第82話 序

 守るべき笑顔、それは確かにあった。


 でも、いつかは色褪せ、無くなっていく。それが自分の意志じゃなくても、守られる側が勝手に消えていくことだってある。

 本当につらいのは、思いを打ち明けられて、未練を置き去りにするような言葉を言われた時だ。


 もっとこうすれば、あの時質問でもしておけば、もっと問い詰めれば。


 何度そう思ったか。


 いつだって後悔は、取り返しのつかないときにやってくる。

 俺だけじゃない。くだらない妄想で教室をざわつかせた奴が後悔するのは、やってからだ。

 恋愛も自分が告白すればよかったと、未練たらたらに終わるのも。


 後悔を怖がって、無気力になりなにもしなくなる。あの時こうすれば、行動していればよかった、と後悔するだろう。


 俺だってそうだ。棺に入れられている綾乃を見て、深く後悔した。


 なぜ救ってやれなかったのか。なぜ、彼女の笑顔に一切の違和感を指摘しなかったのか。なぜ、彼女の家の問題に首を突っ込まなかったのか。

 やってやれることはいくつもあった。だが、それでも思う。これらのことは出来なかったとしても、なぜ―――


 どうして、彼女の姉を殺さなかったのか。


 理由はわかっている。それは人道に反するから。その先には、俺が最も忌避する未来しかないのだから。

 殺すという選択肢は、俺を機械にする。それがたまらなく嫌だったんだろう。


 だが、棺を前にしたときほど誰かを殺したいと思う気持ちを抱いたことはなかった。


 妹が、娘が死んだというのに、へらへらしている女どもの顔面をグチャグチャにしてやりたかった。

 『武装』を使って、目の前の全てを破壊してやりたかった。


 そんな思いはもう二度としたくない。そもそも『武装』も使いたくない。

 そう思ってたのに。


 『速報をお伝えします。現在、私立希静高等学校にて立てこもり事件が発生しています。犯人と思われる人物は、警察に対して「ヒイラギ」という人物を連れてこいと要求しており、立てこもり犯数名との交渉が行われています』


 そのニュースのアナウンスを聞くたびに早くしなければという焦燥感と焦ればみんなを殺すことになるという冷静な思いが、ひしめき合う。


 そんな俺は、腰に帯刀して、美織の家に置いてあった袴を着た。


 この家の住人である美織は、20枚ほどのパソコンの画面を一気に操作している。


 「犯人の要求は、十中八九柊のおっさんね」

 「ああ、おそらくあいつらの末端の犯行だろうな」

 「ええ、これに関しては私たちで解決するしかないわ。椎名家と条華院家は不干渉を決めたわ。でも、警察組織にはすでに根回しはしてあるわ。好きなように制圧しなさい」

 「あいよ。で、敵の数は?」

 「すでにおっさんが突入してるみたいだけど、ぶっちゃけ人質撮られたらあの人何もできなくなるから期待はできないわね。少なくて23人、多くて36人ね」

 「了解。じゃあ、行ってくる」

 「わかってるわね?今回の制圧は、犯人を取り押さえることじゃない。全員抹殺よ」

 「わかってるって」


 そんな会話をしてから、俺はすぐに学校に向かった。


 なぜこうなったかというと……


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「けほっ、けほっ」


 朝起きると、玲羅が苦しそうに咳をしていた。


 心配した俺が、体温を測ってみると、熱が38.8度もあった。


 「今日は学校休みだな」

 「けほっ……や、やだ、翔一がそばにいてくれないと……」

 「いや、俺も休むから。なんかあったらすぐに言ってくれ。俺もこの部屋にずっといるから」

 「……ありがとう翔一」

 「だから、とりあえず寝な。そうすれば次起きた時は、少しくらい楽になってるから」

 「ああ……手を握ってくれないか?」

 「はいはい」


 俺は玲羅の望み通りに手を握った。


 暖かくて、すべすべな手。いつもと違って体力がないからか、はたまた弱っているからか、とても同じ人のものとは思えないほど、握る力が弱かった。


 「すぅ……」

 「もう寝たのか。寝つきはいいんだよな、玲羅は」


 手を握ってあげると、ほんの数秒で瞼を閉じた玲羅の寝顔を見ながら、俺はそっと彼女の手を放して台所に向かった。


 俺が朝ごはんを食べていないんだ。


 結乃には好きに食べてくれと言ったから、おそらくインスタントのラーメンを食って学校に行っただろう。

 俺も袋を開けて、ラーメンを作って食べる。


 玲羅の昼めしを作りたいから、あんまり時間をかけて食う必要はない。

 ちなみに玲羅の欠席の連絡は、早苗さんにしてもらっている。さすがに俺からするのは問題があるからな。


 朝飯を食べ終え、俺はゆっくりと準備を始めた。


 それから数時間して、玲羅が目を覚ました。


 「んぅ……しょういちぃ?」

 「ここにいるよ」

 「む……なんだそれは……」

 「玲羅の昼飯だ。体調悪いみたいだし、雑炊にしてみた」

 「卵か?」

 「ああ、卵雑炊だ。体調不良の時はよく作ったもんだ」

 「作った……誰にだ?」

 「綾乃だよ」

 「そうか……」


 俺が綾乃の名前を出すと、玲羅が急に落ち込んだ。


 「どうした?」

 「私、二番目なのか?」

 「え?」

 「私は翔一の二番目に好きな人なのか?」

 「ええ!?」

 「綾乃、という人のほうが本当は好きなんじゃないのか?」

 「……好きだったのは否定しないし、たしかに玲羅は俺にとって二番目にできた命よりも守りたい人だ」

 「そうなんだ……やっぱり私は……」


 俺の言葉を聞いて、玲羅は一気に落ち込んだ。

 まあ、こんなことを言われてうれしい人はいないし、体調悪いとなにかもを悪いほうに捉えてしまうからな。


 俺は俯く彼女の頬を両手で挟んだ。


 「でもな、今の俺にとって一番は玲羅だ。今、綾乃と玲羅のどちらかにしろと言われたら、迷いなく玲羅を選ぶ。だから、心配すんな。いつ目が覚めても、俺が隣にいるからな」

 「ふ、ふぁい……」

 「玲羅、俺のことは好き?」

 「ああ、大好きだ」

 「それと同じことを思ってる。玲羅が思ってくれればくれてるほど、俺の愛情も大きくなる。だから、心配せずに愛してくれ」

 「……わかった。じゃあ、キスしてくれるか?」

 「オーケイ」


 俺の言葉を聞いて、少しリラックスした様子を見せた彼女は、俺にキスを求めてきた。

 彼女は体調不良なので、あまり激しすぎないキスをするとしよう。


 「ちゅ……翔一は、本当に私を落とすのがうまいんだな」

 「そうだろ?これが1人の女を愛した男の力だよ。これからも愛に溺れさせてあげる」

 「ふふ、私こそ、お前を沼にはめてやる」














おしらせ

新作との更新を合わせて行うので、これからは2日に一回の投稿になります。

良かったらでいいので、新作の方にも興味を持ってくれると嬉しいです。


↓新作URL

https://kakuyomu.jp/works/16817330650240375270

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