第120話 グッドアシスト美織

 「んー……」

 「どうした、結乃」

 「あ、お兄ちゃん、帰ってきてたんだ」

 「まあそうだけど、なにしてんだ?」

 「義姉さんのために浴衣を出してるんだけど、お兄ちゃんは何色が似合うと思う?」


 買い物から帰ってきた俺に結乃はそう聞いてきた。

 どうやら、今日の夕方の夏祭りのための浴衣を出してくれているようだった。


 押入れのところで俺たちがわちゃわちゃやっていると、それに気づいた玲羅が和室にやってきた。


 「二人とも、なにしてるんだ?」

 「今日用の浴衣を出してるんだけど、玲羅は何色がいい?」

 「浴衣か……そういえば着たことなかったな―――着るとしたら、あまり派手じゃないほうがいいかな」

 「だって結乃」

 「派手じゃないの……よくわかんないや。お兄ちゃんは義姉さんに何色が似合うと思う?」

 「俺は黒だな。玲羅のクールっぽい印象ともかみ合うでしょ」

 「いいね!」


 そう言って結乃はガサガサと中をあさり、一つの箱を取り出した。

 その箱は平べったくて、まるで着物を入れるかのような庶民からしたら高そうという印象を受けるものだった。


 それの蓋を開けて玲羅に見せた結乃は質問した。


 「義姉さんはこれでいい?お兄ちゃんの意見だからって鵜呑みにする必要はないよ?」

 「いや、黒にしよう。翔一は、黒が私に一番似合うと思ってくれているのだろう?なら、私の選択肢は一択だ」


 そう言って玲羅は浴衣を手に取って着替えようとし始めたが、それを結乃が止めた。


 「ちょっと待って、出かけるまで結構あるし、一人じゃ着付けもできないでしょ?だから着るのはちょっと待って」

 「そ、そうだな……すまない。翔一に浴衣姿を見せたいばかりに早とちってしまった」

 「え、なにそれかわいい」

 「お兄ちゃんは黙ってて!」


 結乃はそう言うと俺を和室から追い出した。

 俺が外に出た瞬間に、結乃は扉をピシャっと閉めてしまった。これでは中に入れない。


 だがまあ、二人だけで何かを話そうとしているのだろう。


 俺は聞き耳を立てることもせずに、昼飯を作るために台所へと向かっていった。


 ―――それから数十分後


 昼飯を作り終えた俺は、ふと思った。


 最近、俺ばっか料理当番してね?


 「ま、いっか。玲羅の笑顔が見れるのなら差し引きプラスだ」

 「お兄ちゃん、一人で何言ってるの?気でも狂った?」

 「うーん、玲羅のおかげで愛に狂ったかな?」

 「ないわー、その返しはないわー」

 「わ、私は嬉しいぞ……」


 そう言いながら玲羅と結乃が和室から出てきた。

 どうやら俺の独り言が聞かれていたらしく、キモイやつ認定されそうだ。


 「ああ!?なんかわりいかよ!」

 「え?逆ギレされたんだけど……」

 「なんてな。てか、自分が料理当番やってないのをごまかすなよ」

 「う……義姉さん!」

 「わ、私に振るのか!?―――その、翔一のごはん……毎日食べたいなあ。なんて……」

 「作りましょう!」

 「ねえ、この扱いの差は何?一応、お兄ちゃんの家族なんだよ?」

 「さ、今日の昼はそうめんだ。伸びるから早く席につけ」


 結乃が俺の言動に猛抗議してくるが、キリがないので三人で昼飯を食べ始めた。

 今日は夏らしく、そうめんにしてみた。


 だしもかつおだしを自分で作って、醤油やみりんで仕上げたものだ。

 市販のめんつゆは一切使っていない。


 ズルズルと全員の麺をすする音が室内に響き続け、しばらくすると大皿に乗っていたはずの10人前近くあったそうめんがなくなっていた。

 もういつもの光景なので見慣れた。


 だから、この空間で唐揚げを作るのが怖い。

 あればあるだけ食いそうだから、㎏単位で肉を揚げなきゃいけなくなる。恐ろしい……


 作ってあげたいんだけどなあ……


 そんなこんなで昼飯を食べてゆっくりしていた俺たちは、気づいたら夏祭りに出かける時間になっていた。


 「二人とも、そろそろ夏祭りに行かないか?そ、その……私が案内するから」

 「そうだな。そろそろ準備していくか」

 「じゃあ、義姉さんは和室にきて。お兄ちゃんは自分の部屋で着替えて」

 「わかった」


 そうして和室に消えていく二人。

 俺も自室に行き、部屋のタンスの奥から浴衣を取り出した。


 いつも戦いに行くときの袴じゃない。さすがにそんな物騒な格好で祭りごとにはいかん

 出向きとか、あんまり動きやすさを重視していないデザインよりのものだ。ちなみにこれを用意したのは、うちの家のメイドみたいなやつだ。

 和装の家なのに、なぜか使用人は全員メイド服だ。ジジイのセンスを疑うぜ。


 そのうちの一人が、俺と結乃のを見繕ってくれたのだが、あいつは元気にしてるだろうか?


 まあ、あの家にいる限りは死ぬような出来事はないだろう。


 浴衣に着替えた俺がリビングに戻るが、二人はまだ着替えているようで、和室のほうが少し騒がしかった。


 『ゆ、結乃!なんで急に全裸になるんだ!』

 『え?これから浴衣を着るんだよ?』

 『だとしても急に服を脱ぐな!―――ていうか、下着とかはどうするんだ!』

 『浴衣とかの着物って下着着ないでしょ?邪魔じゃん』

 『い、今時、着物に下着を脱ぐというのを一緒にしてる人のほうが少ないだろ!』

 『―――でも、ブラ付けても苦しいだけだしなあ』

 『ゆ、揺らすな!それは結乃が合わないサイズをつけているからだろ!』

 『やっぱお兄ちゃんに下着を買わせるのはダメだったかなあ?』

 『お前……翔一になんてことを』


 「うるっせ」


 和室から声が駄々洩れなんだよ。

 もう少し声量を落とせないのか?じゃないと、恥ずかしい思いをするのは―――玲羅だけか。


 しばらくして騒がしいまま和室から出てきた玲羅は、案の定俺の顔を見た瞬間に顔を真っ赤にさせた。


 「そ、その……浴衣、似合ってるぞ……」

 「女の子が全裸とか言っちゃだめだぞ」

 「うぅ……聞かれてた……」

 「それはそうと、玲羅の浴衣も似合ってるよ」

 「……っ、あ、ありがとう」

 「お兄ちゃん、私は?」

 「はいはい、似合ってる似合ってる」

 「むー、ちゃんとほめてよー」


 ぷりぷりと怒るようなしぐさを作る結乃だが、まったく俺には響かない。

 なぜなら俺は、彼女のうちに秘められた下ネタを知っているから。美織に汚染された彼女は、もう救いようがないのだ。


 「なんか失礼な考えをされてるわね」

 「み、美織、どうやって!?」

 「結乃に合鍵くらいもらってるわ」

 「美織、お前、俺の部屋に入ってねえだろうな?」

 「当り前よ。もちろんいくつかパンツを拝借―――」

 「キモ過ぎるだろ!」

 「冗談よ。冗談。それよりも、結乃。私たち二人で夏祭りを回らない?」

 「いいですね。二人で回りましょう。お兄ちゃんたちの邪魔をするのも悪いし」

 「ゆ、結乃、そんな気を使わなくても……」

 「いいの!ていうか、義姉さんとお兄ちゃんの二人だけの空気の中にいると、私がいたたまれないの!」

 「えぇ……」


 というわけで、俺は玲羅と二人きりで夏祭りを回ることになった。

 美織、ナイス!

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