第53話 決壊
「まず、翔一は童貞じゃないわ」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
そうやって驚いたような声を出す玲羅。
真実を知る私にとって、その意味を理解するのに少し時間を要した。
「ああ、決して翔一がレイプ被害に遭っていたわけじゃないわ。むしろ、抱いたのは翔一の方よ」
「……」
「翔一の初めてがあなたじゃないとわかって思うところがあるのは理解できる。でもね、ちゃんと事情を知ってほしいのよ」
「わ、わかった。話してくれ」
玲羅の答えを聞いた私は、過去に起きたこと、翔一の悲劇について話し始める。
「あまり深入りすると、あなたが危険だから私たちの家を詳しく教えるのは避けるわ。安心しなさい。もう私たちは直接的な関りを断ってるから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうね。あれは夏休みの1日だったわね。翔一の悲劇が始まったのは。でも、私たち、条華院美織、椎名翔一、そして姫ヶ咲綾乃の3人の幼馴染の悲劇は、もっと前から起きていたのよ。
始まりは夏に入りたての7月。綾乃が犯された。
翔一の婚約者であった彼女は、自身の姉の男たちに輪姦された。
お世辞にも気の強いと言えなかった彼女は、写真で脅され、翔一を傷つけると言われて、ずるずると男たちに体を許していたの。でも、綾乃の心はやつれていくばかり。
私たちもその変化には気付いたけど、彼女が「大丈夫」と、言うので、私たちはあまり深くは詮索できなかった。
私たちも家の事情でだいぶ参ってしまったことがあったから、そのたぐいだろうとも考えたしね。その時は、綾乃の姉が異常だなんて思いもしなかったから。
いや、翔一はなんとなく勘づいてはいたわね。なんか嫌い、って。
そうしてやつれて、そして壊れて行った綾乃は次第に泣くこともなくなっていった。
私たちはさすがに異常だと、夏休みに入ってから調べ始めた。でも、その時にはすべてが遅かった。ことが判明したころには、しっぽ切りがすべて終わっていて、綾乃もぐちゃぐちゃにされた状態で放置されていた。
その時は、私たちに介抱されて泣きじゃくっていたけど、多分死ぬ気じゃなかったと思うのよ。
でもね、あとから翔一から聞いたら、あの2人はその日から一緒に寝泊まりをし始めたの。
でも、翔一は最後の大会の準備で忙しくなっていって、夜しかまともに会話ができてなかった。しかも、その時期には学校中に綾乃が処女じゃなくなったという話だけが出回って、簡単にさせてくれるとかふざけた噂が立ち始めたの。
その噂のせいで綾乃はまた壊れていって、ついに翔一にこう言ったのよ。
「ごめんね、ショウくん……私、汚されちゃった……だから、私をね―――抱いて……」
翔一はそれに応えた。いや、そういう状況にどうすればいいのかわからず、流されたというのが正しいかもね。
でも、当時の翔一にとって大事な婚約者からの申し出だったから、多分嫌な気はしてなかったんじゃないかしら?
翔一は言ってたわ。
できるだけ優しく、温かさを感じたうえで気持ちよくなってもらうように頑張ったって。綾乃も「優しくて、気持ちよくて泣いちゃった……」って言ってた。でも、彼女は体を交えた時に決心してたみたい。
体を重ねた次の日、翔一がショートケーキを作って綾乃のところに向かうと―――
「綾乃、お前が好きなショートケーキを……あ、綾乃……?」
―――首を吊っていたの。
翔一が駆けつけたころには手遅れ。姫ヶ咲家も蘇生をさせなかった。自殺なら本人の意思。蘇生申請は出さないって……
もちろん私たちは抗議した。でも、家の人間の意見は変わらず、結局綾乃は火葬されたわ。
でも、事件はそれだけじゃ終わらなかったのよ。
私は翔一を慰めたわ。もちろん、性的な意味じゃないわ。
でも、どこからか写真が流出したの。2人が体を交えて、綾乃が泣いてるところを。
事情を知る私は、綾乃がうれし泣きしているとわかる。でもね、みんなは写真に添えられたある言葉を信じたの。
『椎名翔一が無理やり泣いている婚約者を犯して、自殺』
この一文のせいで、翔一の人生は壊れた。
部活内でも立場を失って、エースナンバーをはく奪された。
クラスでも侮蔑の言葉を投げられ続け、翔一を応援していた人も手のひら返しで罵倒した。それだけでも翔一を追い詰めるのは十分だったのに、最後の最後まで翔一のピッチャー降格に対して抗議を続けた翔一の親友が、翔一を拒絶したの。
大会で優勝した後、キャッチャーをしてチームを引っ張った彼は瞬く間に学校で人気になり、上がった評判を下げたくないがために、彼は翔一を拒絶した。
親友だったのによ。私は憤慨した。でも、翔一はすべてを諦めていた。
なぜかって?大会に優勝した日。翔一の両親が事故死したの。
まあ、あれは確実に事件性をはらんでいたけど……
大変だったわ。あの時の翔一は。急に発作的な状態になって、色々なものを破壊したわ。しかも、質の悪いことに発作期間中は記憶が飛ぶのよ。だから、対策の方法もなかった。
あまりの壊れ具合に、結乃が泣いたものだから、翔一と私は家を出ることにしたの。
一般人として過ごして、一生を終える。ぶっちゃけ、私も翔一も生涯独り身のつもりだったのよ。
でも、翔一はあなたに―――天羽玲羅に一目惚れした。
びっくりしたわよ。誰よりも内面を気にしていた男が、「惚れた……」とか言うんだもの。まあ、おそらく目つきとかだけで、性格の良さも見抜いたんでしょうけど。
最近まで、幸せそうに見えていたけど、翔一は夏休みという短い期間だけで、婚約者、親友、両親、尊厳、プライド。ほぼすべてを失った。だから、私は天羽玲羅に期待した。
翔一の凍り切った心を溶かし切って、翔一の時間を動かすのではないかと……
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話し終わった私は、玲羅の方を見た。
辛そうな表情で私を見ていた。ど、どうして私をそんな目で見るの?
「辛かったんだな、美織」
「なに言ってるのよ。辛かったのは翔一よ」
「じゃあ、お前の頬を伝ってるそれはなんだ?」
「え?」
玲羅の言った場所を、手で拭うと少し湿っていた。そこで気付いた。泣いていることに
「辛いなら我慢しなくてもいいんだぞ?翔一も大事だ。あいつも本当につらい目に遭っていたと、聞いただけだが、痛いほどわかる。でも、美織も大事な友人を失っているのではないか?」
「……っ」
「我慢するな。私はそんなお前を受け入れる―――友達だから」
「―――っ!?……うぅ」
なんでよ……なんで自殺なんてしちゃうのよ!
私は我慢できずに、決壊してしまった。
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