第70話 ペアリング

 体育館の騒動から数時間後

 とりあえず先生たちの聴取から解放された俺は、自宅に戻っていた。


 相手を血みどろになるまでボコボコにしたが、肝心の俺に記憶がないから、聴取の意味がないと判断したのだろう。まあ、俺も覚えてないの一点張りだから、埒が明かないというのが結論だろう。


 だが、そんなことよりも俺には重大なことがあった。


 「ごめん、玲羅」

 「だからいいって言ってるだろ?そんなに気に病むな。私はそこまで大した傷はない」

 「でも、首筋に……」


 大丈夫だという玲羅の首筋には、首を絞められたような大きな手形がついていた。

 美織に聞いたところ、止めに入った玲羅を首を掴んでつるしたらしい。


 なんてことを……


 「本当にごめん……もう」

 「それ以上は言わせない!翔一、本当に悪いと思ってるなら、私と離れるようなことを言うのはやめろ」

 「でも……」

 「どうでもいいんだよ。私は確かに翔一に傷をつけられた。でも、翔一が私を守るためにああなったのもわかってる。だから、お前を責めないし、離れるつもりもない」

 「玲羅……」

 「本当にこういうことがあると、お前はすぐ気弱になるな」


 半分呆れたような声を出した玲羅は、俺を胸元に抱きとめてきた。

 俺は、その気持ちよさに半分身を預けるように、抱きしめ返した。


 「ごめんね、玲羅」

 「いいよ……これからも一緒にいてくれるのなら許してあげる」

 「ああ、いつまでも一緒だ……」


 それから数分間、俺と玲羅は抱きしめ合っていた。

 そうやって抱きしめ合っていると、この温もりに一生溺れていたくなる。


 そう思っていると、突然なにか思いついたように玲羅が立ち上がった。


 「翔一、誕生日いつだ?」

 「え?7月5日だけど?」

 「そうか……まだ全然先だな……」

 「……?」


 今は、五月下旬。確かに、俺の誕生日はまだまだ先だが、それが関係があるというのだろうか?


 俺が呆然としていると、玲羅は俺の部屋を出て行った。しかし、ものの数分で戻ってきて、俺の前にコテンと座った。その手には、決して高いものとは言えないが、指輪が握られていた。


 「本当は誕生日に渡して、思いを伝えようと思ったが、誕生日はまた別で考えるとしよう」

 「それって……」

 「ああ、ペアの指輪だ。修学旅行の時、たまたま見つけて買ったんだ。決して高いものじゃない。でも、翔一なら気持ちを込めれば喜んでくれると思って」

 「うれしいよ。うん、値段なんて関係ない。玲羅の思いがこもってるかのほうが大切だよ」

 「じゃあ、翔一、左手を出してくれ」


 左手?右手じゃなくて?

 恋人同士だから、てっきり右手の薬指にはめるものだと思ってたのだが……


 そう思うも、俺は玲羅に左手を出した。

 そして、玲羅は出された俺の左手の薬指に、その指輪をはめた。


 「翔一、私と結婚してくれ」

 「ふぇ?」

 「民法で書類上結婚できないだけで、お互いの気持ちだけならできる。私は、お前を自身の夫として、これから一緒に過ごしたい。だ、ダメか?」

 「え、え?結婚?」

 「まあ、実際には婚約みたいな感じだが、そこはいい。翔一は私と結婚してくれるか?」

 「あ、ああ……結婚する……」


 俺は半分無意識だった。

 だって当然だろう?好きな人に、結婚しようと言われて、フリーズしないわけがない。


 だが、そんな俺の混乱を横に、玲羅はどんどんと進めていく。


 「ゴホン、では見様見真似だが……新婦である私は翔一を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓う。新郎である翔一は、誓うか?」


 玲羅のその長い言葉の間に、俺は頭の整理ができた。そして、玲羅の言葉を受け止めて言った。


 「誓う。俺は、どんな時でも妻を愛し、守ることを誓う」

 「ふふ……なら、誓いのキスを……んむ!?」


 誓いの言葉を終えて、玲羅は誓いのキスをしようと、俺に顔を近づけてきたが、俺はその余裕を壊すために、先んじて玲羅の唇を奪った。


 先ほどから玲羅から抗議のような「んん!んぅ!んー!」とか聞こえるが、今の俺にはなにも耳に入らない。ただ、目の前にあるぷるぷるとした唇をむさぼることしか考えていない。


 そのまま俺が玲羅を押し倒して、抵抗する玲羅を征服しながら、口腔内を犯し続けた。そうすると、段々と玲羅が抵抗の力を弱めていき、最後には俺以上にむさぼるようなキスをしてきた。


 お互いに20分以上もキスをした後、足りなくなった空気を求めて一度唇を放した。


 「はあはあ……ばか……」

 「ふふん、玲羅のペースだけじゃ進ませないよ」

 「もう……せっかく翔一の心を掴んで、結婚までしたのにぃ」

 「これからは俺たちは夫婦。これからはペースをつかんだほうが主導権を握るんだぞ」

 「はあ……翔一に犯されちゃった……」

 「待って、それは誤解を生む」

 「ふふ……いいじゃないか。お前はもう私のもので、私はお前のもの。いつか本当の意味で身を結ぶんだろう?」

 「そうだけどさあ……」

 「私はいつでも待ってるからな」


 そう言って、玲羅は俺の頬を撫でた。

 今まで、俺が玲羅にやってきたことしかなかったが、ここまで気分のいいものだとは……


 と、思っていると、玲羅が思い出したように言ってきた。


 「そうだ。翔一―――私の夫に相談があります」

 「はい、なんでしょうか?」

 「毎日、お風呂上りに髪を乾かすのと梳かすのを翔一にやってほしいです」

 「……いいでしょう。毎日やってあげましょう」

 「やった……そうだ、もう一個良いか?」

 「いいよ、何個でも何でも聞いてあげる」

 「キスマークつけていいか?」

 「いいよ」


 玲羅の言葉を聞いた俺は、なんの迷いもなく上半身の服を脱ぎ、半裸になった。

 これは、どこにつけてもいいよと言う、俺の意思表示だ。


 「じゃあ、首に……」


 玲羅はゆっくりと首筋に顔を近づけ、唇を押し当ててきた。そのまま玲羅は、ちゅうちゅうと吸いついてきて、皮膚を吸い込もうとしてるんじゃないかと思うくらい強く吸ってきた。


 だが、不思議と痛いとか嫌だとかそんな感情は一つも起きず、むしろ愛おしい気持ちがどんどんあふれてくる。


 しばらく吸っていた玲羅は、一度唇を放し、俺の首筋を見て怪訝そうな表情を見せた。


 「ふむ……あんまりきれいにつかないな……」

 「なら、甘噛みしてみるとついたりするらしいよ」

 「そうか……なら、いいか?」

 「どうぞ。あ、でもあんまり強くかまないでよ」

 「わかってるさ」


 かぷっと俺の首筋に食らいついた玲羅は、「はむはむ……」と言いながら甘噛みをしてきた。前にも玲羅は俺の指を甘噛みしているから、なんとなく感覚はあの時と同じだ。

 歯は軽く立てているみたいだが、噛み切るというよりは押し当てるのほうが意味合いとしては強く、そのくすぐったさとかが、また愛おしさを感じさせる要因になっていた。


 またしばらくして、今度は甘噛みを終えた玲羅が首筋を見ると、満足そうな顔をした。


 「できた?」

 「ああ、綺麗な紅色のマークができた」

 「そうか……俺に玲羅のものっていう証ができちゃったな」

 「いやか?」

 「ふっ、なわけないでしょ。だって俺の妻のものになったんだよ」

 「そうだな……翔一は―――私の夫は、一生私のものだ。そのキスマークは消えそうになるたびに更新するからな」

 「あはは、そんなことしなくても俺は玲羅だけのものだけどな」

 「こういうのは気持ちなんだ。―――翔一、愛してる」

 「俺もだ」


 そうして、今日という一日を俺たちは終えた。

 その俺たちの左手には、おそろいの指輪が輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る