第113話 海釣り

 「「「釣り?」」」


 朝食を食べ終わり、みながホテルを出るために荷物をまとめていると、美織が釣りに行くと言い始めたのだ。

 一同はその言葉に呆然としていたが、美織はお構いなしに続けた。


 「そうよ。この近くにつりができるところがあるのよ。運が良ければ、タイとか釣れるらしいわ」

 「え、でもそんなの釣っても俺たちじゃもてあますと思うんだけど……」

 「よく聞いたわね蔵敷!」

 「お、おう……」

 「料理はそこの男に任せていれば正解よ!どうせ、なんか作ってくれるでしょ?」

 「俺はお前の料理人か?いいけどさあ……じゃあ、今日の夜は釣りの結果で決まるってことか?」

 「そういうこと!さすが翔一ね、話が早いわ」


 と、いうわけで―――


 ザザ――――


 俺たちは今、ものすごく高い堤防の上に立たされている。

 若干高所恐怖症の気がある蔵敷が足をがくがくとさせていた。


 「蔵敷君、大丈夫?」

 「だ、大丈夫だ……」

 「顔、真っ青だよ?」


 まあ、色々大変そうなことはあるが、こちらはこちらでテンションが高いので困っている。


 「玲羅さん、私たちの晩御飯をかけて頑張るぞ!おー!」

 「お、おー……」

 「玲羅、翔一が作るんだからじゃんじゃか取りなさい!足りなかったら、ケチつけてやるからね!」

 「や、やめてくれよ!」


 結乃と美織の凄まじい勢いに玲羅がのまれているが、今の俺では止められない。

 ていうか、お前たちは種の存続に影響を与えそうなほど食うんだから、絶対に取りすぎるなよ?俺はSNSとかで迷惑客としてしょっ引かれるのは嫌だからな。


 「し、翔一も頑張ろうな」

 「まあ、あんまり釣れなくても、魚が肉に変わるだけだから気負わずにな」

 「そう……だな。だが、私は翔一の魚料理を食べたいんだ。今日は頑張るぞ!」

 「やっぱ、そういうところが可愛くて愛らしいな」

 「きゅ、急になんだ!?」


 玲羅は本気で頑張ろうとする時、それからさらに限定された時だけに見せる彼女の可愛い行動。それが、「頑張る」とか気合を入れながらガッツポーズを作るのだ。その動きがなんと愛らしいことか。


 俺も、彼女に負けないように頑張るか。


 それから俺たちの釣りが始まった。一番最初に引きを引いたのは、蔵敷と奏のペアだった。

 ―――動けなくなった蔵敷と一緒に奏がやっているのだ。彼女にとっては、ラッキーイベントだろう。


 「つ、釣れた!」

 「やったね蔵敷君」

 「ああ……翔一!みろよ!」


 そう言って、蔵敷が見せてきたのはアカイカだった。

 ちょっと待って、イカって釣れるの夜じゃなかった?日中でも釣れるの?


 そんな疑問を抱えていると、間髪入れずに美織にヒットした。


 「きたきたきた!」

 「今度はなにが来るんだ?」

 「よい―――しょっ!……これは、なに?」

 「明らかにどう見ても貝だろ。なんで釣りで貝が引っかかるんだよ!」

 「知らないわよ!釣れたんだから!―――待って?なんか、1個だと思ったら4個ついてるわ」

 「どうりででけえと思ったよ!」


 ここの釣り場色々おかしいだろ……


 俺はそう思いつつも、楽し気に釣りをしているみんなの空気を悪くしたくなかったので、特に何も言わなかった。


 その後は、結乃が青魚を釣ったり、俺がかなりでかいクロダイを釣り上げて、他の客の人たちを驚かせたりと、意外と楽しめた。


 唯一、玲羅を除いて。


 彼女には一向にあたりが来ない。

 蔵敷たちなんか、小さい魚も多いが、何回も竿をあげている。


 それに対して、玲羅は水に浸かりすぎたエサを変えるときに位しか竿をあげていない。


 「当たらないな」

 「そうだな……なんで、私だけ」

 「まあ、こればっかりは俺たちは素人だから、運任せなんだよな」

 「だとしても、これはひどすぎるだろ……」


 確かに……、とは言えない。さすがに哀れすぎて見ていられない。

 最初こそは彼女もほかのメンバーが釣り上げると、楽しそうにしていたが、段々と自分だけ吊り上げられないことに気付いてくると、彼女の表情が険しくなってきた。


 「今日の晩御飯が……翔一に申し訳ない……」


 その一言を聞いた俺は、自分の竿を放した。


 手放された俺の手は、なんの迷いもなく玲羅の竿を握る手に添えられた。


 「翔一……?」

 「ゆっくり、焦らずに気長に待とうよ。魚が釣れてくれないなら、俺がそばにいるからさ」

 「ふふ……なんだそれ」

 「さあな。でも、あんまり気負うなよ。魚が釣れなくても、玲羅にも料理は作るし、基本的に料理には一番に玲羅への愛情を込める」

 「そ、そんな恥ずかしいこと、よくも真顔で言えるな……」

 「いつも思ってることだから。だから、いつもの俺のご飯には、玲羅への愛情が詰まってるんだよ?おいしかった?」

 「~~~っ、―――おいし、かった……」


 そうそうこういうとこだよ。どんなに恥ずかしくても、おいしいって言ってくれる。だから、作りがいがある。どんなにつらくても、玲羅のご飯だけは作りたい気持ちになる。


 そんな感じでイチャイチャしていると、玲羅の竿にも引きが来た。


 「来た……」

 「し、翔一!手伝ってくれ!」

 「はいよ」


 そう言って、玲羅の方に加勢したが、思いのほか引きが強かった。


 これは、大物の予感……

 俺は、一層強く玲羅の手を握った。その方が力を入れやすいからだ。


 「うんしょ……せーのっ!!」


 その掛け声とともに、玲羅は思いっきり竿を引き上げた。すると、針の先にはでっかいでっかいマダコだった。

 え?タコって冬じゃね?


 「や、やった!やったぞ翔一!」

 「まあ細かいことは良いか。この笑顔が見れるのならな」

 「翔一?」

 「すごいぞ、玲羅!」

 「えへへ……翔一にすごいって言われた……」


 それからは玲羅も調子を戻したのか、どんどんと魚を取っていき、いつの間にかほぼ全員のバケツが満杯になっていた。

 そこでちょうどいいと、俺たちは釣り場を後にした。


 そこからは電車を使って帰宅をし―――というか、晩飯のために俺の家、つまり椎名家に全員が集合した。


 「じゃあ、くれぐれも土足で入るなよ」

 「わかってるよ」

 「特に蔵敷!」

 「俺、そんなことしたことないよね!?」


 そうして全員が、俺の家に入っていった。

 まずは全員に風呂に入ってもらう形にして、色々な下ごしらえを始めた。


 さあ、ここからは俺の料理の腕の見せ所だ。一瞬だって見逃すなよ。

 そう意気込みながら、隣で真剣に俺の手さばきを見る玲羅の横で俺は色々な料理を完成させた。

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