第24話 『ハイティーン・センス』の読者投票

 ハクビが『ハイティーン・センス』の読者投票で人気モデルの第一位になった。八月号で初登場と同時に人気に火がつき、掲載二号目となる九月号で晴沙を越えて読者投票で第二位となった。

 そして遂に十月号の読者投票で第一位となると共に『ハイティーン・センス グランプリ』で読者からの圧倒的な支持によりグランプリを獲得してしまった。

 『ハイティーン・センス グランプリ』は毎年、前年の十月号から翌年の九月号までの一年間に『ハイティーン・センス』上で活躍したモデルの中からナンバーワンを読者、取材に協力的なショップから厳選した『ハイティーン・センス 公認ショップ』の店員、カメラマン、ライター、『ハイティーン・センス』の編集部員が投票して決める年に一度の総決算となる賞である。その賞をたった二回掲載されただけのハクビが受賞してしまった。


 雑誌で人気に火がついてすぐに各メディアからの注目も集めてオファーが殺到したと聞いたがハクビはテレビ、ラジオ、雑誌に殆ど出演することはなかった。

 あまりの出なさ振りに各メディアは人脈を駆使して接触を図ろうとしたが事務所の厚い壁に遮られてそれは無駄な徒労に終わった。その露出の少なさがハクビという異色モデルの希少価値を更に高めることになった。

 専属契約を結んでいる我々の雑誌はその希少なハクビを毎月『これでもか!』と誌面で使うことができる。もちろん自然とハクビが登場する誌面のページ数も増えることとなる。

 ハクビに注目した十代女子たちはハクビ見たさに希少なハクビの情報源である『ハイティーン・センス』を毎月買い求めるようになり雑誌の発行部数は毎号増えていった。


 若い女性からの支持があれば当然のようにハクビが『ハイティーン・センス』で着た服が売れるようになる。『ハクビが着た服は売れる』というのがクライアントの常識になるまでにそれほどの時間は掛からなかった。

 『ハイティーン・センス』は晴沙の影響を最小限に抑えることに成功し次の世代へと上手くバトンを渡せたと安堵した。


 人気があれば当然の如くファッションメディアが主催するファッションショーからもハクビに声が掛かる。我々はハクビ以外の専属モデルも併せてショーに出すことを条件にショーへのハクビの参加を認めた。いわゆるバーターである。

 『ハイティーン・センス』が抱えているモデルたちはハクビがショーに出演することによってメディアへの露出数を増やすことができた。


 ハクビは新人なのにも係わらず他のモデルたちから慕われている。とくに年下の十代のモデルたちからの支持は厚い。

 それはハクビが他のモデルたちから慕われる切っ掛けとなった事件があったからだ。


 その事件が起きたのは『ハイティーン・センス』オリジナルの企画を撮影するロケの現場でのことだった。

 『ハイティーン・センス』ではアパレルの企画だけでなく『ハイティーン・センス』独自の企画にも取り組んでいる。その中にハクビの日常を描いた企画があった。正確には日常ではなく日常風を演出したものである。

 ——ハクビさんの私服姿とか、普段を見てみたいですね


 その時には気軽にこう言ったんだと思う。何人かのモデルを呼んでハクビとそのモデルたちで森の中のカフェでお茶とケーキを楽しむシーンを撮るという演出だった。そのモデルの中に大河内沙苗というモデルがいた。

 大河内沙苗の実家は土建屋だか建設屋だかをしていて沙苗は金持ちのお嬢さんだった。ところが、その金持ちの感じが周りのモデルたちから嫌われて煙たがられていた。


 今回の撮影でもドイツの高級車の最上級モデルの後部座席に乗って撮影現場までやってきて、モデルたちに『あなた達も一度は乗ってみたいでしょ。いつだって乗せてあげるわよ』と言い回っていた。

 沙苗は我々スタッフにまで『うちの車を撮影に使いたかったら使ってもいいわよ』とこれまた頼みもしない事を言ってくる有様だった。

 正直言って白のセダンでは没個性的でファッション雑誌では使えない。ハッキリと言えばオッサン臭いから。

 そんな感じで現場の雰囲気がちょっと下向きになっていた時にその事件は起きた。


 ハクビの到着が遅いな、とは感じていた。いつもなら誰よりも早く現場に入っているハクビが到着していない。ちょっとマズいかもと思った時だった。

 遠くから甲高いエンジンの音が聞こえてきた。車?

 エンジン音は徐々に大きくなり、やがて撮影現場となる森の中のカフェの前で真っ赤なスポーツカーが止まった。フェラーリだ。

 その助手席から出て来たのはなんとハクビ本人だった。

「遅くなってすみません。すぐに準備します」

 ハクビは慌ててスタッフの方に向かおうとしたが運転席から降りた女性に止められた。

「ハクビくん、また迎えが必要ならば連絡して! 取り敢えずこれは持って帰るから」

「ありがとうございました」


 フェラーリを運転する明らかに年上の女性。もしやハクビの彼女ではないだろうか? 二人で明け方まで楽しんでいたので遅れて慌ててやってきた。私はそう推測した。

「あの、ハクビさんとのご関係は?」

 フェラーリを運転してきた女性に尋ねた。

義姉あねなんです。いつも義弟おとうとがお世話になっています」

 お姉さん! そう言えばハクビは五人兄姉弟の末っ子だって言ってた。

「お姉さんでしたか。こちらこそいつもお世話になっています」


「この車、凄いですね」

 見たところ二千万円以上はしそうだ。

 ここでカメラのゴンちゃんがお姉さんにお願いを言い出した。

「これ撮影で使うわけにはいかないですかね」

 フェラーリこれを? 撮影に?

「この車を、ですか?」

「赤いスポーツカーならばになります」

 白のセダンではオッサン臭いだけだが赤のフェラーリならば話は別だとゴンちゃんは言いたいわけだ。


 お姉さんと名刺交換をさせていただいたらカイリア赤羽店の店長の関山亜美さんという方だった。

 ハクビの所属事務所はカイリア。姉が弟を送り届けてきたのだろうとこの時には思っていた。


 実はこの時にハクビの背後でハクビをモデルとして売り出す戦略を考えていたブレーンが存在していて、この関山亜美さんもその一人だったのだが、そのブレーンたちの存在と素性が明らかとなるのはずっとずっと後のことになる。

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