第23話 YESブランドの誕生

「もう、こんなに散らかして。あまり動き過ぎるとお腹の中の赤ちゃんがビックリしちゃうよ」

 妊娠中の裕香にはゆったり過ごすように厳しく言ってある。それにも関わらず裕香は部屋でスケッチブックに画を描き続けている。


 裕香が描いた画の中に何点か文房具の画があった。

「この文房具シリーズって良いじゃない。カイリアのオリジナル品として商品化してみよっか?」

 赤羽店の店長をしながらライブハウスの売店をルーツとするカイリアの雑貨コーナーを強化していくことが今の私の課題。

 今までは音楽に関係する商品を置いていただけだったけど今後はライブハウスとも音楽とも無関係な雑貨ショップとして独立して営業出来るような商品構成にしていきたいと思っている。

 オリジナル品を作って置くという選択肢は私の頭の中にはあったが残念ながら私には商品を生むという力は全くない。


「そんな事できるの?」

「文具を作ってくれる工場を探して作ってもらうのよ。裕香がデザインをして部材を調達して設計図に落とし込む。その設計図と部材を外部の工場に持ち込んで作ってもらう」

 図面に落として材料を探し出せれば作ってくれるところは意外とある。


「やっぱり若い女性をターゲットにした方がいいよね? あっ、それともカイリアのお客さんをターゲットにした方が売れるかな?」

 それはダメ。折角のオリジナル品なのに他と同じでは意味がない。

裕香あなたが『これだ!』と思えるものにしなさい」

「私が『これだ!』と思えるもの?」

「そう。若い女性をターゲットにした商品なんて巷に溢れてるわ。そんな物を今さら作っても仕方がない。裕香が『これだ!』と思える世界に一つしかない物にして。一切の妥協はしないで」

 カイリアうちは文具会社ではない。万人に万遍なく好まれる商品を売る意味はどこにもない。

 ペンはペンである。それ以上の機能は要らない。あの裕香が描いたシンプルな見た目だけがあれば良い。そのシンプルさこそが一番重要な機能だから。


「売れなかったらどうしよう?」

「大量に作るわけじゃないから全く売れなくても会社的にはインパクトは無いわ。裕香あなたが作るオリジナル品が売れなくて会社が傾くほど今のカイリアは弱くはないから」

「そうなんだ」

「一切の妥協はしないで世界に一つしかない物を作って」

「分かった」

「ブランド名を付けた方がいいわね」

「ブランド?」

「オリジナル品なんだもん。ブランドは大事よ」

「私、そういうの考えるの苦手ぇ」

「私も考えてみるから。あなたも考えてみて」

「うん」

 とは言うものの、裕香に期待出来ないことは私が一番分かっている。


 そして数週間後。

「そろそろブランドの名前を決めないといけないんだけど」

「私はノーアイデア」

 ほらね。裕香はこう言う事は不得意。でも、他に裕香にしか出来ないことがある。そこが大事。

「私は一つしか思いつかなかった」

「何なに?」

「『YES』」

「えっ、『YES』?」

「うん」

「そんな単純な名前はとっくに商標登録されてるしドメインだって取得済みでしょ。調べるまでもないね」

「だから『YES Brand』にする」

「『YES Brand』?」

「そうよ。これならまだ大丈夫」

「『YES』かぁ。でも、どうして『YES』なの?」

「YES is named from Yuka eats Sabamiso」

「えっ?」

「『YES』とは『裕香が鯖味噌を食べる』から採ったイニシャルです」

 『Yuka eats Sabamiso』のイニシャルで『YES』。裕香このこ、小さい頃から何よりも鯖の味噌煮が大好きだったんだもん。


「亜美、最高! それ良い! それで決定」

「ちゃんとした『YES is named from young earthist soul』、 『地球主義の若者たちの魂』と言うそれっぽい表向きの理由もある」

「あはははっ。表向きはそっちの方だね」

「じゃぁ、『YES Brand』で良い?」

「それが良い!」

「決まりね」


 『YESブランド』はこうして命名されることになった。


=====

『YESブランド』の意味はこれだったのです。

本作品の冒頭において関山裕香が学食で食べていたり、『ある春の日に大きな木の下で恋に落ちた。猫も落ちた』という別物語の第131話、及び『謎のカリスマデザイナーの中の人のとある一日』の第4話(共に同じシーンを別の角度から描いています)で選んでいましたよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る