第11話 好きな人のために覚醒するヒロイン

 時は流れて受験日当日


 今日は、俺と玲羅の受験の日だ。志望校は、あの偏差値の高いことで有名な希静高校だ。

 2人の結果次第で、俺たちの青春は決まってしまう。


 そんな気持ちになればなるほど緊張が生まれてくる。

 だが、それは玲羅も同じようで、彼女の手が小刻みに震えている。


 俺はその震える手を握って、玲羅の目を見る。


 「し、翔一?」

 「大丈夫だ。これまで勉強してきただろ?」

 「あ、ああ、してきたが―――落ちたらと思うと……」

 「安心しろ。落ちたら、俺も合格通知を蹴って玲羅と一緒に公立の一般受験を受ける」

 「し、翔一……」

 「いいか?俺は玲羅を絶対に一人にしない。約束する」


 俺はこうして玲羅を励ます。

 正直、俺は合格なんて余裕だ。落ちる要素なんてどこにもない。だが、時間が余れば余るほど玲羅のことが心配になってしまう。


 だが、ここは玲羅を信じるべきだ。落ちたら落ちたで仕方なかった。それだけのことだ。

 公立校なら玲羅でも余裕だ。最悪、そちらの学校に通えばいい。


 「じゃあ、頑張って」

 「ああ、来年はお前が受験なんだから、この雰囲気に慣れとけ」

 「もう、お兄ちゃんは私が緊張するタイプだと?」

 「それもそうだな」


 そういえば結乃はこういう場では緊張するタイプの人間ではない。

 心配は無用だろう。


 その後は、玲羅とともに希静高校の中に進んでいった。

 狙うは合格。それ以外はあり得ない!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 受験開始から数十分・数学


 かりかりかりかりかり


 俺は、国語の後の受験科目の数学を解いているのだが、簡単すぎてあくびが出そうだ。ぶっちゃけ暗算でも解ける。

 だが、途中式を書かないと減点対象になってしまうので、俺は仕方なく書いている。


 そこからものの数分後―――


 終わった。


 俺はあまりにも早く終わったので、どんな人が受けているのかと思い、周りを見渡す。

 すると、隣の生徒が難しい顔をしていた。


 少しの間、首をひねらせて考える様子を見せた後―――


 (終わった……)


 諦めるなよ……


 隣の人が受験をあきらめたからと言って、俺はどうすることもできない。ただ、この人が自力で合格点を出すのを願うだけだ。


 さて、玲羅はうまくやっているのかな?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 時は少しさかのぼって、翔一と玲羅が分かれた後


 受験教室の場所の違う二人は、受験が終わるまでの2時間離れ離れになってしまった。

 玲羅は、それのせいで、受験の緊張プラス一人になった孤独感のせいで余計に手が震えていた。


 だが、彼女は気丈にふるまい、まるで自分が緊張していないかのようにしていた。

 今の玲羅が緊張しているとわかるのは、本当に彼女と長い間過ごした者か、濃い時間を過ごした者のみだ。


 話は戻って、彼女が教室に入ると、少しだけ騒がしい空間が急に静かになった。

 だが、玲羅はそんな状況に意を介さず、自分の座席を確認して着席する。


 (か、可愛い……)

 (なにあの子……めちゃくちゃ綺麗じゃない……)

 (やばい……踏まれたい……)


 玲羅が着席した瞬間、その場にいた人たちの関心はすべて玲羅に行く。

 だが、彼女はそんなことは気付いていない。緊張で自分しかその世界にいないのだ。


 長くきれいに伸ばされたストレートの灰髪に、猫目が目立つ端正な顔。細身ながらも出るところは出ている完璧なプロポーションとも言える肢体。

 そしてなにより、制服のスカートから出ているスラっと伸びた脚。

 その場にいる全員を釘付けにすることなど容易な容姿をしている。

 

 そんな姿をしているものだから、この場にいた男子は合格へのモチベーションを高める。

 だが、その中にはよからぬことを考える男子もいるわけで……


 「ねえ君」

 「む?なんの用だ?」

 「試験が終わったら食事でもどう?一緒に採点し合おうよ。それにご飯おごるよ?」

 「……」


 そうやって、玲羅に声をかけてくる男子もいて、玲羅は受験に一抹の不安をおぼえていた。


 (まずい……こいつが邪魔で最後の勉強ができない……このままでは)

 (ふふ、悩んでる悩んでる。俺みたいなイケメンが相手なんだ。お前みたいな上玉こそ、俺の隣に立つ資格がある)


 2人の考えていることは見事に違っていた。

 玲羅に話しかけてきた男は、確かにイケメンだが玲羅的にはあまり言動が気に入らないようだ。


 (はあ……翔一なら、こういう時に邪魔なことはしないだろうな。それどころか私がやりやすいようにフォローしてくれるだろうな。それに比べてこの男は、人の邪魔ばかり……お前になんて興味ないんだよ!)


 そう心の中で毒づくと、玲羅は男を見て言った。


 「邪魔だ。お前のような緊張感もなく、空気も読めない。それだけならまだしもあまつさえ受験会場でナンパだ?ふざけるな。もっと自分というものを磨きなおしてから出直してこい」


 ―――翔一のように


 とは言えずに、きつい言葉を投げつける玲羅。

 さすがに翔一のことが好きだと自覚しても、それを第三者に言うのはとても恥ずかしいのだ。


 玲羅の言葉を聞いた男は、彼女のあまりの勢いにビビってしまい自分の席へと戻る。

 それから受験監督が来るまで、その男はその場のほぼ全員に笑われていた。


 だが、玲羅は対照的に静かになっていた。

 先ほどの言葉を考えた際に、翔一の顔を思い出して、自分がなんでこの学校に行きたいのか思い出したのだ。

 彼女は好きな人とともに青春を送りたいのだ。


 だから今まで勉強を頑張ってきた。優しく教えてくれる翔一になんど感謝したかわからない。だから、玲羅はなにがなんでも合格して、2人で喜び合いたいのだ。


 そう思うと、自然に玲羅の中に力のようなものが湧いてきた。


 「それじゃあ試験を始める。あらかじめに言っておきますが―――」


 玲羅の戦いが今始まった。


 試験が始まって数十分

 玲羅の筆の速度はとどまることを知らなかった。


 (すごい!すごいぞ!前までは難しいと思っていた問題も全部簡単に解法がわかる!やはり翔一のおかげだ。お礼を言わないとな)


 翔一とみっちり勉強したのが功を奏したのか、玲羅はほぼすべての問題をノンストップで解くことができ、試験時間を20分以上残して試験を終わらせてしまった。

 前の時間の国語すらもとんでもない速度で終わらせ、彼女は一つの余裕すら感じていた。


 彼女は数学もその勢いで解いていたのだが、玲羅は翔一の言葉を思い出す。


 『玲羅は計算も正確で申し分ないくらいに解けてる。でも、その自信からはわからないけど、見直しの時やり方を妄信しすぎて、確認が確認になってない。だから、解き方を一度忘れてから解きなおしをしたほうがいいよ』


 そして、玲羅の前には苦手だった証明問題。

 この問題も五分とかからずに解くことができた。


 だが、絶対にあってるという自信がない。


 (時間はまだある。もう一度解いてみよう)


 そう考えると玲羅はその問題をやり直す。

 すると、最終的に出た答えは先ほどとは違うもの。そんな結果が出た玲羅は、さらにもう一度解き、三回目の答えは二回目のものと一致した。

 よくよく見なおしてみると、玲羅は一回目の回答時に、代入ミスをしているのに気付いた。


 急いで回答をなおして試験終了時間の鐘がなる。


 希静高校の試験科目は数学と国語の二科受験。だが、二教科の難易度はほかの高校の比ではなく、合格することが難しい。

 だが、今の玲羅が解いたなら、ほぼ間違いなく合格といっていいほどの結果が出せているだろう。


 (早く、早く翔一とご飯が食べたい……)


 試験を終わらせた玲羅は、今が昼時だということを思い出し、翔一への思いを馳せながらお腹を空かせるのだった。

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