第65話 〇〇の完成
「なあ、聞いたか」
「あ?なにを?」
「2年の金剛と1年の椎名が、ボクシングだとよ!」
「金剛と……誰だって?」
「お前、しらねーのか?野球部の助っ人で、ピッチャーやってたやつだよ!」
「金剛じゃん」
「ちげえよ!2人目の方だよ!」
そう言って興奮冷めやらぬ友人をなだめるように、もう一人の生徒は聞き返した。
「それで、そのすごい1年がなんで金剛と?」
「なんでも女を取り合ってるらしいんだ」
「女?いや、それだけで先生が体育館貸してくれんのかよ」
「お前、忘れたのか?金剛は、国会議員の息子だぞ」
「あー、そういやそうだったな。あいつ、本当に嫌な奴だよな。権力使ってさ」
「ばか!聞かれたらどうすんだ!」
場所は移って、体育館ボクシング部の練習場。
そこに用意された会場には、多くの生徒が集まっていた。
その大半は、椎名に金剛の活躍の場を奪われたと、理不尽な恨みを持つものばかり。椎名がボコボコにされることを望んでいるのだ。
「おい、1年。あんまり舐めてると殺すぞ」
「驕るなよ」
「はあ?グローブもつけねえでどうすんだよ!ケガしても知らねえぞ!」
「お前が、俺の心配をする余裕があると?驕るなと言っているのがわからないか?」
「はあ?お前、絶対殺す」
金剛は椎名の安い挑発に乗る。腕をぶんぶん回して、自分の強さを誇示しているが、翔一はなにも感じていない。
むしろ、他に危惧していることがあった。
(あんまりやりすぎると、戻って来れなくなるから。できるだけ早急に終わらせる)
そこから数分、いや、数秒だっただろうか。
両者の準備の終了が確認された瞬間、ゴングが鳴った。
数分後、リング上は地獄と化していた。
あまりの壮絶さに気を失った生徒。最前列には、唾や血が飛び、コーナーポストはまだら模様に血がついている。
リングの中を見渡し、最初に目に入るのは、純白だったマットが血で真っ赤になっていること。
そして、その中心で馬乗りになって、相手が気絶してもなお、顔面を殴ることをやめず、目の焦点が定まっていない生徒がいる。
「―――めろっ!もういい!やめろっ!……やめてくれ!―――翔一!」
そんな恋人の叫びも、翔一には届いていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「できたー!」
翔一の家の隣の一軒家。その中で、下着姿の女子高生が、黒いものを掲げて喜んでいた。
その女子高生とは、条華院美織。翔一の幼馴染にして、開発などの技術においては、翔一を上回る天才である。
今、彼女は、自身の幼馴染の悩みのひとつを解決するアイテムを開発した。
それが、今手に握られている黒いものだ。
「ったく、法力が誘性暴発なんて……。無茶苦茶な動きを作るからよ。ま、これがあれば、それを軽減できるからね」
美織は、翔一がこれを受け取った時の表情を想像した。
だが、一切喜んでくれる予感がしない。
「今更渡しても―――昔に渡しても、あいつは喜ばないかしら?玲羅が恋人だし、守るための手段として持っておくのは、ありだと思うけどなあ……」
こうして、美織のコレクションの中に、翔一に渡すべきかどうか悩むものが“また”増えてしまった。
「さ、学校行きますか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふむ……朝ごはん、これくらいでいいかな?」
「ふわぁ……おはよ、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう、結乃」
俺が朝ごはんの支度を終えると、ちょうどいいタイミングで結乃が起きてきた。
眠そうにしてはいるが、制服にも着替えて、寝癖も整えられていた。
すぐさま席につき、食事を始めた結乃に、俺は質問をした。
「玲羅と仲直りしないのか?」
「仲直りって……子供じゃないんだから……」
「実際、結乃は子供だぞ。意外と意地っ張りだから、今回のことも中々吞み込めないんだろ?」
「……知ったような口を」
「わかってるよ。俺の妹のことくらい。何年一緒にいたと思う?その維持を通すのも結乃の自由だけど、そろそろいい加減にしろよ」
「……」
「玲羅も少し寂しがってる。謝れとは言わない。俺のためを思ってくれてるからな。でも、2人で何かしら話してみろ」
俺の言葉に、結乃は反応を示さない。彼女も葛藤しているのだろう。
兄で、玲羅の恋人の立場である俺からしたら、2人には仲良くしてほしい。結乃は、家族に近しい人を「みお姉」や「あや姉」などのように、名前を短縮して、後ろに姉をつける傾向にある。仲直りすれば、もしかしたら「れい姉」とか言うかもな。
そうなったら、なんの心配もないんだが。
まあ、思春期の女子が考えることなんて、全部はわからん。だから後は、2人が自然になかなおりするのを待つしかない。
しばらくして、朝食を食べ終えた結乃は、玲羅と入れ替わるように部屋に戻った。
「ふわぁ……おはよう、翔一」
「そういうところは結乃とそっくりだな」
「……なんのことだ?」
「なんでもない。結乃と仲良くしてくれよ」
「私はそうしたいが、中々うまくいかないものだ」
「まあ、気長に待ってるよ」
「そ、それよりも、翔一……いつものを」
「ああ、じゃあ、こっちきて」
俺たちが毎朝すること。そんなことは決まっている。
朝キスだ。
俺は優しく玲羅の頭を撫でながら唇をむさぼる。玲羅の髪の毛は変な寝癖がついており、撫で心地はいつもと違うが、こういうモコッとした感覚も悪くない。
「……ぷは、最近、キスだけで翔一の感情がわかるようになってきた気がするぞ」
「へー、じゃあ俺がどんな気持ちかわかるか?」
「うーむ、幸せとか?」
「ううん、すっごく幸せ!」
「みゃあ!?」
俺が不意打ちで抱きしめると、かわいらしい声を上げて玲羅は顔を胸にうずめた。
適応能力は最近ついてきたみたいだ。
それから少しして、朝食を食べ始めた玲羅は頬を染めながら「おいしい」と言いながら食べてくれた。
俺は、その顔を見るのがすごく好きだ。本当に結婚したら、この顔が俺だけのものになるかな?
いや、もうなってるか。俺は、玲羅の胃袋を掴んだ。心も掴んだ。後は、もう俺の心持次第で、玲羅の望んでいることもできる。
「……」
「どうした、翔一」
「いや、俺の彼女は世界一可愛いな」
「そ、そんな……翔一だって……世界一愛おしくて、カッコいいぞ」
「はは、嬉しいこと言ってくれるね」
そう言いながら玲羅の頬を撫でてやる。
喉を鳴らしながら満足そうに頬を染める彼女の表情は、もう誰が見ても可愛いと言えるものだった。
あとがき
応援コメントへの返信が最近出来てませんが、ちゃんと目は通しています。
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