第83話 いき過ぎた看病

 お互いに愛を確かめ合った後、少し冷めつつある雑炊を玲羅の前に出した。


 「その……すまないな。私に付き合わせて、昼ご飯を冷ませてしまって」

 「別にいいよ。玲羅とおしゃべりするのも好きだしね」

 「そ、その本当にすまないな」

 「はあ……玲羅、すまないとか謝られるより、お礼されるほうが気持ちがいいもんだよ?」

 「あ、ありがとう……」

 「ふふ、どういたしまして」


 そんな甘いやり取りをした俺たちは、こぼれないように鍋を彼女の膝の上に置き、レンゲを渡した。

 だが、少し彼女の手が震えていて、正直自分で食べられるのか不安だ。


 「自分で食べれそう?」

 「そ、その……まだ力が体に入らなくて……」

 「本当?」

 「ほ、本当だ!なんでここでうそを……ごほっごほっ」

 「えー、俺にあーんしてほしいから演技してるとかじゃないのお?」

 「……ち、違う!」

 「んー?今の間はなにかなあ?」

 「か、からかうな!お前に言われて、ちょっといいなって思っただけだ!」

 「お、おう……」


 玲羅の何気ない一言でカウンターを食らってしまった。

 彼女は、本当に無意識に恥ずかしい言葉を言うから質が悪い。まあ、可愛いからいいけどさ。


 「まあ、あーんはする?」

 「た、頼む……」

 「顔真っ赤だぞ」

 「うるさい」


 俺は玲羅に雑炊の乗ったレンゲを差し出した。

 すると。パクリと、玲羅は翔一に出されたレンゲ一杯分の雑炊を口の中に入れた。

 瞬間、今まで食べてきた雑炊の中で、格別に美味しいものが脳髄に侵食してくる。玲羅は、蕩けてしまいそうな感覚に襲われる。


 だが、彼女の口からレンゲを取り出すとき、翔一は思ったよりも苦戦してしまった。

 レンゲの造形上、口の中で扱うのが難しく、カチカチと歯にぶつかってしまうのだ。


 「……いつっ」

 「あ、ごめん」

 「別にかまわない。こんなにおいしいものを食べさせてもらってるんだ。レンゲが歯に当たったくらいなんだ」

 「そうは言ってもなあ……そうだ」


 そう言うと、俺はおもむろにすくっていた雑炊を口の中に入れた。

 その行動を玲羅は理解が出来なかった。


 しかも、そのまま俺の顔が近づいてきたのだ。そこで、玲羅は俺のやろうとしていることを理解した。


 「ま、待て、翔一……落ち着け……んむ!?」


 制止する玲羅の声をスルーして、俺は雑炊を口に含んだまま、玲羅とキスをした。

 だが、それで終わるはずもなく、俺が口の中である程度咀嚼して飲み込みやすくなった雑炊を、玲羅の口の中に流し込んだ。


 いわゆる口移しというやつだ。


 「ん……んん!ん……」

 「……ぷはぁ!どうだ玲羅、これでレンゲが歯に当たる心配もあるまい」

 「あ、ああ……おいしい。おいしいが……」

 「おいしいが……?」

 「翔一の味がする……」


 玲羅は、唇を少し舐めて指をあてながらそう言った。

 その姿がとても艶めかしく見えてしまった。


 「どうした翔一。そんなに頬を赤らめて」

 「玲羅がちょっとエッチだったから」

 「なっ!?思っても本人に言うべき言葉ではないだろう!?」


 そうかなあ?俺は割と誉め言葉な気もするけど。

 そうだなあ、やっぱり色っぽさも女性の魅力の一つだと思うしなあ。まあ、好意がない異性間で言ったらセクハラだけどさ。


 「玲羅は、俺に言われるの嫌?」

 「嫌じゃないが……」

 「じゃあ、良いじゃん」

 「ひ、人前で言われるのは嫌だ」

 「じゃあ、2人きりの時だけ言うことにするよ」


 その後も、俺が口移しで雑炊を減らしていき、食事を終えた。


 「ごちそうさま」

 「お粗末様。じゃあ、鍋とか片づけるから、俺が戻ってくる前に服脱いどいて」

 「ふえ?」

 「ああ、背中拭くだけだから。さすがに前は自分でやってね。ブラ外した状態で、俺に前を見せてもいいと思ってるのなら、前も拭くけど」

 「い、いい!後ろだけでいいから!」


 そう言って、俺が前を拭くのは拒否されてしまった。

 別に頼まれてもよかったんだけどなあ。


 別に女子の肌に見慣れてるから気にしないというわけではない。単純に、下心なしで玲羅の服が汗で引っ付いていて気持ち悪そうに見えたからだ。


 服を脱ぐように言って、俺は鍋を洗うと、事前に沸かせておいた湯船からお湯をさらって、俺の部屋に向かった。


 ちなみに、玲羅は俺の部屋で寝ている。移動が面倒だったからってだけだ。


 コンコンコン


 「な、なんでノックするんだ?」

 「いや、玲羅の前を見ると申し訳ないから、後ろを向いてもらえるとありがたい」

 「あ、ああ、そういうことか……入っても問題ないぞ」

 「お邪魔します」


 玲羅から許可をもらったところで、俺は部屋に入り玲羅と対面した。


 背中こそ、こちらに向けているが、美しくきれいな背中があらわになっていた。

 ―――と、言いたいところだが、あいにく玲羅はロングのストレートだ。その髪のせいで、玲羅の真っ白い肌で出来ている背中を拝むことができない。


 そんな前年な気持ちをおぼえながらも、俺は持ってきたタオルをお湯に浸して、水気を絞った。


 「お客さん、初めて?学生でしょ?」

 「や、やめろっ!いかがわしいお店にきてるみたいではないかっ」

 「あはは、玲羅の耳真っ赤だぞ」

 「お、お前が変なこと言うからだろ!」

 「ふふ、じゃあ拭くよ」


 そう合図をして、俺は玲羅の髪をどけて露わになった玲羅のキレイな背中にタオルを押し当てた。

 そのまま、汗と汚れを落とすように、だが痛くならないようにいい塩梅で力を込めた。


 「ん……」

 「痛いか?」

 「い、いや、そんなことはない」


 どうやら痛くはないようだ。

 こうしていると、昔を思い出すなあ。


 2人して風邪ひいた結乃と綾乃を看病したっけ?あの時はまだ幼かったから、俺が前も拭いてたけど、今にして思えばよくやってたよなあ。


 「玲羅、ごめんな」

 「なんだ急に?」

 「玲羅のしたいこと、俺が思うように応えてやれなくて」

 「まさか、あの時のことを言ってるのか?」

 「そうだよ。本当にさ、俺が思ってる以上にそれに対する恐怖が植え付けられてるんだ。したら、その人が次の日に首を吊るんじゃないかって」

 「……綾乃さんのことか?」

 「ああ……何度も行ってるけどな。彼女は俺にされるまでもなく、死を決断してたんだと思う。でも、俺にすごい大きな傷をつけたんだ」

 「そんな、気に病むことじゃないのに……」

 「気に病むよ。玲羅が勇気を出してしようって言ってくれたのに、俺は玲羅を愛するどころか、傷つけてしまった」

 「ばか……」


 俺が唐突に不安を漏らすと、ただ一言「ばか」とだけ言って、振り返って抱きしめてきた。

 ……玲羅のぽよよんが、直に感じる。


 「私はお前のことを根性なしとか臆病とか思わない。それだけ、私は大切にされてるのだろう?死んでほしくない。だからできない」

 「ああ」

 「それだけちゃんと思われてるってことだから、私は気にしない。だから、それを悪かったと思うのなら、次は翔一から誘ってくれ。私は翔一ならロマンチックなシチュじゃなくても受け入れるぞ」

 「それって、ロマンチックなシチュで言えって言ってるようなもんじゃないか」

 「いいじゃないか、星が見える夜空の元……星に魅入る翔一に『しよう?』って言われるのはいいものだぞ」

 「青姦?」

 「ちがうっ!」

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