第119話 ため息

 蔵敷と奏の馴れ初めを見せられてから、1週間ほどたった。


 そろそろ7月も終わりに近づき、約束の夏祭りの日も近づいてきた。


 ピコン


 「あ、蔵敷からだ―――クソが」

 「どうしたんだ?」

 「久しぶりに連絡くれたかと思ったら、惚気だった」

 「どれどれ?―――2人とも遊園地に行ったのか……」


 メールが来たのは俺が昼飯を作っている途中だった。

 イライラさせてくれやがる。


 内容を見てみると、2人が観覧車の中で抱き合っている写真と「楽しかった」というテキストが送られてきていた。


 「付き合わないならムカつく態度だったけど、付き合ったら付き合ったでムカつくな」

 「まあまあ―――なら、翔一も私と一緒に出掛けて、写真を送り付けてやればいいじゃないか」

 「それもそうだけどさ。最近、玲羅と一緒に外出れてないな」

 「そう、かもしれないが、私は今も十分楽しいぞ?恋人と一つ屋根の下で過ごす。しかも、彼氏の面白い妹もいる。人生を何回繰り返しても巡り合えないようなことを体験しているんだぞ?」


 そうは言うが、正直なところ、俺は玲羅が最近楽しくないのではないかと思う。

 ため息も増えたし、上の空になっていることもしばしばだ。


 もしかしたら、他にしたいことがあるのかもしれない。


 と、悩んでいてもなにも問題は解決しないので、俺は玲羅に直接聞くことにした。


 「玲羅はさ、なんかしたいことあるの?」

 「ど、どうしてそんなことを?」

 「いや、最近、ため息が多いなー、って思ったから」

 「そ、それは……」


 俺の質問に玲羅は答えてくれた。

 まあ、可愛いものだった。


 「夏祭り、どこをどうやって回ろうかな、と。最近はずっとそれを考えているんだ」

 「―――なんだ、杞憂か。でも、そんなに気負わなくていいよ。初めてとは言ったけど、玲羅が隣にいて一緒に出店回れたらそれで満足だよ」

 「でも……」

 「でも、玲羅のエスコートも見たいからちょっとは考えてね。期待してるよ」

 「ハードルが上がった……」


 そう言うと、玲羅はぶつぶつとつぶやき始めた。

 さすがに声が小さすぎて、俺の耳でも拾いきれない。―――聞く必要はないんだろうけど。


 それから料理を作り終えた俺は、リビングのソファ―――つまり玲羅の隣に座った。

 そのまま玲羅を抱きしめながら横に倒れ込んだ。


 「し、翔一?」

 「疲れたから、玲羅成分を補給……」

 「な、なにを言ってるんだ!?」

 「こうやって抱きしめながら玲羅を感じる。そうするとね、自然と力が湧いてくるんだよ」

 「そ、そうか……なら―――ぎゅー」

 「……可愛すぎかよ」

 「なっ!?」


 俺の言葉に玲羅は思わず手を放したが、俺ががっちりとホールドしているので逃げることなど叶わない。

 それを理解しているのか、玲羅は再度俺の背中に腕を回した。


 誰もいない空間。誰にも触れられるはずのない家の中で、俺たちはお互いをごくわずかな空間に収めていた。

 2人で抱き合って丸くなっていると、高身長であるはずの俺たちもソファに収まってしまうくらい力強く抱きしめ合ってる。


 そういうことしていると、段々と状況に慣れてきた玲羅が色々と仕掛けてくる。


 例えば―――


 耳元で


 「愛してる……私を幸せにしてくれ……」


 と、囁いてきたりする。

 なので、俺も負けじと玲羅に攻撃をする。


 俺は玲羅の背中に回していた腕をほどき、自身の手をどちらも玲羅の顔の近くに持ってきた。


 それと同時に、俺が体を持ち上げて、玲羅の上に位置するようにした。


 「翔一?」


 そうして俺の右手を彼女の耳を撫でるように添えて、左手を頬に添えた。

 そのまま俺は唇を玲羅のぷるっぷるの唇に落とした。その上に、舌も玲羅の口腔内に侵入させた。


 「んぅ!?」


 しっかりと玲羅が頬を紅潮させるのを待ってから、唇を放して言った。


 「玲羅、幸せにするから嫁に来てくれ」

 「ま、前置きが長すぎるだろっ!」

 「でも、前戯の長さは愛の大きさって言うし……」

 「聞いたことない!―――え?そうなの?」

 「いや、愛がないとそれすらしないらしいよ」

 「そうなのか……って、今はそういうことをするわけじゃないだろ!」


 頬どころか顔も真っ赤になっている玲羅を見て、俺は満足した。

 今日もいつも通りだけど、ここ最近は毎日が楽しいな。


 ピコン


 「む……翔一の方か?」

 「そうだな、メールが来てる―――どうでもいいやつだったわ」

 「そ、そんなことあるのか?」

 「いいんだよ。どうせ、盆には帰ってこいみたいなことしか言われてないよ」

 「帰省、しないのか?」

 「しないよ。今のこの空間の方が大事だし、実家に帰ってもいいことないから」

 「そうか……なら、私の祖父母の家に来ないか?多分だけど、歓迎してくれるはずだ」

 「……それもいいかもな。でも、孫の大切な時間は大事にしてほしいよ」

 「そうか……」


 来ていたメールは本家の人間からだ。

 ジジイからの連絡ならいざ知らず、他の奴らのいうことならこちらが聞く必要はない。


 どうせ重苦しいだけのなんら面白みのない食事会を開かされるだけで、なにも面白いことなんてない。


 それにあそこに行くのならあいつもいるはずだ。どうせ、奴との縁談を持ちかけられるのもわかってるし、マジでだるい。

 連絡してくんなよ、キッショいな。


 俺はそう思うと、かなりイライラしてきたので、それを相殺するために玲羅を強く抱きしめた。


 「し、翔一?」

 「ちょっと我慢してくれ……」

 「い、いや、全然かまわないのだが……寂しいのか?それとも、辛いのか?なにかあるなら言ってくれよ。私だって、翔一の力になりたいんだ」


 そう言って玲羅は俺の力強い抱擁を受け入れてくれる。

 ―――そうだ。俺の居場所はここにしかない。だから、命を懸けてでもここを守り抜くんだ。


 今度こそ、あいつから守り抜くんだ。


 「翔一……?つ、強すぎる。さすがにこれは……」

 「あ、悪い。痛かった?」

 「はあはあ、びっくりしたぞ。急に腕に力が入ってくるもんだから」

 「ほんとにごめん……」

 「そう気負うな。別に悪い気はしなかったから」

 「じゃあ、もうちょっと」

 「ひゃあ!?」


 それからも俺たちはイチャイチャし続けて、昼飯を食べることすらも忘れていた。


 俺たちが現実に戻されたのは、玲羅の一言と腹の虫のおかげだった。


 ぐぅぅ……


 「し、翔一、お腹減った……」

 「はいはい、すぐに準備するから、ちょっと待っててね」

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