第2話 興味をもったきっかけ

 大学の夏期休暇前の最後の日の授業は午前中で終わった。ようやく昼飯だと学食に急いだが学食に入った途端に女の子から『好きです』と言われた。でも、その女の子は俺、瀬能伯美せの はくびが知らない子。

「ゴメン。知らない人から好きって言われても、ちょっと困るんだ」

「だったら今から知って下さい」

「ともかく僕は君と付き合うつもりは全くないから」

 こうやって知らない女子から声を掛けられる事は日常茶飯事で告白される事にはもう慣れた。服装や髪型などの自分自身の格好には普段から気を付けている。俺は世間でいうところのヴィジュアル系に分類されている、らしい。


 そしてここが重要なところなのだが俺は同性愛者だ、多分。

 中学校に入ってすぐに授業で多様な性や愛について学んだ。その時には『ふーん』と思っていただけだったけど、お洒落で格好良い男の先輩に胸がときめいた時に『あれ?』っと感じた。そういう気持ちになったのはその時が初めてだったから。

 中三になった時に新入生の男の子が特に気になって、その『あれ?』が『そうか』に変わった。俺が自分の性的指向を初めて認識したのはこの時だった、と思っている。その新入生の男の子は俺と同じくヴィジュアル系の格好をしていた。


 この頃には他校の女子生徒が校門の前で俺を待っているのは何時ものことで、アタックしてくる女子からの告白を断ることもまた何時ものこととなっていた。

 周囲からみたら告る女子と断るヴィジュアル系男子に見えていただろう。女に困らない男と見られていただろうし、俺が女子からの告白を断っているのは遊ぶ女に不自由していないからだと思われていたみたいだ。事実、面と向かってそう言われた事もあった。

 結局、俺は誰とも(男女ともに)付き合うことなく中学、高校の六年間を過ごして附属高校から大学に内部進学した。


 高校時代は退屈で平凡だったが一度だけ衝撃を受けたことがあった。それは確か高校一年生の文化祭の時だったと思う。展示されていたある美術作品を見て衝撃を受けた。

 それを見たのは美術室で、そこには美術部員の作品が展示してあった。作品の多くは気合いの入った大きなキャンバスに素人には分かり難い、いや俺には全く理解不能な画が描かれていた。

 その展示作品の中に大きなキャンバスとは真逆のA3サイズのスケッチブックに描いたと思われる八枚のに俺はクギ付けになった。


 八枚の画のそれぞれには鉛筆、ノート、消しゴムといった文房具やハンカチ、グラス、お皿などの生活用品が描かれていた。何でその画にクギ付けになったのかは分からない。ただただ、その画が『カワイイ』と思えてしまったのだ。

 その画には作者として関山裕香せきやま ゆうかの名が書かれていた。関山って俺と同じクラスの関山だよな。中学から二度ほど同じクラスになった事はあるけれど話をした事はこの時まで一度もなかった。

 そう言えば関山が誰かと話をしているところも見たことがない。友達がいないと言うよりも自分の周囲にバリアを張って友達を作りたくないオーラを出してる感じだった。

 いつも机に向かって黙って一人で絵を描いてるイメージしかない。あいつ、こんな絵を描くんだ。それが関山裕香に興味を持った最初のきっかけだった。



「相変わらず瀬能くんはモテるわね」

 学食で知らない女子からの告白を断った直後にまた声を掛けられた。俺、腹減ってるんだけど。

 ただ、この声の主は俺の知り合いで北川あすみという。附属高校から一緒に同じ学科に進学して、入学早々に志願して彩美音祭さみおんさい実行委員をやっている。ご苦労さまなことだ。

「興味ないと迷惑でしかないけどな」

「そのモテモテの瀬能くんに彩美音祭実行委員会からミスミスター彩美音への出場依頼よ。例の投票で圧倒的多数で瀬能くんが選ばれたのよ」

 面倒くさい。

「見てよ、この結果」

 北川はA4の紙を俺に見せてきた。そこにはキャンパス中の学生から採ったというアンケート結果が印刷されていて俺の名前が書かれたところだけ四桁の数字が書かれていた。他の人のところは二桁しかなかった。


 陽女宮ひめみや大学の彩美音キャンパスは毎年秋に『彩美音祭』という名の学園祭を開催している。その彩美音祭の目玉企画が『ミスミスター彩美音』で実行委員会が毎年主催している。

 ミスコンを開催している大学は多いけど男女混合の人気コンテストを開催している大学は他に聞いたことがない。男女混合であるから優勝者はある年は男子、別の年は女子とバラバラ。出場者の男女比もバラバラ。ある時期に、水着審査を導入したこともあったらしいが『意味なし』と二十世紀のうちに廃止されたらしい。

 出場者は自薦他薦での書類選考で出場資格を得る他にキャンパス中の学生の投票によって上位となった者が出場資格を得ることになっている。どうやら俺はその学生の投票で上位になったというのが北川の説明だった。


出場る気は全くないね」

 俺は北川にそう言い捨てて席を立った。

「絶対に出てもらうわよ!」

 北川の言葉を無視して俺は無言で学食から出て行った。

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