第5話 彼女役へ立候補してきたのは

 彩美音祭まで残り二週間となった。彼女役になってもらう女子を選ぶどころかあれ以来、男友達すら俺に寄ってくる事はなくなった。

 もはや誰からも避けられるようになった俺にかつてのキャンパスの人気者としての姿はない。俺にはもはやミスミスター彩美音に出場する資格はない。ミスミスター彩美音への出場は取り止めよう。


 学食で見つけた実行委員の北川にそう俺の気持ちを伝えて出場の辞退を伝えた。ところが。

「ダメよ。今や瀬能くんは話題ときの人なの。出場辞退なんてとんでもないわ」

 話題ときの人って、俺はキャンパス全体の学生の前で晒し者にされると言うのか?

 脱力して学食の椅子でボーッとしていたら二つ先のテーブルに座っている学生が俺のことをジーッと見詰めている事に気付いた。関山裕香だ。


 俺が関山に気付くと関山はまだ食べきっていないランチの載ったトレーを持って立ち上がった。相変わらずサバの味噌煮缶がトレイの上に載っている。

 話すらした事のない関山でさえ今の俺からは避けようとするんだ。誰かが俺の傍に寄ってくる事はもはやない。

「瀬能くん」

 急に名前を呼ばれて驚いて前を見てみるとトレーを持った関山が立っていた。どっかに行くんじゃないのか? 何しに来たんだ?

「ここに座ってもいいかな?」

 関山は俺の前に座りたいという。こいつ何を考えているんだ。

「座りたきゃ勝手に座ってくれ。ただ、僕といると変な噂が出るかも知れないぞ」

 同性愛者だとカミングアウトした以上、一緒にいるだけで同じように思われる可能性は充分にある。

「私、一応は女なんで同性愛者だとは思われないかな。まっ、別にどう思われようと関係ないけどね」

 そう言って関山は俺の目の前の席に座った。

「お前、何食ってるの?」

「これ? 鯖味噌定食だけど」

 鯖味噌定食? 缶詰をそのまま出す学食なんかねえだろうが。

「そんなの学食にあるのか?」

「ライスと味噌汁にサラダを取っただけ。缶詰は家から持参」

 だよなあ。学食で缶詰がそのまま出てきたら驚くわ。


「ねえ、ミスミスター彩美音に出るの?」

「今、聴いてたろ? 話題の男だから出場辞退は許さないってさ。彼女役を見つけられる見つけられないに関わらず俺がキャンパス全体の晒し者になることだけは間違いない」

 本当にいい晒し者だ。

「彼女役を見つけられても晒し者になるの?」

「なるだろ。同性愛者だとカミングアウトした男が『彼女』を連れてきたんだ。どういう気持ちかとか、彼女とデートするのと彼氏とデートするのと違うのか? とか色々聞かれるぞ。きっと」

「ふーん。デートの相手って男と女で変わるものなの?」


 ん? 男と女で変わるか? それは考えたこともなかった。デートって何するんだ?

 映画を見に行ったり、遊園地に行ったり。ドライブもあるかも。スポーツを見に行ったり、見に行くだけじゃなくて二人で一緒にする事だってある。ご飯だって一緒に食べるだろうしカフェでお茶だってするだろう。

 でも、相手が女だろうと男だろうとやる事に違いはない気がする。ここに至り、そもそも男女を問わず俺はデートなるものをしたことがない、と言うことに気付いた。もっと早く気付けよ、俺。


「変わらない、かな」

「でしょう。だったらそう答えたらいいじゃない」

 確かに関山の言うとおりだ。

「そうだな。彼女役を見つける事が出来たらそう答えることにするよ」

「見つかりそうなの?」

「ほぼ無理だろうな」

「私じゃダメかな?」

 何だって!

「私じゃ瀬能くんの彼女役になれないかな?」

 関山が俺の彼女役に? 考えたことも無かった。って言うか中学からの知り合いとは言え、これが初めての会話なんだから彼女役にしようだなんて考えられる訳がない。

「なんで僕の彼女役になろうとしてるんだ?」

「もちろん私にも考えがあるからよ。ボランティアでもなければ可哀想だからという無意味な慈悲でもない。交換条件があるのよ。それを受け入れてくれたら彼女役になってあげる」

 関山は最初から交換条件があると言い出した。変な腹の探り合いをしないで済むのは精神的にありがたい。

「先ずはその条件とやらを聞こうか」

 関山からその交換条件の話を聞き始めたのだが、関山が出してきた条件は俺の想像を遥かに超える突拍子もない条件だった。

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