第5話 推しヒロインに泣かされる俺
「―――皆さんも、もうすぐ受験も近いのでくれぐれも問題を起こさないように。じゃあ、挨拶」
「起立、気を付け、礼」
「「「さよならー」」」
帰りのHRにて号令をした後、みんな思い思いに帰宅を始める。この時期は、スポーツ推薦組を除いて基本的に学校に残ることはない。私立みたいに自習室があるわけでもない。
それぞれが、塾や自宅で一般受験組が勉強しているのだ。
「じゃあな翔一」
「また明日、椎名君」
「ああ、またな二人共」
それは俺の友人たちも例外ではない。蔵敷は元々部活に所属していないし、矢草に関してはこれから塾だ。誰しもが受験に向けて死に物狂いになっているのだ。
唯一、私立の嘆願などで高校が決まっている生徒たちを除いて。
それはそうと俺は
しばらく待つと、玲羅が姿を現した。
「椎名、その、待ったか?」
「いや、そんなに待ってない。6時間目の終了の時間が同じなら、大抵同じくらいの時間に帰れるだろ?」
「それもそうだな。今日は、私の親にしばらく椎名の家にお世話になる旨を伝えねばならない。その……来てくれるよな?」
今日は玲羅の両親に色々説明しなければならない。さすがに彼女の親に無断で家に泊めるのは色々問題がある。
彼女のためにも、俺の欲望のためにも、必ず説得しなければ。
「いくよ。天羽の家は、
「私の家はここから20分くらい歩いたところだ。家の近くには駅もバス停も無くて、少し不便なのだがな」
「そんなにあったのか……じゃあ、行こうか。今日の晩飯の当番は俺だから、早く帰らないといけないしな」
「そうか、今日はお前の当番なのか……楽しみにしてもいいか?」
「任せろ!必ず胃袋を掴んでやるからな!」
「そ、それはどういう……」
会話が盛り上がって、俺は自分の好意を隠さないような発言をしてしまう。まあ、ラブコメの中の人物は過剰に鈍感だからこれくらいならバレないかな?
いや、ここまで言ったらバレるかな?
そんな俺の考えが的中したのか、玲羅がおずおずと質問してくる。
「その、お前は私のことが好きなのか?」
「うーん、隠す必要もないか、そうだよ」
「そう……なのか。昨日の言葉は本当なのか……」
え、昨日の夜?俺なにかした?マジで記憶が無いんだけど。
「もしかして、昨日、天羽のこと襲った?」
「違う、そういう事じゃない。昨日のこと憶えてないのか?」
昨日……?そういや、リビングで寝てたのに、なんで俺は、俺の部屋で起きたんだ?トイレ行ったとこまでは憶えてるんだけど……
「マジで俺なにしたの?ヤバいことしたのなら謝る」
「いや、頬を撫でられただけだ。案外、心地よかった」
よかった。頬を撫でるなんて気色悪いことこの上ないことしてるけど、玲羅の気を害したわけじゃなさそうだ。
「すまない、全然憶えてない。本当にやばいことしそうになったら殴るなりなんなりで止めてくれ」
「分かった。結乃を不幸にはしたくないからな」
「そういや、いつから結乃と名前呼びする仲になったんだ?」
「昨日の夜、色々話したからな。」
クソ、俺は名前で呼ばれてないのに……
「その、さっきの話……私のことを好きだという話だが……」
「ああ、嫌なら断ってくれ。だからといって、君を泊めるのを止める、なんて言わないから。」
「いや、そうじゃなくてな。まだ私は気持ちを吹っ切れていない。それに整理もついてない。だから、返事は少し待ってくれないか?」
玲羅は、純粋で真面目だ。だから、中途半端な気持ちでは絶対に付き合わない。多分、初めて付き合った人と一生を考えるくらい。
でも、俺も同じだ。一生、玲羅の横で過ごしたい。それくらい好きだ。結婚したい。
「天羽がそこまで真面目に考えてくれると嬉しいよ。いい返事期待してるよ。」
「あ、ああ。その、待っててくれ。」
それからほどなくして天羽宅の前に着いていた。
ここからは俺の態度次第で展開が大きく変わる。下手なことをしないようにしなければ。と、言っても玲羅の両親は優しいし、勘がいい。純粋に玲羅を助けたい気持ちがあればわかってくれるはずだ。
そんなことを考えていると、玲羅が家に入るように誘導してくる。
「さあ、上がってくれ」
「お邪魔しまーす」
「あら、お友達?珍しいわね、豊西君以外の男の子を、玲羅が連れてくるなんて」
帰宅すると同時に若い女性が、家の奥からやってくる。あまりにも若すぎて、玲羅の姉と間違えてしまいそうだが、俺は原作を読んでいるので間違えない。
「こんにちわ。天羽のお母さん」
「あら?玲羅の姉と間違えられなかったのは、初めてかしら?凄いわね」
「いやー、それほどでも―」
「そうなのね、私はもう若く見られないのね……」
そう言いながら、天羽母は俯く。かなりどす黒いオーラが出ている。
ぶっちゃけめんどくせえ!別におばさんとか言ってねえじゃん。
「母さん、あんまり椎名を困らせないでくれ」
「椎名君っていうのね?椎名なに君?」
「椎名翔一です!気軽に翔一って呼んでも、愛称でもいいです。あ、でもショウちゃんだけはやめてください」
「あらー、いい子ね。翔一君って呼ぶわね!」
「母さん!なんでそんなにすぐに打ち解けるんだ!」
玲羅の言葉通り、俺と天羽母とはすぐに打ち解けた。これで、話もつつがなく進むかな?
俺が、「ショウちゃん」と呼ばれるのが嫌な理由はそのうちわかる。
なぜか漫画内での展開や施設などを除いて、この世界は前の世界と同じだ。つまり、あのクソ女もこの世界にいるってことだ。
「母さん、話があるんだ。少し、時間を取ってもらえるだろうか?」
「あら、珍しい。前から言ってるけど、境遇が辛いから高校進学は諦めるなんて話は聞かないからね」
玲羅、そんな話をしていたのか……
俺が支えてやらねば。
「今日は違うんだ。少し話し合わなきゃいけない内容だから、リビングに行っていいか?」
「いいわよ。翔一君もこちらにいらっしゃい」
「お邪魔します」
そうして玄関から少し歩くと、間取り的に1階の一番広い部屋に案内される。
「じゃあ二人共、ソファに座って」
「失礼します」「……」
俺と玲羅の対局側に、天羽母が座る。てか、ソファでかっ!?コの字型にしてもでかすぎないか?
「それで話って?」
「単刀直入に言う。しばらくの間、椎名の家に泊まらせてくれ」
「どうして?」
その質問に、玲羅は静かに答え始める。
「私は、ありもしない罪を着せられて、周囲の人間が離れていくのを目の当たりにした。でもこいつは―――椎名は、私を信じて、昨日私を迎え入れてくれた。でも、私は考える時間が欲しい。豊西に会う事のないところで……。この年齢で男と同棲というのに反対というのはもっともな意見だ。だけど、どうかお願いだ。私に、考える時間をくれ。少しだけ気持ちの整理をしたい。」
「ふーん……。それで、その翔一君は信用できるの?」
「信用―――出来ると思う。今日の学校でも、私を助けるために行動してくれたから」
「そう。じゃあ、翔一君と話がしたいから、玲羅は自分の部屋で待ってなさい」
「わかった」
天羽母に自室にいるように言われた玲羅は、特に何も言う事無く、2階に上がっていった。
完全に玲羅の気配が無くなったところで、天羽母が話を始める。
「最初に質問だけさせて、あの子を襲わないって約束できる?」
「約束しなくてもしませんよ。たかだか一回の過ちで積み上げてきたものを壊すほど愚かじゃありません」
「そうなのね……でも、なんで玲羅を助けるの?」
「好きだからです。彼女は俺が失ったものを取り戻してくれたんです」
「失ったもの?」
「長くなりますけどいいですか?」
「……まあ、いいわ」
俺は天羽母の質問に答えるために長話をする許可をもらった。先刻も言ったが、過去については元の世界と一致していることが多い。だから、俺の過去の痛みは変わらない。
体の傷も、心の傷も、そして初恋も―――
「うちの家系、有名な武術宗家だったんですよ。空手、柔道、剣道、etc.
あらゆる武術に引けを取らない武術―――白亜幻竜拳を心構えとする家系でした。でもそんな家に生まれながら俺は、武術ではなく野球をすることを選んだんです。先を読む能力、フィジカルなど武術においての能力、しかも勉強ですらも稀代の天才と言われた俺がです。
当然親戚からは小言をよく言われました。でも両親は、そんな俺を支えてくれた。だからですかね、色々なところから反感を買った。
そんな俺にも幼馴染がいましてね、名前は│
そこそこどころか、とんでもない金持ちで天真爛漫ないい子でした。そんな姿に幼いながらに惚れました。遺書で知ったんですが、どうやら彼女も俺のことが好きだったみたいです。婚約者だったから一緒にいることも多かったですし、向こうなんか俺と父しか男を知らないというレベルの箱入り娘でしたからね。
学校では、おしどり夫婦とかからかわれてましたね。でも、その幸せは長く続かなかった。彼女は自殺したんです。
彼女の姉の口車に乗せられた、軽薄な男に襲われて……
中々、立ち直れなかった。当たり前ですよ。ずっと好きだった女の子が自殺したんですから。でも、不幸って重なるんですね。それからすぐに両親が、事故で死んじゃって、残された家族は俺と結乃だけになっちゃいました。
俺が立ち直ったのは両親が死んで、棺の前で大号泣している結乃を見たからです。ああ、もうこいつには俺しかいないんだって。
そう思った俺は、親戚にたらい回しにされながらも妹の傍を離れませんでした。それからこの町に来て心をすり減らしながら生きている中一人の女の子が目に入りました。
誰でもない、玲羅さんです。
最初は、雰囲気とか彩乃に似てるなって思ったくらいなんですが、見てるうちに段々、彼女の笑顔が見たいと思うようになってました……
だから、今回のことを―――暴力事件のことで玲羅さんが嘘を言っていないなんてことを信じるのなんて簡単でした。だって、彼女は素直で純情で優しい人で、俺にもう一度恋心を植え付けてくれた子ですから
分かってくれました、俺の過去の話?」
「そう……大変だったのね……そして、玲羅を助けてくれてありがとう」
そう言う天羽母は、聖母のような笑みを浮かべる。生きていたころの俺の母さんを思い出してしまう。
「感謝されることじゃありませんよ。むしろ勝手に好きになってすいません。」
(今の話が嘘だとは思えない。はくなんとか拳も聞いたことはないけど、たぶん中二病ってわけでもなさそうだし……
それに玲羅が信じれるって言ったのならそうなのでしょうね……あの子、そういう人の本性を見抜く勘は鋭いから)
天羽母がそう考えると、彼女にとって玲羅がどちらの家にいるほうがいいのかと考えてしまう。結局、娘を大きく傷つけた人たちがいる家の近くよりも、そばにいて支えてくれる人がいる家のほうがいいのではないかと思えてくる。
「じゃあ、玲羅のこと頼めるかしら?」
「任せてください。責任をもって、うちで預かります」
「あの子を助けてあげてください」
「言われなくてもって、感じですね」
話を終えると、少しの間気まずい雰囲気になる。しかし、すぐに天羽母が口を開く。
「そうだ、玲羅を呼んできてくれない?もう、それなりに待たせちゃってるでしょ?」
「そうですね。とりあえず許可が下りたことだけは伝えないといけませんね。」
そう言うと、俺は立ち上がって階段の方に向かう。
「玲羅の部屋は、階段上がってすぐの部屋に、玲羅って書かれた札があるところよ」
「わかりました」
まあ、原作で知ってるんだけど。それは言わないでおく。ややこしくなりそうだ。
俺は階段を上がってすぐに、玲羅の掛札を見つける。
「天羽、話が終わったから下りてきていいってよ」
そう言うと、一呼吸おいてドアが開く。
「ああ、どう……だったんだ?私はお前の家……に、泊まっ……って、いい……のか?」
「どうした?なにかあったのか?」
ドアを開いた瞬間は、特に何もなかった玲羅だが、段々と目尻に涙がたまっていき―――
「わた……わた、しは……お……まえのことを……知らなかったんだ。だから……なにをすればいいのか分からなくて……昨日からお前に……よりかってばかりで……私は……なにも返せてない……お前を救えてない……」
そう言いながら、玲羅は俺を抱きしめてくる。
え!?え、急になに!?ちょ、ちょっと待って!
俺は半分ショートした頭で思考する。
「え、え!?急にどうしたんだ?」
「つら……かったん……だよな?いい……んだぞ。今はだれも……いない。だから、弱音を……言っても……いいぞ」
「まさか、聞いてたのか。やめてくれ、さすがに俺でも耐えられるものも……たえ……たえ……られなくなる……」
まずい、感情が制御できない。自然と涙が……弱音が……
思いがけない玲羅の不意打ちに、俺はほとんど涙腺が崩壊していた。
玲羅は、共感性が高いのか、俺の話を聞いただけで泣いてしまうような女の子。でも、そんな優しさが俺の心に棘の如く突き刺さる。
もう耐えられない……
「ずっと……ずっと一緒にいたかったのに……なんで、なんでだよ……なんで死んだんだよ……」
俺は、両親を失ってから初めて人前で泣いた。
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