第121話 コルク銃にドーピング
夏祭りの会場に近づくと、だんだんと人々の喧騒や太鼓の音などで騒がしくなってきた。
これが俺の人生初の夏祭りだ。こういう音にも慣れないとな。
俺たちは、現在、玲羅と俺の二人きりで、お互いの手を握りながら歩いている。
彼女から伝わってくる体温も少しずつ興奮で温かくなってきている。
そんな感じで、俺たちは夏祭りへと突撃していったのだが、入ってすぐに俺に目にあるものが飛び込んできた。
―――りんご飴だ。
俺の視線の先には、りんご飴を扱う屋台が出ていたのだ。
それを見た玲羅は、すぐさまその屋台に向かってくれた。
「おじさん、りんご飴2つ」
「あいよ、嬢ちゃんたちはデートかい?」
「まあ、そんなところです。あ、ありがとうございます」
「2つで600円だ」
「翔一、ちょっと持っててくれ」
そう言うと、玲羅は俺に2つのりんご飴を持たせてきた。
両手が開いた彼女は、俺がなにかをする前に財布を取り出して金を払ってしまった。
俺が払ったのに……
その後、屋台から離れて、人ごみの邪魔にならないところに移動した。
だが、俺は手に持った飴を食べるよりも先に、玲羅に聞いた。
「金くらい自分で払うよ?ていうか、玲羅にエスコートしてもらってるから、ここの金は俺が持つよ?」
「いいんだ。私のためになにかをすぐにおごれる翔一ってすごいと思う。でもな、私は割り勘でもいいから、翔一にあんまり金銭面で負担をかけたくない。それに、普段は翔一がごはんを作ってくれているんだ。安いかもしれないが、感謝として受け取ってくれ」
「……それなら、いいのか?」
玲羅の言葉に、納得した。というわけではないが、俺がどう言っても、金を受け取ってもらえなさそうなので、彼女から受け取ったりんご飴を食べた。
「ん、ちょっと酸っぱい……」
「りんご飴も初めてなのか?」
「そうだな。漫画とかで存在は知ってたんだけど、なかなかタイミングがなくてね。自分で作ることもできたんだけど、あんまり作る気にもなれなくてな」
「そうか……なら、翔一の食べたことのないものをいっぱい食べよう」
「そんなにじゃないよ。さすがに俺もたこ焼きとかは食べたことあるし、そこまで食べたことないものないよ」
「チョコバナナは?」
「……ないです」
そう言うと、玲羅は嬉しそうな顔をしながら俺の手を引っ張っていった。
本当にうれしそうだ。そんなにか?
にしても、夏祭りには焼きそばもあったんだな。
「だとしたら申し訳ないことをしたな」
「どうした?」
「焼きそばも食べるつもり?」
「そうだな。二人でひとつの焼きそばを食べるんだ」
「昼、そうめんだったからな。麺類続きで悪いな」
「え?そんなことか?―――私は翔一の作ってくれたごはんにケチなんてつけないし、むしろありがたいし、食べられるなんて幸せなことだと思ってる。むしろ考えたことなかったな。麺類が続くのが嫌なんて」
俺の言葉に玲羅はたいそう不思議そうな表情を作った。
そんなに気にしないのか?
俺に料理を教えてくれた人は、相手を飽きさせないために、できるだけ似た料理は連続しないように言われてたのに。
でもまあ、これからも連続は避けよう。いくら玲羅とはいえ、三食連続カレーとかされたら、さすがに嫌な顔の一つもするだろ。
そんな感じで、俺と玲羅は夏祭りを満喫していた。
―――しかし、二人で出店を見て回っていると、彼女の視線が一瞬だけ一点に集中した。
視線の先を見ると射的の屋台があり、その中に大きなパンダのぬいぐるみがあった。
―――あれが欲しいのか?
そう思うと、俺を引っ張っていた玲羅に逆らうように歩き始めた。
「翔一?」
「おっさん、これ一人分で」
「あいよ、六発で250円だ」
値段を言われた俺は、すぐに金を出して、コルク銃とコルク弾を受け取った。
だが、それを受け取ってからぬいぐるみの異常さに気付いた。
「おっさん、これじゃあのでかいぬいぐるみは無理だろ」
「まあ、これも夏祭りの醍醐味ってやつだ」
「そうなの?」
屋台のおっさんの言葉を聞いた俺は、すぐさま玲羅に聞いた。
話を振られた玲羅は申し訳なさそうに俺を見ていた。
「そう、だな。私もすぐに無理だと思ったからスルーしたのだが……」
「そうなのか。まあ、とってくるわ」
「い、いや、さすがに無理だろ」
玲羅が後ろで無理だと言ってはいるが、彼女の眼は少しだけ期待しているように見えた。
ここは取らなきゃ男が廃るってもんだろ。
―――と、意気込んだのはいいものの。
もう五発も撃ってるが、ぬいぐるみがピクリともしない。
やはり、明らかに火力不足だ。
「兄ちゃん、ほかの狙ったほうがいいんじゃねえか?コントロールはいいみたいだから、他のなら簡単に取れるんじゃねえか?」
「じゃかしいわ。見とけよ」
こうなったら本気出してやる。
この店の未来と玲羅の笑顔。天秤にかけるまでもない。
俺の法力を流す技は、体だけじゃなく、自分に接している物質にも微弱ながら流せる。
まあ、微弱といっても、コルク銃にドーピングするには十分すぎるとは思うけどな。
俺の法力を込めたコルク銃は、先ほどまでとは比にならないほどの勢いでコルク弾をはじき出した。
その勢いのままぬいぐるみに着弾したとき、今まで動くことのなかったぬいぐるみが後方に動き、台から落ちた。
「な!?」
「よっしゃああ!」
なにを言おうが、なんだろうが、俺が落としたことに変わりはないので、俺はぬいぐるみを受け取った。最初は不正を疑われたが、俺はコルク銃になにも細工なんてしてないで切り抜けた。
細工はしてない。
―――てか、動いたら不正を疑うものを置くなよ。
受け取ったぬいぐるみをもって、玲羅の元に戻った。
すると、彼女は我慢できないとばかりに笑い始めた。
「あははは!な、なんだあれ!ほかの景品が吹き飛んでたぞ。あはは!笑いが止まらない」
「まあ、風圧で全部飛んでたね」
「ふ、風圧!あははは!」
彼女の言う通り、最後の一発の影響で、軌道上に近い位置にあった景品は、その風圧だけであらぬ方向に飛んで行った。よく考えたら、ぬいぐるみ云々の前に、こっちのせいで不正を疑われたのかもな。
「あはは……はあ。すごい絵面だった」
「そんなに?でも、楽しんでくれたならよかったよ―――はい、これ」
「いいのか?」
「もともと玲羅のために取ったんだよ」
「あ、ありがとう。大事にする……」
玲羅は俺からぬいぐるみを受け取り、それを抱きしめるように抱えた。
ぬいぐるみ、そこ代われ!
「でも、これから回るのには、少し……」
「邪魔か?」
「そうだな。少し、大きすぎる」
「じゃあ、ここで少し待ってて。ここなら境内の裏手の近くだし、後からでも見つけやすいでしょ」
「どうするんだ?」
「いったん家に帰るから。まあ、数秒で戻ってくるよ」
そう言って俺は、玲羅からぬいぐるみを受け取って、自宅に戻っていった。
だが、もしかしたら、この場で玲羅に一人にするべきではなかったのかもしれない。
後から考えれば、彼女に余計な不安を植え付けてしまうことになったから。
これがなければ、彼女が涙を流す必要なんてなかったんだ。
あとがき
次回、この作品で唯一の読み飛ばし非推奨の超重要回です
多少シリアスですが、見てくれるとありがたいです
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