けがあってのことではあるが歴代の理事長も学長もほぼ女性である。
「そ、それではカレシさんとの理想のデートを紹介して下さい」
司会者が瀬能さんの理想とするデートを聞き始める。
「はい。私たちの理想のデートは家でマッタリ将来設計をするデートです」
「将来設計ですか?」
そうか、奇想天外の方から攻めてきたか。
「相手と将来を見据えた真剣なお付き合いをしているっていう証になりますから」
「子供は何人でいつ頃作るとか、どういう育て方をするかとか、それに必要な資金とか。もちろん何処に住むとか何の職業に就くとかも考えますよ」
「それがデートなんですか?」
「やってみて分かりましたけどスポーツカーもピアノの生演奏のあるレストランでの美味しい食事も私たちには不要なものでした。詰まらなかったんです」
やってみたんだ。
「お友達にお金を渡して彼女役をお願いしたのではないか? という投書がきています。これについては如何でしょうか?」
相手役が見つけられずに彼女役を『買った』という噂が出ている。誰も接点を持ちたがらない今の瀬能くんの周囲を見ればそう思われても仕方ない状況ではある。
さぁ、どう反論するんだろうか。
裕香が瀬能さんを呼んでいる。何か反論するアイデアを授けようと耳打ちする気なのだろう。
瀬能さんが裕香の口元に耳を近づけ、えーーーーー! 裕香が瀬能さんにキスした。瀬能さんの顔を裕香が両手で押さえてキスしてる。
二人のキスは何十秒も続いている。会場は誰も声を発せずに息を飲んで静まり返ったまま。
ようやく裕香が瀬能さんの唇から離れた。
「お金を渡されたただの友達だったら大勢の大衆の面前で
これ以上は司会者も追求が出来なかった。実行委員会は瀬能さん、と言うよりも関山裕香に押さえ込まれた。
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