第32話 日本晴れ

 『現場より中継です。

 現在、公開されている情報によると、留置場より脱走した猪狩容疑者は拳銃を所持し、京都駅近くのホテルで修学旅行中の中学生たちを人質にし、立てこもっているそうです。

 人質には京都拘留所の女性警官が一人、中学生が7人だそうです。犯人は、逃走用の車と現金3億円を要求しているとのことで、警察との交渉が進んでいるようです』


 ――――――――


 凶悪犯罪者がホテルに侵入したということで、椎名たちがいた部屋の人たちを除いて、生徒たちは避難して、今は安全なところで待機している。


 人数が多いということで、警察署の方での保護は難しく、他のホテルに移されていた。


 思いがけずに、前のホテルより料金が高いところに無料で泊まることができたのだが、生徒たちはそれどころではない。

 それもそのはずで、人質の中の奏という女子生徒は、校内でも有名な女子生徒で彼女の友人も多いのだ。


 そんな生徒たちの中、ひときわテレビに注目する生徒がいた。豊西直樹だ。

 人質の中には、部屋班で同じ班だった生徒の椎名翔一がいる。そして、なにより、今は絶縁状態ではあるが、元幼馴染の天羽玲羅もいる。自分の知っている人が2人も死の淵に立たされている。


 不安で不安で仕方がない。


 人質にされている以上は、携帯で連絡するわけにもいかない。現状を把握できないという事実も、豊西を焦らせる原因になっていた。


 「豊西、そんなにそわそわしても事態はいい方向に転ばないぞ」

 「じ、じゃあどうすればいいって言うんだよ!」

 「翔一たちの無事を祈るしかない。あいつらを助けるのは警察の仕事だ。だが、もしかしたら―――」

 「もしかしたら?」

 「いや、なんでもない。だが、いざとなったら何かが起こるさ。あの時と同じで」

 「……?」


 豊西の隣でテレビを見ている男子生徒―――蔵敷の落ち着きようを見て、一瞬豊西は彼を冷酷な人間だと決めつけそうになったが、彼の手を見て、失礼だと思いなおした。

 なぜなら蔵敷の手は、強く握りしめられて震えていたから。


 「そういう蔵敷君も焦ってるね」

 「はっ、そんなことねえよ。俺はこれでも元ヤンだぞ?」

 「元ヤン、てよりも元チンピラ―――元チンのほうがいいんじゃないかな?」

 「ぶっ飛ばすぞ」


 そんな会話で緊張が少しだけ緩和されたのか、本当に少しだけ微笑を浮かべられるくらいに回復していた。2人は、人質の無事を再度心から祈るのだった。


 「ったく、蔵敷君は椎名君のこと信じればいいのに。彼が強いの、君も知ってるでしょ?結乃ちゃんのお兄さんだよ?」


 今回の修学旅行では、矢草の影は薄いが彼も翔一の友人。矢草は矢草なりに翔一の帰りを待つのだった。


 (お兄さん、結乃ちゃんを泣かせちゃだめだよ)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ちっ、早くしろよ!車も用意できねえなら、1人ずつ殺してくからな!ああ、そうだ。美少女をきれいな形で保存できるんだ。最後に俺の作品を作って、終わらせよう。それもいい」

 「や、やめてください!ここの子供たちはなんの関係もないんですよ!」

 「うるせえ!」

 「ぐえ……」


 部屋に突如として乱入してきた猪狩は、女性警官の制止の声を文字通り一蹴して黙らせる。

 蹴られた警官は、うめき声をあげてこちらに吹き飛んでくる。


 そして、今にも途切れそうな意識をつなぎとめているような目をして、こちらを安心させたいがために声をかけてくる。


 「大丈夫よ。私が必ずあなたたちを逃がしてあげるわ」

 「……それって、あなたが囮になるってことですよね?なら、嫌ですよ。逃がすならほかの人にしてください」

 「だ、ダメよ!もしかしたら、短い人生で最初で最後の大勝負になりそうな事件なのよ。なら、カッコよく助けさせてよ」

 「死んだら元も子もないので嫌です」


 第一、女性警官は両手両足を手錠でつながれている。いったい、何ができるというのだろうか?


 対して俺たちは、親指に結束バンドをつけられているだけ。おそらく、中学生ごときならこの程度でも十分という甘い判断だろう。だが、結束バンドは外す手段がある。ある程度、爪が伸びていることが条件だが……

 中々、難しいものだな


 ここは話でもして、時間稼ぎをしたほうがいいな。


 「なあ……」

 「あ?余計なことをしゃべると殺すぞ」

 「なんで氷漬けなんだ?ホルマリン漬けでも十分、鑑賞できるくらいには良保存状態で保てると思うんだが」

 「ホルマリンは扱いが面倒だった。氷でも凍らせ続ければ腐敗は抑えられる。それで十分だった。どうしようもなくなった頭は溶かして捨てたからな」


 おっと、ここでまさかの自白。なら、犠牲者は何人いるんだ?

 気になることは多い。だが、言葉は選ばなければならない。何人殺したは?よくない質問だろうな。


 「綺麗だったか?」

 「ああ、俺の惚れた女たちが寝ている姿のまま永遠に止まり続けてるんだ。美しすぎて昂ったよ」

 「……」


 ダメだ。異常過ぎて、どんな言葉をかければいいのかわからん。もう無理、ギブ。


 プルルルル


 と、いきなり猪狩の電話が鳴る。

 内容は聞こえなかったが、猪狩の様子から要求を渋られているのだろう。


 「ちっ、もういい。そこの女から殺す」

 「ひっ!?」


 そうして、銃口の向いた先は玲羅だった。

 クソ!もう少し様子を見ようと思ったが……てか、間に合わねえ!


 男が引き金を引く寸前に俺は、玲羅に向けられた銃口の前に立った。もちろん、結束バンドなんぞ話しの途中に外れてる。


 ズガァン!


 耳が痛くなるほどの爆発音がした後、俺はその場に倒れこんだ。

 その姿に、その場にいた全員が驚いていた。中でも玲羅は、なにが起きたのか理解できず―――いや、理解するのを拒否しているかのように硬直した。


 だが、現実というのは非情で、なにがなんでも理解しようと脳は働く。


 そして、俺が死んだと結果が出され、玲羅は絶叫した。


 「あ、あああああああ!翔一!い、いやああああああああああ!」

 「なんで、結束バンドが外れてんだ?まあいいか。おい、どんどん殺してくからな。30分以内に車だけでも用意しろ。さもなくば、もう一人殺す」

 「翔一!翔一!死んじゃだめだ!私を一人にしないでくれ!そばにいてくれ!もっと……もっと愛してくれ!もっと、私にご飯を作ってくれよぉ……うぅ……翔一ぃ」

 「うるせえな、殺すぞ!」


 そう言って、俺の体を踏みつけようとした男の足を妨害するように、玲羅が俺の上に覆いかぶさってくる。


 「ダメだ!もう、翔一を苦しめないでくれ!」

 「いいなあ……お前、結構美人だな。決めた。お前は俺のコレクションにしてやる。逃げるとき、お前もついてこい」

 「うっ……うっ……」


 犯人は気色の悪いことを言うが、もはや大切な人を失った玲羅の耳には届かない。

 ただそこで、悲しみに暮れながら嗚咽を漏らすだけだ。


 しかし、無視された犯人は玲羅の髪を掴んで持ち上げる。


 「う……痛い……やめて……」

 「はっ、てめえが俺の話を無視するからだろ」

 「なんとか言ってみろよ!」

 「……なんとか」

 「クソアマ!」

 「うっ……」


 玲羅の返しが相当頭に来たのだろう。美人だとほめた玲羅のことを投げて壁に叩きつけた。

 そんなことをされては、玲羅もうめき声を出すしかできない。


 もう目が死んでいる。

 ほかの班員たちは見ていられなかった。ほんの数時間前まで翔一の隣にいて、笑っていた姿を見ていたからなおさらだ。


 「ちっ、そんなにあの男のことが好きなら、未練すら残らないほどのズタズタにしてやるよ!」

 「……っ!?や、やめてくれ!」

 「もうおせえよ。見てろよ―――あれ?おい、死体はどこ行った?」


 俺の体にあらゆる傷を刻み込むために、猪狩が俺の方を向くと、そこにはあるはずの俺の死体が消えていた。

 どこにいるのかと、キョロキョロしていると、突然猪狩の視界が90度回転した。


 班の女子からは、猪狩が突然倒れたかと思えば、後ろから足を振り上げた俺が現れたように見えるだろう。

 俺の後ろ回し蹴りが、猪狩の側頭部を捉えたのだ。


 横方向に吹き飛ばされた猪狩は、頭を押さえながら銃口をこちらに向ける。


 「てめえ、なんで生きてやがる!」

 「質問がおかしいぞ。なんで生きてるかじゃなくて、なんで死んでねえかだ」

 「なにわけのわかんねえことを!―――なっ!?」


 猪狩は驚いたような声を上げる。その理由は、たしかに銃口が向いていたはずの俺が、いきなり照準が消えたからだ。それだけならまだしも、俺は銃口の手前。猪狩の懐に飛び込んでいた。


 俺はそのまま鳩尾にストレートを叩き込んで、怯んだところで腕をはたいて銃を部屋の隅に飛ばした。

 その反動か、猪狩の腕は両方とも後方に飛んでいる。チャンス!


 俺は転回で猪狩の背中に乗り、腕を持ったまま体をそらせる。

 ―――パロ・スペシャル


 「ぎ……ぎゃあああ!」

 「逃げようとしないほうがいいぞ。この技はいわゆるアリ地獄ホールド。逃げようとすればするほど、強烈に技が決まる」

 「ぐわあああああ!」

 「まあ、どのみち腕は砕くけど」


 ベキベキベキ!


 「ぎゃあああああああああ!?」


 部屋中に、乾いた音と猪狩の悲鳴が木霊す。だが、こんな程度じゃ事足りない。

 まだ、こいつにはこちらを殺す意思がある。


 だからこそ、意識を失うくらいの苦痛を与えてやる。玲羅を苦しめた痛み味わえ!


 ボキ!


 俺は、猪狩の右足に自身の足を下して骨を折った。ついでに左もやっておいた。

 そうすると、さすがに猪狩も意識を手放すしかない。


 それから全員の拘束を解き、身動きが取れるようにした。案外、俺に対する畏怖の感情というのは見受けられずに、むしろ生きてくれてよかった、と思われていた。


 「現場の制圧を完了しました。学生たちの保護をお願いします」


 女性警官は解放されると本部にそう連絡していた。


 ―――これで終わったな。

 俺はなんとなく人差し指を空に掲げて言ってみた。


「これにて一件コンプリート!インヴィンドは日本晴れ!」


あとがき

昨日の投稿でフォロワー5人くらい減った!マジワロタ!

いや、わかるよ。イチャイチャねーじゃんって。でもね、さすがにずっとイチャイチャは書いてるこっちが辛い。だって展開が一辺倒すぎるのだもの。だから、時々シリアス入るけど許して。

必ず、反動で玲羅がものすごい甘えるから!

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