第6話 彼女役の交換条件

 関山がミスミスター彩美音で俺の彼女役をやると言ってきた。どうやら関山には交換条件があるらしい。

「先ずはその条件とやらを聞こうか」

「モデルになって欲しいの」

「モデル? 何の?」

「絵のモデル」

「僕が?」

「そう。瀬能くんに私が描く絵のモデルになって欲しいの。彩美音祭に出す絵がまだ描けてないのよ。その絵のモデルになってくれる事があなたの彼女役をする条件」

 この状況下で絵のモデルをするだけで一緒にステージの上で晒し者になるかもしれない彼女役をしてくれるとは到底思えない。

「唯のモデルじゃなさそうだな」

「察しがいいわね。もちろん唯のモデルじゃないわ。ヌードモデルよ」

 何だって!

「ヌードモデル? 僕が?」

「なかなかいないのよ。男性のヌードモデルって。ダビデ像って知ってる? 美術や世界史の教科書に写真が載っているんだけど。ああいう全裸モデル」

 ダビデ像はもちろん知っている。ルネサンス期に活躍したミケランジェロの代表作だ。でも、俺の知っているダビデ像はあそこもハッキリと出ていたぞ。

「全部脱ぐのか?」

「もちろん全部脱いで。私、男性の性器を正確に描きたいの」

「随分とハッキリと言うな」

「そう? 彼氏でもいたら頼むところなんだけど、瀬能くんがよく知っているように私、男の子には縁遠いもんで」

 お前、男だけじゃなくて人に対して縁遠いだろうが。知り合って六年経つけど、お前の友達って知らねえぞ。


「もちろんヌードになってもらう時には私以外は誰もいない部屋で描かせてもらうから」

「何で俺に声を掛けたんだ?」

「同性愛者だからよ。同性愛者なら女の身体になんか興味ないでしょ? 密室で男女が二人きりになるんだから一歩間違えば事故が起きるわ。個人的に女性が描く男性ヌードって実は危険と隣り合わせなのよ」

 なるほど。男性同性愛者ならその事故の心配はないって訳か。

「どう? 私とだったらミスミスコンを何事も無かったかのようにやり過ごせるわよ。私とだったら変な詮索もされないし」

 関山の言うとおりだ。友達のいない彼女だったら詮索されるどころかちょっかいすら出される心配もない。

 でも、ヌードモデルか。俺は関山裕香こいつの前で裸になって全てを見せるのか。恥ずかしいことに変わりはないなぁ。でも、ミスミスコンの方は確かに上手くやり過ごせそうではある。


 返すこたえに悩んでいたら関山から魅力的な提案が出てきた。

「カイリアのギフトカード五千円分を付ける」

「やる」

 あっ、言っちゃった。五千円の食事券に釣られてしまった。

「じゃぁ、取引成立ってことで。瀬能くんをモデルにした作品は彩美音祭に出品したいからそれに間に合う日程で予定を組ませてもらうわね」

「あと二週間しかないぞ」

「モデルさえいれば描くのに時間は掛からないわ」

 そう言うもんなんだ。俺なんか高校の美術の課題だって大変だったぞ。


 でも、モデルをするって……。

「なあ、モデルするのって事前に手入れとかしといた方がいいのか?」

「て、手入れって?」

「ほら、スッポンポンになるわけだろ。そしたら下の毛とか」

 『あぁ』と関山も分かってくれた様子。

「必要ない。写真集だったりファッション雑誌のモデルだったら綺麗に見せることが目的だからお手入れも、それこそヘアの形を整えたり顔にお化粧だってするかも知れないけれど私が描くのは美術だから。ありのままでいいよ。むしろ何もしない状態の方が嬉しいかな」

 そ、そうなのか。何もしない状態っていうのもそれはそれで困ったものではあるが。

「じゃぁ、普段のままで行くぞ」

「うん。それでお願い」

 俺はヌードモデルをすることになった。いや、なってしまった。


「日程は三日間程度は必要なの」

 それは『そんなに』なのか『それしか』なのか俺にはサッパリ見当がつかない。三日と言われたら三日間は全裸になってヌードモデルをする。

「最初は下絵を一気に描きたいんで急で悪いんだけど明後日の日曜日とか都合つくかな? 朝から晩までなんだけど」

 日曜日か。とくに用事はないし今ならお誘いも全く来ることがない。

「いいぞ。日曜日に朝から晩まで」

 そう応えると『よし』と関山は小さなガッツポーズをした。

「じゃぁ、時間と場所は後で連絡するよ。場所は駒込。駅から徒歩何十秒の場所。具体的な場所は後の連絡で」

「分かった」

 分かったはいいけど俺、関山の連絡先を知らない。関山は俺の連絡先を知っているのか?

「なぁ、連絡先って?」

 お前は知ってるのか? という疑問の表情で尋ねた。

 

「そうだったね。ごめん、ごめん。まだお互いに連絡先を知らなかったね。瀬能くんのメアドを教えてもらえるかな? そこに私からメールを送るから」

 俺が自分のメアドを関山に教えると直ぐにメールがやってきた。

 ——関山裕香です。よろしくね

 俺は直ぐに電話帳に関山のメアドを登録した。それは俺の電話帳に登録された初めての同年代の女子のメアドとなった。

「電話帳に登録できた」

「私も登録できた」


 後で関山から聞いた話ではこの時に登録した俺のメアドは関山の電話帳に登録された初めての同年代の男子のメアドどころか『友達フォルダ』に登録した初めてのメアドだったそうだ。

 そしてこの俺のメアドは半年後には関山の『友達フォルダ』から外れ、関山の『友達フォルダ』は再び登録者が誰もいない空の状態になる。

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