第14話 いったい僕は何者なんだろうか

 『はぁ』、ため息しか出ない。

 いよいよ今日は彩美音祭の最終日。午後からはミスミスター彩美音コンテストが開催される。

 俺に『彼女役』の相方はいない。俺が自ら裏切って手放してしまった。だから今日は一人でステージに立ち『同性愛者だから彼女はいない』とキャンパス中の晒し者になるつもりだ。

 最初は『同性愛者だから彼氏を募集中です』と戯けてみせようかと考えた。でも、俺は同性愛者じゃないことに気が付いてしまった。だって、俺は裕香が欲しくなって襲ってしまったんだから。


 俺は裕香に対して性的興奮をしていた。アレがグングンと大きくなっていったのがその何よりの証拠。全く収まる気配すらなかったし。それに裕香の身体を見て美しいと思ってしまった。

 頭じゃダメだと分かっているのに気持ちが、身体が裕香を欲してしまった。俺は所有欲を満たすために征服欲を行動に移して友達を裏切り、ただのけものに成り下がってしまったんだ。


 俺は三田先輩や曽根くんに心がときめいた同性愛者だったはずなのに。何故、俺は女であるはずの裕香を欲しいと思ってしまったんだ。俺はいったい何者なんだ?

 『はぁ』っと声にならない声がまた出た。


「さっきからため息しか出てないけど大丈夫?」

 声を掛けられた方を見ると裕香が立っていた。

「裕香」

「なんか重症ね。あと数時間後にはミスミスター彩美音なんだよ。台詞は頭に入ってる?」

 台詞?

「えーと」

「大丈夫? 私はちゃんと覚えてきてるから。リハでもしとく?」

「あっ、いや。え? 台詞?」

「『彼女役』の台詞。覚えてきたよ」

「もしかして裕香、『彼女役』やってくれるの?」

「そういう約束だったじゃない。クビにされた覚えはないからまだ約束は有効だよね」

「だって、でも、俺、お前に——」


「彼女でもない女の子を襲っちゃったら犯罪だけど彼女相手にだったらセックスくらいするでしょ。初々しいカップルを演じるのもいいけど一線を越えたカップルっていうのも有りだと思うのよ」

「一線を越えたって……」

「それともまだし足りない? まさかと思うけどもう忘れちゃったなんて言わないよね?」

 忘れるわけねーだろ! 俺は初めてだったんだ。一生忘れることはない。

「念のため言っておくけど私は初めてだったんだからね」

 そうでした。それは申し訳ないことをしました。

「でも、伯美が初めての男性ひとで良かったよ。親友が初めてって中々いないよね」

「裕香……」

 涙が出てきた。裕香が親友だって言ってくれた。涙が止まらない。

「あーあ、泣かしちゃった。私、悪い女だな」

 違う。悪いのは全部俺だ。


 そう言えば裕香には好きな奴がいるって聞いてた事を思い出した。裕香は『親友が初めてで良かった』と言ってくれてるけど、そんなはずはない。きっと初めては好きな奴にあげたかっただろうに。俺が欲望に任せて無理矢理に裕香の処女はじめてを奪ってしまった。

「そう言えば好きな奴がいたんだったよな。謝って済むことじゃないけど、ゴメン」

「その件については彩美音祭が終わった後で改めて話をしたい。今は私は伯美の恋人だから」

 裕香が俺の彼女役をしてくれるのならばミスミスター彩美音は問題ない。


 俺たちはミスミスター彩美音の最終打ち合わせと寸劇の予行演習をした。裕香は俺が渡しておいた台本を完璧に覚えてきていた。

「ところでさぁ、もう同性愛者じゃないって認めたら?」

 うぅっ。

「自分でもそれは分かってるんでしょ?」

 分かってる。さすがに女を欲する男性同性愛者はいない。頭ではなく心が裕香を欲してしまった。

「少なくとも伯美は私に欲情して男として発情したわけだし」

「それはホントにゴメン。何度でも謝る」

 裕香の言う通りだ。俺は男として発情した。裕香には謝ることしか出来ない。

「別に謝らなくてもいいよ。私は伯美の恋人だし伯美のことが好きだから」

 この期に及んでも裕香は俺を庇ってくれている。恋人だろうが夫婦だろうが相手がどんな性別だろうが無理矢理に性行為を強要すればそれは犯罪になる。


「でも、同性愛者じゃなかったら僕は何なんだろう?」

 俺は自分を完全に見失ってしまった。

「ちょっと私に考えがあるんだけど」

「何?」

「こっちに来て」

 そう言うと裕香はバッグと大きな紙袋を持って俺を建物の奥に引っ張って行った。

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