第25話 晴沙、最後のモデル撮影
二00八年もあと二週間ほどで終わろうとしている今日、遂にこの日がやってきてしまった。私の、
この数年間、私は十代後半から二十代前半の女性たちのファッションリーダーだった。モデルとしてだけではなくタレントとしても活動して雑誌だけではなくテレビやラジオにも呼ばれて人気タレントランキングの上位にも度々登場している。事務所も私を積極的に売り出してくれて仕事には恵まれていた。
ところが昨年あたりから風向きが変わってきた。私のホームとも言うべき『ハイティーン・センス』誌での掲載ページが減り始めたのだ。編集長は『雑誌の発行部数が中々上がらなくてね』と言っていたけれど他のモデルたちのページ数は変わらないか逆に増えている。つまり、私の掲載ページだけが減っていたのだ。
もしかして私の人気が落ちている? そう考えてマネージャーに確認してみたけれどタレントランキングにもモデルランキングにも大きな変動はなくトップスリーを維持していると言われた。しかもファンクラブの人数は増加しているとも。
この時に『私の思い過ごしか』と安心してしまった事が取り返しのつかない事態への始まりとなった。私は同年代の十代後半から二十代前半の女子たちからの支持を完全に無くしていたのだ。
十代女子たちからの支持が無いという事に気付いたのは今年の春だった。『ハイティーン・センス』誌の編集長にマネージャーと共に呼ばれてモデルの調査結果を見せられた。
私のファンは確かに多い。好きなモデルとして私を挙げてくれたファンの総数は他のトップのモデルと同じかやや多いくらいだ。でも、そのファンを詳しく分析した結果に私は驚いた。私のファンの殆どは男性で三十歳以下の男性が全体の八割。三十歳以上の男性が一割で女性のファンはたったの一割だった。
逆に私を嫌いなモデルとして挙げた総数の内、十代の女子が四割を占め、次いで二十代女子、三十代女子と続き、実に嫌いなモデルとして私を挙げた人の九十五パーセントが四十歳以下の女性だった。つまり私は女性から圧倒的に嫌われているモデルということになる。
調査結果で衝撃的だったのはその嫌いな理由だった。『彼氏役となる男子モデルと一緒に収まっている写真の笑顔と女子モデルだけで収まっている写真の笑顔が違うと言うから』という理由がトップだった。つまり私は『男といる時に笑顔をふりまく小聡明い女』だと女性たちから思われていたのだ。
調査結果は更に過酷な現実を私に突きつけてきた。私が着た服が売れないと言うのだ。ファッションモデルという職業はクライアントであるアパレルメーカーが製作する服を着てその服の魅力度を押し上げて販売につなげるのが仕事である。私が着た服が売れないという事はクライアントであるアパレルメーカーは私をモデルとして起用する意味がない事になる。昨年感じた私の掲載ページが減っている理由は、売れている服を着ているモデルを多用しているうちに私の掲載数が相対的に減っていたからだった。
『着た服が売れないモデルでは使えない。モデルとしての意味がない』と編集長から断言された。モデルとして笑顔を男女問わず作っていきます! 私の小聡明い女というイメージを変えていきます! という意気込みは『もう晴沙を起用しようとするブランドはないんだ』という宣告で吹き飛んでしまった。
出稿量も多く販売量も多いトップブランドはもう別のモデルを起用することを決めていた。服が売れないモデルには用はない。当然だ。
編集長からは『ただ、我々もこのままぷっつりと晴沙を消すわけにはいかない。もう以前のようにトップブランドで起用することは出来ないが中堅、下位ブランドなら晴沙の名前はまだ売れる。来年の三月号までこれでやってくれ。その間をタレントとしての助走期間として来春からタレントとして活動するようにしてくれ。それが今まで六年間『ハイティーン・センス』に貢献してくれた晴沙にしてやれる我々の最後の仕事だ』と言われた。これで私のモデルとしての仕事が二00九年三月号で終わることが決まった。
それから三ヶ月後、『ハイティーン・センス』が起用したモデルに私は驚いた。だってそのモデルは男だったから。そのモデルはハクビという名前を名乗りあちこちのオーディションを受けては落ちてを繰り返していると聞いた。
普段から女装をしていてレディース・ファッションのモデルを目指しているという事だった。見た目はキレイ系でクール・ビューティーだ。仕事ができる格好良い服が似合うと思う。
男だと言わなければ女と思われる容姿ではある。ただ、ハクビは自分は男だと公言している。
撮影した動画も見せてもらったがウォーキングもポージングもまるでなっていない素人そのものだった。どうしてこのモデルを『ハイティーン・センス』が選んだのか正直分からなかった。
ところがハクビが八月号に登場するや『ハイティーン・センス』の読者はハクビに釘付けになった。ハクビの着ていた服が全国で売り切れたのだ。
服が売れるモデルは強い。クライアントからしたらウォーキングもポージングも関係ない。服が売れるのだからそのモデルを起用する。
九月号では大手ブランド三社がハクビを起用した。読者投票でも私はハクビに負けて三位になった。そして十月号の読者投票でハクビは一位を取ると同時に『ハイティーン・センス グランプリ』でグランプリを獲得してしまった。
掲載三号目でグランプリを獲得したのだ。もはや『ハイティーン・センス』がハクビシフトを敷かない理由はどこにもなくクライアントからも引っ張りだこになった。
そして私の最後の撮影となる今日、私は爪痕をしっかりと『ハイティーン・センス』に残してここを去るつもりだ。
私は『男といる時に笑顔をふりまく小聡明い女』と言われた。でも、モデルの男の子たちは皆んな格好良い男の子なの! 女の子なら自然と格好良い男の子に笑顔になるでしょ! 私だってそうなの。ハクビだって同じよ。可愛い女の子には笑顔になるに決まっている。
私はハクビとのツーショットで飛び切りの女の笑顔を見せてやった。どう? 大人の女の意味深な笑顔。誘いを掛ける女の笑顔よ。
でも、ハクビが私に見せた笑顔は男が女にする笑顔じゃなかった。女が女にする笑顔。つまり同調する作り笑い。私は男のハクビから女と見られず、女のハクビから女と見られたのだった。
結論。男だと公言してるハクビは男ではない。男を装った女の心を持った男だ。昨年あたりからそういうタレントさんも複数出てきている。きっとハクビもその一人なのだろう。
私は男に負けたんじゃない。私は女の心を持った男に負けたんだ。
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