第21話 『ハイティーン・センス』での起用
会議は重苦しい雰囲気になった。最悪と言ってもいいかも知れない。もう今さら何を取り繕ったとしても一度貼られたレッテルはそう簡単には書き換えられない。それが人気商売の宿命だ。
「
遂に編集長が決断を下した。ただ、降ろしたところで彼女に代わる次の売りになる人材がいないのも事実である。我々はこの数年間を晴沙ひとりに頼ってきたからだ。
「次はどうするんですか? 早速、来月号からスカスカになりかねませんけど」
メインのモデルを使わなければファッション雑誌はページの殆どが空白になる可能性がある。
「来月号は他のモデルを総動員して埋めろ。さ来月号は……考えておく」
何か考えがあって晴沙を降ろすわけじゃない。降ろさざるを得ない理由があるだけだ。
彼女と我々、『ハイティーン・センス』編集部との出会いは六年前に遡る。とあるカレー専門店でカワイイ子がバイトをしていると言う情報が編集部に寄せられたのが切っ掛けだった。
この手の情報は実は珍しくない。この時も多く寄せられる『盛られた情報』の一つと編集部の誰もが思っていた。
ところが偶然にも編集部に出入りしているカメラマンがそのカレー専門店に食べに入り、直感で『一枚撮らせてよ』と写真を撮ったことで彼女の顔写真が我々の目に届くことになった。
我々は直ぐに彼女にアプローチして雑誌の専属契約をした。それほどまでに晴沙の輝きは別格だった。
我々は晴沙をトップモデルにしようと雑誌の構成を変えた。晴沙シフトを敷いたのだ。晴沙自身にもモデルとしての教育を施した。
やがて晴沙は人気実力共に唯一無二の存在となるトップモデルになっていった。
問題が出始めたのはトップモデルになって暫くしてからだった。読者の人気が停滞し始めたのだ。
だが、問題はどこにもない。モデルとしてクライアントの受けもよく編集部の中にも多くのファンがいた。
我々はこの時に気付かなかったのだ。晴沙から距離を起き始めていた層がいた事に。この時、晴沙から距離を起き始めていた層は晴沙と同年代の十代後半の女の子たちだった。
クライアントとなるファッションブランドの社員も編集部の人間も十代後半の女子ではなくそれなりに年をくったオヤジたちばかりで晴沙の小さな動きの違いには全く気が付かなかったのだ。
晴沙から離れていった十代後半の女子たちが気付いた晴沙の小さな動きの違いとは晴沙の表情だった。雑誌上で彼氏役となる男子モデルと一緒に収まっている写真の笑顔と女子モデルだけで収まっている写真の笑顔が違うと言うのだ。
要は『男といる時に笑顔をふりまく小聡明い女』だと思われたのだ。男性である我々はその小さな違いに気付かなかったが読者である十代後半の女子は敏感にその違いを感じとった。
その十代女子たちの動きが徐々に大きくなり、やがて晴沙の着た服が売れないという現象に至り、調査を行った結果を見てようやく我々も気付くこととなった。
着た服が売れないモデルでは使えない。モデルとしての意味がない。人気はあるが、その人気の多くは男性からの支持だ。
だが、モデルである以上は着た服が売れなければいくら人気があろうが使うことが出来なくなる。晴沙の主たるファンである男性はレディース服を買ってはくれない。我々が気付いた時には、時既に遅くどうする事も出来なかった。
モデルのオーディションを開催すると聞いたのはその晴沙を降ろす事を決めた会議の翌週のことだった。
同じ轍は踏みたくない。我々はこのオーディションに入社間もない新人の女子社員を審査員に加えた。全員が四年前には間違いなく十代だった新人の女子社員。彼女たちには女子目線で『女子に嫌われない』モデルを選ぶようにお願いした。
その結果、驚くべきことに彼女たちが全員一致して選んだモデルがハクビという名のモデルだった。
彼女たちが選んだモデルがハクビという名のモデルだと知って僕らは困った。何故かって? だってハクビって男性モデルだったから。
ハクビは男性モデルでありながらレディースファッションのモデルをしている。『している』と言うか実際にはオーディションを受けては落ちの繰り返しらしい。
男性がレディースファッションを着てもその服は売れないと僕らは考えている。それは僕らだけではなくてクライアントとなるアパレルブランドも一緒だった。
男性モデルでは購買者である女子は自分自身をモデルに投写出来ないから売れない、と言うのが僕らの考えだった。
ところが女性はそう考えないと言われた。彼女たちは男性モデルが着たレディースファッションを『男の子が着て欲しい女の子のファッション』と捉えていた。
ある新人社員からは『そもそも先入観なしに見てハクビが男性に見えますか? 男だ女だという議論がそもそもナンセンスです』とまで言われた。
この期に及んでオジさんたちの出る幕はもう存在しなかった。『ハイティーン・センス』は異色となるモデルのハクビを起用することを決めた。
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