第84話 玉蹴り

 玲羅の看病も終わり、迎えた翌日


 彼女の容体はすっかり安定して、学校に登校できるようになっていた。


 「んー……ありがとうな、翔一」

 「ああ、元気になってよかったよ」

 「じ、じゃあ、いつものしてくれるか?」

 「うん……じゃあ、目を瞑って」


 そう言うと、玲羅は目を閉じて少しだけ唇を前に出した。

 俺はその唇にキスを落とした。


 玲羅の「んぅ……」という声を聞いてから、キスを終え、俺たちは朝ごはんを食べにリビングに向かった。


 リビングに降りると、ちょうど結乃が朝食の配膳を終えているところだった。


 「あ、おはよう2人とも。昨日は熱い夜だったかな?」

 「だ、だから結乃、そういうことじゃないって言ってるじゃないか!」

 「あれれー、義姉さん、そういうことってどういうことかなあ?」

 「くっ……」

 「まあまあ、2人とも、早く食わないと学校に間に合わないぞ」


 ちなみに、昨日の夕方に帰ってきた結乃に抱きしめ合っているのを見られた。


 帰ってきてすぐに、玲羅の心配をした結乃が俺の部屋にノックもなしに入ってきたもんだから、玲羅が上半身裸の状態で俺に抱き着いていたのだ。


 それに気づいた玲羅の慌てっぷりはとてつもなかったな。


 「あ、そうだ。お兄ちゃん」

 「ん?」

 「みお姉が呼んでたよ」

 「美織が?」

 「うん、なんか仮面のことで教えたいことがあるって」

 「ああ……そういうわけだから、玲羅は今日一人で登校してくれないか?ちょっと遅くなりそうだから」

 「……わかった。だが、昼休みは2人きりで過ごしてもらうからな」

 「ふっ……わかった。いつも通りってことだな」

 「私の前でイチャイチャしないでよ……。私がかわいそうじゃん」

 「ん?気にしてたのか?あの結乃が!?」

 「お兄ちゃん、私をなんだと思ってるの?」

 「……」

 「ちょっと無視しないでよ!こっち見て!」


 そんな感じで、朝食を終えてから、俺と玲羅は家で別れて、美織の家に向かった。

 美織の家に入ると、それは悲惨なものだった。


 いたるところに洗濯物が散らばり、テーブルの上にはカロリーメイトのゴミなどが散乱していた。

 そして、極めつけはソファーの上で寝ている美織。


 ソファーで寝るのは百歩譲っていいとしよう。だが、格好がやばい。


 なぜパンイチで寝ている。おっさんかよ


 そう。美織は、ソファーの上でパンツ一枚だけ身に着けてなにもかけずに眠っていた。いや、正確にはタオルケットか何かをかけていたのだろう。だが、それがあらぬ方向に飛ばされていた。


 「起きろ美織」

 「んー?しょういち?ああ、結乃に呼ぶように言ったわね……」

 「せめて、ブラはつけろー。お前、胸大きいんだから、形崩れるぞ」

 「うっさいわね、締め付けられる感覚が嫌なのよ。それに翔一、私以外に言ったら、普通にセクハラよ」

 「お前以外にこんなこと言わねえよ。それで、もしかして片付けで呼んだのか?」

 「違うわよ。ていうか、言わなくても、あなた勝手にやっちゃうじゃない」

 「そりゃそうだろ、なんだこの状況は」

 「女の一人暮らしなんてこんなもんよ」

 「世の女を、お前と同じでくくりたくねえな」


 とにかく、俺は美織の話を聞く前に、俺は家の中のゴミというゴミを片づけ始めた。

 まずは歩ける場所を確保しなければ、話に集中もできない。


 そこからは、ものの一時間ほどで片付けが終わり、リビングは元の状態も取り戻したと言ってもいいだろう。

 美織の部屋?ソファーに寝てた時点で察しがついてる。見たくない。


 片付けが終わってから、俺は美織に話を聞いた。


 「―――と、いうわけよ」

 「うん、放したいことはわかった。それで、いつ服を着るんだ?」

 「服?まだ、学校出る時間じゃないでしょ?それに、あなたせめてブラをつけろって言ったじゃない。ほらつけたわよ」

 「はあ……揺らすな揺らすな」


 こいつ……殴ってやろうかな……

 美織は、先ほどとは違ってブラはつけている。ああ、ブラはな。だが、美織はそれを見せつけるかのように、胸の下部を持ち上げて胸を揺らしている。


 「特に興奮しないからそういうのはやめとけ」

 「えー、これで翔一が襲ってきたら、儲けもんなのにな」

 「はあ、他人の恋人奪うのは、お前が嫌ってることだろ?」

 「そうね。でも、相手が翔一なら……」

 「いや、俺が襲おうとしてたら、お前は確実に俺に、その筋弛緩剤打ったろ」

 「ありゃ?バレてた?」

 「バレバレだよ。ていうか、どのみち襲わねえし」

 「そ、残念」


 なにが?

 本当、こいつなんでも持ってんな。ただの一般人は筋弛緩剤なんて持たないのに


 「ほら学校行くぞ、着替えろ」

 「はいはい」


 そう言って気だるそうに美織は制服を着た。


 制服を着た美織は、俺を急かすように玄関に行き、言った。


 「ほら、行くわよ」

 「お前が片づけをさせたから遅刻することになったんだろうが」

 「あら?勝手に片づけたのはそっちでしょ?」

 「はあ……」


 俺はため息を漏らしながらも、美織についていった。まあ、目的地は同じだし、別に一緒に登校するのは構わないけど、これを見た生徒になんて言われるか……


 そう憂鬱な思いをしながら歩いていると、道端で声をかけられた。正確には、美織に声がかけられた。


 「そこの彼女、聞こえてる?」

 「翔一、あの粗チンもしかして私に話しかけてる?」

 「粗チンは余計だろ。まあ、でもお前に話しかけてそうだな」

 「そこのスタイルのいい彼女!」

 「なにかしら?」


 タイミングのせいで、美織がスタイルのいいに反応したみたいになった。クッソワロタ


 「へぇ、スタイル良い自信あるんだ。どう?学校さぼって俺たちと気持ちいいことしない?」

 「うーん……私がスタイル良い自信はあるけど、あなたたちが私を気持ちよくできるとは思えないわね。せいぜい薬を使えば、オナニー以下でも感じられるかしら?」

 「おい、美織、ここ公道だよ?発言には気を付けよう?」


 美織……なんてことを口走るんだ……

 見てて、こっちが恥ずかしいわ。


 そう思いながらも、今は近くに人はいない。

 おそらく、こいつらも狙っているのだろう。


 しゃべっているのはリーダー格の一人だが、周りを見ると物陰に数人いる。おそらく、美織を目の前の男が捕まえたところで、俺をボコボコにして立てなくする算段だろう。だが、俺と美織が全力で走れば逃げ切れるはずだ。

 わざわざ、一般人に手を出す必要はない。


 「ていうか、あんたには見えないの?隣が」

 「隣?ああ、もしかして彼氏君だった?」

 「いいや、私の下僕よ」

 「誰が下僕だよ」

 「ええ……そういう趣味?」

 「ちっ、ああ!?殺すぞてめえ!」

 「はは、威勢だけはいいみたいだね」


 そう言って、パチンと指を鳴らすと周りから男たちが数名表れてきた。

 一応、人がいないとはいえ往来なんだけどなあ、ここ


 そう思うが、男たちはこちらへの歩みを止めようとしない。


 「ははは、さっさといなくなれば見逃してやったのにさ!」

 「いや、お前、そもそも逃がす気無かったろ」

 「あ?よくわかってんじゃねえ―――っ!?」


 男がなにかを言っている途中に、言葉が止まった。

 当たり前だ。突然、美織が男のズボンとパンツを一気に下したのだ。


 そして、露わになったナニを見て、美織がこう言い放った。


 「ぷっ、なんて粗末な」

 「なあ!?て、てめええ!―――かはっ!?」

 「その気の短さは、あなたの粗チンに通ずるところがあるわね」

 「……はあ、ご愁傷さまです」


 美織は、逆上(?)して殴りかかってきた男の玉を思いっきり蹴り上げた。

 思いっきりと言っても、かなり手加減しているように見えたが、男ならどのみち痛い。そこを鑑みれば、ご愁傷さまと言っても差し支えない。


 「翔一、行くわよ」

 「あいよ」


 美織は、俺に一言だけ告げて走り出し、俺もそれについていくように走り出した。

 ほかの男たちが追いかけてきたが、俺たち二人は歩法を使って撒いた。


 「もうこれで大丈夫ね」

 「俺たちに大丈夫じゃない場面なんてなかったけどな」

 「うっさいわね。でも、これでスカッとしたわ。最近、ストレスたまってたから」

 「快楽犯かよ……」

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