第54話 胸に飛び込むヒロイン

 美織に話を聞いてから、数日。

 私は、翔一と話をすることを決めていたのだが、ろくに翔一と話ができなかった。


 休み時間には絶対にどこかに行っているし、放課後も見ていない間に消えてしまう。


 ほかの人に翔一を見ていないか?と、聞いては見るのだが、翔一の影の薄さがここに来て裏目に出た。

 彼は、過去のことからあまり踏み込んだ関係の人を作らない。私は、例外みたいで恋人になれたのだが。


 友人がいない。休み時間も誰にも認知されていない。だから横を通ってもなんの印象もない。だから、私は翔一がどこにいるのかもわからず、美織の家に入り浸っていた。

 美織の家では、居座る代わりに私が、家の家事をしている。というか、美織の私生活がだらしなさ過ぎて、見ていられなかった。


 毎日出前。ゴミはごみ箱に捨てるけど、ゴミ出ししないからすごい溜まっていたし、洗濯物に関しては放置だった。なんでも、前日に着る分だけまわして楽していたらしい。


 美織の家にいるおかげで、翔一の家の近くにいるはずなのだが、前みたいな距離に戻れる気がしなかった。


 だが、私はある女子が話しているのを耳にした。


 「ねえねえ聞いた?」

 「なにが?」

 「一色さん、なんか椎名……?と付き合ってるんだって」

 「椎名って誰?」

 「ほら、うちのクラスの目立たない奴」

 「わかるわけないじゃん」

 「ちょっと、その話詳しく!」

 「あ、天羽さん?」


 私が聞いたのは、翔一がほかのクラスの女子と付き合ってるという話。

 なんでも、ここ最近よく一緒にいるらしいし、放課後もだいぶ遅くまで残っているらしい。


 しかし、その翔一の彼女と言われている一色には、双葉という半彼氏の幼馴染がいるらしい。


 一部では、彼氏が部活をしているのをいいことに浮気をしていると言われている。


 それを聞いた私は、頭が真っ白になって、とにかく美織に相談した。

 すると、彼女は一言だけ言った。


 「あり得ないわね」

 「だが、実際に一緒にいるのを見たって……」

 「あなたね、どれだけ翔一に愛されていたのかわからないの?」

 「それは……」

 「それに、翔一は彼女をとっかえひっかえするほど盛ってないわ。それどころか半分枯れてるわよ」

 「最後の一言は余計じゃないのか?」


 美織は心配ないと言ってはくれるが、やはり不安になってしまう。好きな人が、他の女と一緒にいたらもやもやしてしまう。

 だから私は、今日の放課後に目撃証言のあった図書室に行って、2人の動向を探ろうと思う。


 ―――そうして迎えた放課後。


 私は翔一を見失ったが、証言通りに図書室で翔一を発見した。


 私は、2人にバレぬように遠くから2人を見ていたのだが、肝心の会話内容が聞こえてこなかった。

 2人の会話が聞こえるように、私は少しずつにじり寄っていき、ようやく会話の内容が聞こえるくらいの距離にまで移動した。


 「だから、あんまり雄二をいじめないでよ」

 「お前もわかってるだろ?これじゃあ、試合に間に合わない。確かに俺の球を受けて明らかに上達しているが、それはあくまでキャッチングだけだ。フィールディングはまだまだだ」

 「でも、だからってこれはないよ!」

 「お前は、双葉がなんのためにここまでやってるのかわかってないのか?」

 「私のためでしょ?わかってるわよ」

 「なんかこう聞くと、自意識過剰な女に聞こえるから不思議だな」

 「なんですって!」


 急に翔一の隣にいた女が大声を出すものだから、私はびっくりして、その拍子に近くにあった椅子を蹴ってしまった。翔一がその音を聞き逃すわけもなく、彼の視線がこちらに向いた。


 翔一は気まずそうな顔をしたが、すぐにいつも通りに戻って、女生徒との会話を再開した。


 「翔一……」

 「はあ、なんかめんどくさそうね。椎名、この後はよろしくね。ていうか、それよりもこの人と話をしてきたらどう?」

 「……わかった」

 「あんたも伝えたいことはちゃんと伝えなよ?じゃないと後悔する羽目になるよ」

 「……な、なぜおまえに言われなきゃならないんだ」

 「そういうとこなんじゃない?彼氏に嫌われるのって」

 「……っ!?」

 「一色、それ以上は言うなよ」

 「……こわ」


 そう言い捨てて、一色は図書室を出て行った。


 私も翔一と向き合って、話をしようとするが、翔一に止められる。


 「場所を移そう。さすがに迷惑だ、“天羽”」

 「……っ!?わかった……」


 翔一の呼び方が変わった。前までは玲羅と、名前で呼んでくれていたのに……


 名前呼びから変わっただけでこんなにも切なくなってしまうのか?

 そう思いながら、私は翔一の後をついていく。


 そうして私が連れてこられたのは、誰も使っていない空き教室だった。

 私たちはそこで話を始めた。


 「翔一……」

 「どうしたんだ、天羽」

 「とりあえず玲羅だ。私は翔一に名前を呼んでもらうときはそれ以外は認めない」

 「……玲羅、なんの用?もう、恋人でいるのは嫌なんだろ?」

 「へ?」


 一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。

 私が翔一と恋人でいるのが嫌?なにを言っているんだ?


 「そんなこと言ってないぞ」

 「え?だけど、結乃が……」

 「……私って結乃に嫌われたのか?」

 「……?なんで?」

 「私が翔一のことをなにも知らないから……」


 私がそう言うと、翔一は少し考えて言った。


 「別に知らないことを責めるつもりはない。俺も巻き込みたくないし、変な同情をしてほしくなかったから」

 「私は翔一のことを知らずに、傷つけてしまうことのほうが嫌だ!私はお前の恋人だから!」


 私は、そう言いながら翔一を押し倒す。

 たいして腰の入っていない翔一を押し倒すのは簡単だった。


 前までは、これをするのも恥ずかしくてできなかったが、今となっては多少の恥じらいがあるだけで、できるようになってしまった。翔一のおかげだな……


 「玲羅……」

 「お前は私のことが嫌いか?こんなに強引に迫る私が嫌いか?」

 「それは……」


 私に強く言われて、言いよどむ翔一。なにが翔一を暗くしているのかは、美織から聞いた。だから、私が―――翔一の恋人として……


 「私は好きだ。こんな自分が。奥手だった私が、こんなにも好きにまっすぐな人にしてくれた人いるから。その人が今目の前で、私に押し倒されている人だから」

 「……」

 「翔一、私をこんなに変えてしまったお前を一生放さない。一生、責任取ってもらうからな!」

 「責任って……」

 「簡単だ。私の横にいればいい!」

 「それって、プロポーズ……」


 翔一が、顔を赤くしながらそう言うが、私はもうふっ切れている。

 もう、恥ずかしいのも無視だ!今は翔一を私の恋人に戻すのが最優先だ!


 「そう言っているんだ!私はめんどくさいからな!絶対にこの恋を手放さない!」

 「俺だって……」

 「翔一は、どうなんだ?」

 「俺だって、好きな人と離れたくない……でも……」

 「姫ヶ咲という女子か?」

 「……っ、そうだよ」


 翔一にはまだ未練がある。悲しいが、それだけ姫ヶ咲が魅力的だったということだ。でも、私は負けるつもりなんてない。

 私は勢いに任せて、翔一の唇を奪った。しっとりして、温かくて、気持ちいい。


 そうやって私は、長い間翔一の唇を舐って、息が続かなくなってきてから放した。


 「忘れろ、なんて残酷なことは言わない。でも、今は私を見てくれ。私はいなくならない。愛する人を一人になんてしない。どれだけ汚されようと、私は翔一の妻でい続ける!」

 「……ダメだ」

 「はい!?」


 翔一の言葉に私は素っ頓狂な声を上げた。


 この流れは完全によりを戻す流れだろ!というか、ちゃんと別れた感覚というのがないのだが……


 「今は……ダメだ。今は色々あって、玲羅にかまってあげられない」

 「別にいい!私は翔一の隣に入れればそれで!」

 「ダメだって!それじゃあ、俺が玲羅に甘え切っちゃう!」

 「いいじゃないか!もっともっと甘えてくれ!胸だって貸すぞ!」


 物理的に貸してやる。自慢じゃないが、大きいものを持っていると自負している。これで抱きしめられたら、癒されるものだろう?


 「なんか。変な漫画の影響受けてる?」

 「ふふ、違うな。私は翔一に変えられたんだ」


 そうだ。こんなエッチなことを考えてしまうのも、翔一のことしか考えられないのも、全部この男が変えてくれたからだ。

 だから、翔一は私のそばにいる義務があるんだ。


 「俺は……玲羅を傷つけたくない……だから俺とは……」

 「ふむ、ならおかしいな。私は翔一に拒否されたら傷つくぞ」

 「くっ……そ、そうだ、これから練習だから……」

 「私もついていく」

 「……」

 「だから言ってるだろう?私と愛し合えばいいんだ」


 そう言って、私は翔一を責め続けた。そして、最後のダメ押しにと、もう一度唇を奪った。

 キスをすればするほど、翔一への好きがあふれてくる。もう、私はダメになってしまったのだろうな。


 そんな私の行動に押されたのか、翔一が無言で抱きしめてくれた。


 しばらくの沈黙の後、翔一は私の耳囁いてきた。


 「めんどくさいし、重いし、かまってやれないときもあるぞ」

 「別にかまわない。私は翔一が隣にさえいてくれればいい」

 「結構、女友達多いぞ」

 「浮気しなければいい」

 「寛容だな……」

 「そうだ。こんな優良物件は私だけだぞ。一途で、エッチで、大きくて、翔一が大好きなのは」

 「まだ、間に合うのかな……」

 「私は別れたつもりはない。だが、今なら毎日キスをしてやろう」

 「いつも通りじゃんか」

 「そのいつも通りが、この数日間。どれだけキスが欲しかったか」

 「悪かったな……もう、寂しい思いはさせないから」


 その言葉を聞いた私は、翔一の手を握って、私の彼氏の体に飛び込んだ。

 翔一の胸板は、大きくて分厚い。本当に鍛えられたカッコいい体だ。私は将来、この体に征服されてしまうのだろうな……


 ちょっとゾクゾクしてきた。


 「はあはあ翔一……」

 「ふぁ?玲羅!?」


 少しばかり興奮してしまった私は、翔一のシャツのボタンをはずして、上半身を露わにした。さすがに翔一は驚いて、変な声を出していた。


 私はというと、翔一の胸を自身の舌で舐めた。


 翔一が「ひゃん!?」と声を出したが、お構いなしだ。


 「れろ……翔一の心は傷ついてるんだ。だから、私が舐めてあげる」

 「ちょ、すごい変なことしてる!だ、誰か!ヘルプ!」

 「ぐへへ……しょういちの香りだぁ」

 「クソ!可愛い!」


 こうして私たちはよりを戻した。


 すっごく幸せだ。

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