第4話 カミングアウト
夏休みが終わった。最高気温が三十度を下回る日が多くなり秋を感じるようになった。良い季節だ。と、思っていたら嫌な奴が現れた。北川あすみだ。
「瀬能くん、ミスミスコンの彼女役を誰にするか決めた?」
俺を陥れてミスミスコンへの参加を決めさせた張本人の北川から訳が分からないことを言われた。ミスミスコンの彼女役? 何だそれは?
俺が無反応でいると北川は俺が分かっていないと理解したようで説明を始めた。
「ミスミスコンの審査項目の一つよ。参加者はパートナーを一人選んでそのパートナーとの理想のデートを考えてステージ上で披露するのよ。表現方法は各自自由よ」
そんな話は聞いていない。
「初めて聞いたぞ?」
「準備しておいてって申込書を書いてもらった時に言っておいたでしょ」
あぁ、スピーチか何かだと思った奴だ。準備万端ってパートナーとのデートを披露する事だったのか。
「まぁ、何か考えておくよ」
適当にやっておけばいい。その時には安易にそう考えていたらその後が大変だった。
「瀬能くん、ミスミスコンの彼女役を募集してるんだって?」
どこから嗅ぎつけてきたのかもはや何回目か分からない問いかけをされ続けている。マジでFAQが欲しい。
「ちょ、ちょっと勘弁してくれ。別に募集をしている訳じゃないんだ!」
そう言っても聞く耳を持たない奴のなんと多い事か。
大学の学食はキャンパスのハブ的存在であり、ここにキャンパス中の人や情報が集まっては拡散していく。そして厄介なことにミスミスコンの彼女役に名乗りを上げる女子たちもまたここに集まってくる、と言うか待ち伏せされた。
「誰か選んで下さい」
「私が彼女役になります!」
「私も!」
もう断るのだけで大変。
「僕は……誰も選べないよ」
改めて目の前に群がっている女子たちを見ても俺の心がときめく気配すらない。
あっ、あの娘のスカートの色、カワイイかも。
「選べないって、どうしてですか?」
そんな事、面と向かって言えないよ。誰にもドキドキしないだなんて。
俺が発する言葉に詰まっている時だった。
「お前さぁ、実は同性愛者なんじゃねえの? 女じゃなくて男が好きだから選べないとか?」
一人の男子学生が何気にそう言ってきた。多分、そいつは受けを狙って冗談っぽく言ったんだと思う。でも、俺は心の奥底に隠しておいた気持ちをギュッと掴んで表に引きずり出された気分になった。
「あぁ、そうだよ。その通りだ。僕は同性愛者だ。それがどうした? 何か悪いか?」
カチンときた。何でそう思ったのかは分からないけど『だったら何だ!』とその時には思ってしまった。
「えっ、マジで?」
「あぁ、本当さ。僕は同性愛者だ。だからどうした?」
女子に興味を持ったことはない。スカートの色や柄に興味を持ったとしても、それを穿いている人間には興味が湧かない。
——瀬能くんって男が好きだったんだ……
——男なんだってよ。あんた立候補してみたら?
——じょ、冗談じゃねえよ。俺は男は嫌だよ
俺を取り囲んでいた学生は一歩、二歩と俺から離れていく。
さっきまで俺に詰め寄っていた女子の一人がクルッと俺に背を向けて立ち去って行った。それを皮切りに次から次へと俺の周りに群がっていた女子たちが離れて行った。
「お、俺も行くわ」
男友達たちもいなくなっていった。残されたのは俺ひとり。
そんな誰もいなくなった俺の目に留まったのは三つ先のテーブルで相変わらず食い終わった後の空の皿をデッサンしている関山裕香の姿だった。蓋の開いた空のサバの味噌煮缶詰も相変わらずトレイの上に載っていた。
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