第12話 モデルの気持ちになって魂を入れる
彩美音祭まであと一週間となった。今日も
それって裕香が俺のアレを細部に渡って記憶しているってことだよな。まぁ、あれだけ見続けられたら記憶もされるだろう。
裕香に覚えられていたとしてもその記憶が何か困る事になるわけでもないし、せいぜい裕香の将来の夫のモノと比べられる程度しか使い道もない。もっとも将来、裕香と結婚する男がいればの話だけどな。そう思った時だった。
うっ、何なんだ、この感覚は?
胸が狭くなったような押し潰されるこの感覚。何か味わったことのない違和感を覚えた。
裕香の将来の夫のモノと比べられる程度の事だ、と思った途端に深呼吸をしたくなった。この胸のモヤモヤ感は何なんだ。
そう言えば裕香ってどんな男が好みなんだろうか?
たしか今、好きな男がいるって言ってた。『今、チャンスが目の前にきている』とも言っていた。
その男はどんな男なんだ。何故か気になる。何故だかは分からないが。
裕香のアトリエに着いていつも通りに裸になって出て行ったらまたブルーのワンピースを渡された。前回のよりも薄い生地。夏物かな。
「またこれ着てどこかに行くの?」
またワンピースを着て外にお出掛けするのかと思った。前回は夕方から夜だったけどこの午前中からこれを着て出歩くのは結構な視線を感じると思う。
「出掛けないよ。今日は一日中、ここで描くつもり」
「じゃぁ、どうしてこれなの?」
「前回のデートの時に伯美がこれを着ているのを見て、なんか良いなぁって思ったんだよね。それでちょと方針転換することにした」
「もう、ヌードはいいの?」
「ううん、ヌードだよ。裸の上にこのワンピースを羽織るの」
「羽織る?」
「うん」
「私、初めての経験だからさ、男性のヌードをばーんって描いてみたかったのよ。でも、ばーんって描くよりも見えそうで見えない、だけどその絵を見た人が想像を十分に出来る方が絵としては面白いかなと思って」
「それでこれ?」
「うん、そう。それを袖を通さないで肩からかけて、うん、いいわね」
裕香がワンピースの掛け具合を調整している。でも。
「見えそうで見えないって言ってたけど十分に見えてるんだけど?」
俺のアレにはワンピースの生地は被さっていない。どーんと丸見え状態のままだ。
「写真じゃないもの。これは絵だから。私が目で見えてるものを全てキャンバスに描いているわけじゃないから。逆に目で見えていない物を描くことだってあるのよ。絵はね真実を描いているわけではないの。心の目で見たものを描けばいいのよ」
写真じゃない、か。
デッサンは順調に進んでいるようだった。今日は俺のアレも暴力的にならずに大人しくしてくれている。今日が最後なんだ。このまま大人しくしていろよ。もう、あんな醜態を晒すのはこりごりだ。
裕香も必死になって描き続けている。時折、額の汗をタオルで拭ったりしながら手を動かしている。必死になって描いているのがよく分かる。
と、ここで裕香が腕まくりしていたシャツの袖を元に戻した。
寒いの? 暑いようにしか見えないんだけど?
と思ったらシャツのボタンを外し始めて脱いじゃった。
「ちょっ、ちょっと裕香!」
「暑い!」
それは見ていても分かるけど下着姿になるのはどうかと思うよ。全裸に布一枚しか羽織っていない俺が言うのも説得力がないけど。
さっきよりももっと激しく裕香がキャンバスに向かって腕を動かしている。もう全身で描いている感じ。美術はスポーツだ! と言われれば納得できる。凄く格好良い。
裕香はもう一々俺の姿を確認することなくキャンバスに絵を描き続けている。もう裕香の頭の中では完成形があるのだろう。それに向かって今、まっしぐらに向かっているところなんだ。
と、ここで裕香の動きが止まった。
『ふうっ』と小さく息を吐いた。そしてスカートを脱いだ。
「裕香、何やってるんだよ」
「気持ちが乗ってきたの。もうすぐよ。服は邪魔なだけ!」
上も下も下着姿になった裕香が再びキャンバスに向き合い始めた。
もう、まったく訳が分からない。
でも、姉ちゃん以外の女性の下着姿って初めて見たかも。『かも』じゃなくて間違いなく初めて見た。
と、ここで再び裕香の動きが止まった。こんどは何だ?
裕香が俺の方をチラっと見た。そして背中に手を回してブラを外した。外したというよりも脱ぎ捨てた。
驚いて声も出せなかった俺に構わずそのままの勢いでショーツまで脱いじゃった。
「何脱いでるの!!」
「モデルの気持ちになって魂を入れる。この絵に魂を吹き込むの!」
真っ裸になっても魂は入れられないと思う。いや、百歩譲って真っ裸にならないといけないのならわざわざ俺の前で脱がなくても後でやれば良いんじゃないか?
今の俺、すごく冷静になってる。
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