第71話 仲直り

 ちゅんちゅん


 朝の鳥がさえずる音で、俺たちは目を覚ました。

 今日は土曜日。学校がない日なので、朝ごはんは食べたくなったら作る。ということで、いつもみたいに早起きをする必要がない日だ。


 もぞもぞと動こうとすると、体がうまく動かせないことに気付いた。だが、金縛りとかそういうのじゃない。

 俺は、自分の体に腕を回している愛おしい妻のことを見た。


 まだ起きていないのか、すぅすぅと寝息を立てながら目を瞑っていた。


 「玲羅、愛してるよ……」


 そう言って、玲羅が起きてないことをいいことに、軽く抱きしめた。

 抱きしめた時に、寝言なのかどうかはわからないが、彼女も「むふふ……私も……」と言ってくれた。


 今日も今日で、愛おしいものだ。


 それからしばらくして玲羅が目を覚ました。

 彼女は眠たそうに眼をこすりながら、俺の方を見た。


 意識がまだはっきりとしていないのか、俺の胸元に顔をうずめて「しょういちぃ~」とか言いながら、すりすりしてくる。

 なにこの可愛い生き物?


 そんな玲羅を抱きかかえながら、俺は体を起こした。抱えながら起きたので、当然玲羅も上体が起こされる形になっている。


 「むぅ……まだ眠いのに……」

 「あんまり寝てると眠り姫になっちゃうよ」

 「じゃあ、ちゅーして起こして……」

 「はいはい……」


 俺は玲羅のリクエストに応えて、玲羅の唇を貪る。それで、目が覚めたのか、意識が完全に覚醒したのか、突如「ん!?」とか言いながら驚いていたが、俺ががっちりと後頭部を抑えていたので、逃げることは出来ない。


 「ぷはぁ……こんなに激しくする必要は……」

 「そう?最後の方は玲羅のほうがしていた気がするけど?」

 「う、たしかに気持ちよくて、私からしてしまうけど……」

 「それに嫌?朝から激しいキスは」

 「そ、そんなことない。わ、私たちは夫婦なんだから」

 「そうじゃなくて、玲羅自身はどう?」


 俺の言葉に、玲羅は少しだけ考えて、自身の唇をなぞっていた。そのしぐさも少しだけ色っぽい。


 「好き……朝から翔一に激しくキスしてもらうのが、好き……だと思う」

 「そうか……ちなみに俺は、玲羅の温もりを感じれるから、大好き」

 「んむ!?」


 少し恥ずかしそうにしている彼女の不意を突くように、俺は舌をねじ込んだ。だが、相手からは嫌だという意識はやってこない。むしろ、受け入れて「もっともっと」とねだっているようだった。

 少し時間が経つと、玲羅のほうがキスは優勢になる。なぜか、この短期間で彼女はものすごくキスがうまくなったのだ。その上達速度は、俺をはるかに凌駕していて、いつの間にか攻める側が逆転しているのだ。


 「んちゅ……翔一、ここからは私の番だ。覚悟しろよ」

 「はい、どんとこい」


 俺はそう言うと、パサッとベッドの上に仰向け倒れ込んだ。その上に玲羅は乗っかるようにして、顔を真っ赤にした。


 「どうした?」

 「そ、その……この姿勢は……」

 「ん?騎乗位?」

 「ば、ばか!そんなんじゃない!も、もういくぞ!……ちゅ」


 そう恥ずかしがってはいるが、キスはする。お互いの愛は心。いくら恥ずかしいと思っていても、それ以上にお互いが愛おしくて、求めあう。


 だからこそ、俺は玲羅の心を救えるし、玲羅も俺のことを救える。


 将来、どんな壁にぶち当たろうと、2人で一緒にいれば怖いものなんてない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 私の名前は椎名結乃。

 椎名家の天才と言われる椎名翔一の妹であり、唯一の家族だ。


 今、私は悩んでいる。兄が好きでいる天羽玲羅についてだ。

 先日、私は玲羅先輩を追い出して、お兄ちゃんから引きはがそうとした。だけど、お兄ちゃんは喜ばなかったどころか、日々少しずつ暗くなっていった。


 そんな状態の兄を救ったのは、誰でもない天羽玲羅だった。

 本当はわかっていた。みお姉じゃ、お兄ちゃんを愛しても、幸せには出来ないと。


 でも、あの時に弱っていた兄を、発狂しながら死のうとしていた兄を玲羅先輩に任せられなかった。

 それくらい、兄のことが好きだから。


 こんなことを言ったらブラコンと言われてしまうが、事実初恋の相手は、誰よりもカッコよかった兄だった。

 でも、彼には婚約者がいて、付け入るスキなんてなかった。


 だというのに、婚約者が自殺して、家族が死んで、自分も辛いはずなのに、私を優先してくれた。中学でも自分のことなんかそっちのけで、転校後に困らないように、最初の三か月は毎日ご飯とお弁当を作ってくれた。


 自分も辛いはずなのに、それでも頑張る兄を嫌いになんてなれなかった。

 周りが、兄がうざいと話をしている中、私はそれを理解できなかった。兄は、いつでも私を守ってくれる人。恋人ができても、家事をおろそかにせずにしてくれる。


 この話をすると、みんなこぞってそんな兄はこの世に存在しないと言う。信じられない。逆に、他の家の兄がどれだけクズだというのだろうか。


 とにかく、そんな兄が昨日、恋人と結婚した。口約束ではあるが、絶対に2人は卒業したら―――もしかしたら成人を迎えた日に籍を入れるかもしれない。


 だからこそ、わからない。

 私は、どんな顔をして、義理の姉となった玲羅先輩と話せばいいのか。なんて呼べばいいのか


 私は、お兄ちゃんの部屋をノックして入った。


 2人は抱きしめ合っていて、私が入っても離れる気がないようだった。


 「結乃、どうした?」

 「私は、どんな顔して玲羅先輩と話せばいいの?私はっ……なんて言って玲羅先輩を呼べばいいの?」

 「玲羅……」

 「ふむ……いい機会だ。ここで、結乃と仲直りしたい」


 信じられなかった。玲羅先輩は、怒っている様子がなかった。

 それどころか、私と仲直りしたいと言ってくれている。


 「わ、私は追い出したんですよ。お兄ちゃんから引きはがそうとしたんですよ」

 「翔一のことが大事だからだろう?私も結乃の立場なら、そうすると思う」

 「でもっ、でも……」

 「いいんだよ。翔一を大事に思う者同士、仲よくしよう。それに、私たちは家族だ」

 「うぅ……うわああああああああん!」


 突然、私が大声泣いたことで2人は驚いた。

 当然だ。私は、今まで泣かないようにしてきた。どんなにつらくてもお父さんとお母さんを失う痛みを上回ることなんてないと思ってたから。


 「叩いてよ……怒ってよ……そっちのほうがすっきりするから……」

 「そんなことしない。結乃、お前は私の義妹。つまり、妹なんだ。もう、私にも甘えてもいいぞ。家族を幸せにするのは、家族の仕事だ」

 「お、お義姉ちゃん……兄をよろしくお願いします……」

 「私は、結乃も幸せにすると言ったのだぞ。だから、ほら」


 そう言って、義姉さんは両手を大きく広げた。それを意味することが分からないほど、私は鈍感じゃない。


 私は、義姉さんの大きな胸の中に飛び込んだ。ふにょんと押し返されそうになったが、それよりも早く抱きしめられた。

 お兄ちゃんは、こんな感触に毎日触れているのか……


 ちょっとだけ兄がうらやましかった。

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