第115話 カチコミ

 「ここか……」


 俺は電話を受けたその後に、家を出た。

 玲羅には、ちゃんと説明をしてきている。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「どういうことだ……」


 電話を終えて、玲羅に知られる前に家を出ようと思っていたが、聞かれてしまっていた。


 「どういう、と言われても……」

 「さっきの女の人……」

 「ああ、あれは蔵敷の姉さんだよ。既婚者だから、心配することはないよ」

 「ちがうっ!―――蔵敷が帰ってないって……それに、拉致されたって」

 「聞こえてたのか」


 電話の音が漏れていたのか、玲羅には会話の内容が漏れていたようだった。


 「翔一……」

 「蔵敷が拉致された。そこまでは聞いてたな?」

 「ああ……翔一は……」

 「助けに行く」


 そう言うと、彼女はとても心配そうな顔をした。俺はそんな彼女を安心させるように頭を撫でた。

 だが、彼女的にはそれだけでは納得いかないらしい。まあ、俺だったら止めるわな。こんなわざわざ死にに行くような行為。俺だったら絶対に行かせない。拘束して、監禁してでも行かせない。


 だが、俺なら大丈夫だ。


 「玲羅、心配してくれるのはうれしい。でもな、男にはやらなきゃいけない時がある」

 「……私が止めても無駄なんだな」

 「そんなことない。玲羅が家で待ってくれている。それだけで、俄然帰る気が沸き立つさ」

 「絶対に元気で帰ってきてくれよ」

 「ああ、大丈夫だ」


 お互いが納得いく形で終わり、いってらっしゃいのちゅーを済ませると、俺はいつもの装備で家を出ようとした。

 そんな俺を、最後に一言と玲羅が止めた。


 「し、翔一……」

 「なんだ?」

 「これが終わったら、夏祭りに行こう。浴衣で……2人きりで!―――花火も……」

 「……ふふ」

 「な、なんで笑うんだ!」

 「いや、俺が誘おうと思ってたんだ。俺、この町の―――ていうか、夏祭り自体行くの初めてだからさ。エスコートしてくださいってね」

 「……っ!ああ!最高の夏祭りを体験させてやる。だから―――」


 玲羅は少し溜めて、近所に玄関に響くような声で言った。


 「だから、絶対に大けがするんじゃないぞ!」

 「ふっ、いってくる」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺はいつも通りの格好で某組合の事務所に来ていた。


 玄関口には見張りらしき人物が1人。壁によっかかるように立っている。


 「あそこか……」

 『そうね。蔵敷君はそこの2階にいるわ』

 「わかった。制圧の方がいいよな?」

 『そうね。殺しても構わないけど、明日か明後日のニュースになるわよ』

 「別にそれはいいんじゃね?」


 現在、俺は事務所建物のすぐ近くの民家の屋根にいる。

 ここなら、まずバレることはない。


 あとは、どうあの建物に入るかだ。


 「裏口とかるか?」

 『え?そこから正面に飛び込めばいいじゃない』

 「監視カメラとかどうすんの?」

 『は?そんなのもう無力化してるに決まってるじゃない』

 「どうやって?」

 『一生代わり映えのない画像を張り付けてるわ』

 「どっかで聞いたことある手口だなあ……」


 まあいい。それなら、正面突破でも問題ない。―――行くか。


 今回の相手は、前回と違って、言ってしまえば悪の道に染まった一般人だ。それを一般というのかは定かではないが、二家のように強力な力を持っているわけではない。


 だから、こちらからむやみに殺してはいけない。

 できるだけ、制圧してから蔵敷を返してもらう。


 俺は、民家の屋根から踏み込み、見張りに気付かれない速度で中に侵入した。


 思いのほか、中はすっからかんで、その後は簡単に進むことができた。



 ――――――――


 「おらあ!」

 「ぐふっ……」


 翔一が侵入した建物の中では、蔵敷が複数人―――というより、かなりの人数から暴行を受けていた。

 ただ、彼が組織の秘密を掴んだからというわけではない。


 「よくもやってくれたよなああ!」

 「おぇ……」


 そうやって、大人数の中で執拗に蔵敷に暴行を加える男がすべてを物語っているのだろう。

 その男の歯は、見た目だけではわからないが、すべてインプラントに変わっていた。


 そして、彼にはその男が見覚えがあった。


 「はは、俺じゃねえだろ。お前の歯をへし折ったの……」

 「うるせえ!てめえのせいで……おれはっ」

 「お前、翔一に喧嘩吹っ掛けないのは怖いからだろ?」

 「このクソガキ!」


 ブチギれて、蔵敷の腹に特大の蹴りをお見舞いしようとした瞬間、部屋の中に構成員の一人が吹き飛んできた。


 全員が飛んできた方向を見ると、ひとりの男が立っていた。


 「はい、そこまで」

 「なんだてめえ!」

 「それは、そこの男が一番知ってるはずだ」


 翔一はそう言って、蔵敷に執拗に絡んでいた男を指さす。

 だが、そのさされた本人はなにも言わない。


 だが、その返答を待ってばかりといられない男たちが、襲い掛かってきた。


 「対話の意思はなしか……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺は来る男たちを拳で吹き飛ばしていた。

 だが、そこまで威力をつけていないから、気絶もしてくれない。


 別に殺しに来たわけじゃないから―――って言っても無駄か。一般人に簡単に出を出すような輩が聡明とは思えないな。


 俺は拳で黙らせんとばかりにどんどんボコボコにしていく。

 そんなことをしていると、武器を取り出す輩も出てきた。


 「おい、動くな!」

 「はあ……」

 「なっ!?ぐあ!」


 銃持ったって変わんないんだからさ


 そう思いながら、俺は銃を構えた男の懐に移動し、鳩尾に掌底を叩き込んだ。

 殴られた男は倒れ込んで悶絶した。


 そうしてくる男たちを薙ぎ倒していくと、蔵敷のもとにたどり着いた。


 「大丈夫か?」

 「あ、ああ……でも」

 「どうした?」

 「奏が……」

 「奏がどうした?」


 そんなやり取りをしていると、側方から男が喋った。


 「そいつと一緒にいた女は、違うところに連れて行ったよ」

 「は?」

 「薬のまして、起きたら犯すって言ってたから、もうそろそろ頃合いかもなあ!」

 「てめえら……」


 俺がその事実を教えられて、怒りをあらわにすると仲間を呼んだのか、明らかに先ほどより多い人数が来ていた。


 「美織、聞いてたか?」

 『聞いてたわよ。あいつら、間抜けなのかしらね?なぜスマホの電源をオフにしないのかしら』

 「見つけたのか?」

 『ええ、この距離だとあなたなら2秒ね』

 「そうか。なら、時間をかける理由もない。美織が、蔵敷の迎えに来てくれ」

 『わかったわ』


 俺はそれだけの連絡を取ると、通信を切った。ここからはかなり集中する。急に耳の中で音が鳴ったらびっくりする。


 でも、奏もこういうことになっているのはなぜ想像できなかったと先刻の俺を怒ってやりたい。

 こうなったら、殺してでも―――いや


 「予定変更。お前ら、全員皆殺しだ」

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