第4話 この世界で一番理解しているのは

 (なんなんだあいつは!本当に……)


 朝、体を起こした玲羅は昨日のことを思い出して悶絶していた。

 なんでも、昨日の夜中に椎名翔一が部屋に入ってきて、頬を撫でられたと思ったら突然告白された。

 いままでそんな経験がなかった玲羅にとって、ただ寝ているふりをするしかなかった。


 (あいつは何をもって私を好きだと……い、いやこれ以上考えたら恥ずかしくて死んでしまう……)


 そう考えながらふと横を見ると、例の男と目が合った。すなわち椎名翔一だ。


 「~~~っ!?」


 目が合うと、どうしても恥ずかしくなって、顔が真っ赤になっていくのがわかって、玲羅は急いでリビングに駆け下りていった。

 なによりも恥ずかしいのは、翔一に頬を撫でられたとき、明確な気持ちよさを感じてしまったのだ。

 自分のことを好きだと言ってくれた人が優しく頬を撫でまわしてきた。困惑するし、嬉しいし、恥ずかしいしで、感情が迷子だ。


 (しかし、なんだろうかこの気持ちは……ほかの男なら気持ち悪いと思うはずなのに……

 この宙に浮いてるような感覚はなんだろうか?)


 階段を下りた先には、椎名翔一の妹―――結乃がいた。結乃は少しボーっとしながら階段を下りてきた玲羅を見て何かあったのではないかと思い、質問をした。


 「天羽先輩、何かあったんですか?なんか、リビングで寝てたはずのお兄ちゃんも消えてて…。」

 「あ、その……何でもない。お兄さんなら寝ぼけてたのか、深夜に部屋に入ってきてたみたいだぞ。」

 「え!?そうなんですか!?すいません、睡眠の邪魔しちゃって。」

 「いや、いいんだ。それよりその……」


 その挙動不審な玲羅に、結乃は盛大な勘違いをしてしまう。


 「は!?もしかしてお兄ちゃんが襲いました!?」

 「な、なあっ!?」

 「いやー、若さっていつ暴走するかわかりませんね。まさか、同じ学校の……それもとびきり美人の天羽先輩を襲っちゃうなんて……」


 結乃が勘違いを加速させ、玲羅はその反応にひたすら顔を真っ赤にしていく。しかも、玲羅はその時の想像を始めてしまう。


 『あっ、ダメだ……私なんかを抱いてしまったら……』

 『いいんだ。俺は玲羅がいいんだ』

 『そ、そこ触っちゃ……はんっ!?』

 『ほら、体は正直だ。我慢しなくてもいいんだぞ』


 「だ、ダメだ……わ、私たちは付き合ってな―――」

 「天羽先輩?」

 「どひゃああ!?」

 「わ、なに!?」


 結乃の声によって妄想から帰還した玲羅は、あまりの恥ずかしさに奇声を上げる。

 それと同時に、翔一が眠そうに目をこすりながら階段を下りてきた。


 「ふわあ、おはよ。朝からうるせえぞ……」

 「~~~っ!?ど、どこから聞いていた!」

 「……?玲羅が奇声を上げてたのしか聞いてないぞ」

 「じゃ、じゃあ聞いてないんだな?」

 「なにを?」

 「いや、いいんだ……」

 「―――?」


 自分の妄想が口に漏れていて翔一に聞かれたのではないかと心配になって、自分が名前呼びされていたことにも気づかない玲羅。

 結乃と玲羅のやり取りを見て、首を傾げる翔一。今朝の椎名家は、いつもより賑やかだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今朝から玲羅の様子がおかしい。

 十中八九昨日の夜に俺が何かしたんだろうが、一切憶えてない。


 現在、登校中な訳だが今日は一人だ。いつもなら妹と行っているのだが、結乃が「天羽先輩と行く」って言って、いつもより早く行ってしまった。

 しかも、あいつら弁当を忘れていきやがった。

 玲羅はいつも弁当を持参しているので、おそらく彼女の今日の昼食は持っていないだろう。


 昼休みにお腹を空かせながら一人で過ごしている玲羅を見たくはないので、俺のカバンの中には俺と結乃と玲羅の分の弁当が入っているので、めちゃくちゃ重い。

 これも全部玲羅のためと思えば、重さなんて感じないんだけどね!


 家から20分ほど歩いていると、学校が見えてくる。


 昇降口で上履きに履き替えて、教室に入るといつものメンバーに話しかけられる。


 「よお、翔一。」

 「おはよ、椎名君。」

 「ああ、おはよ。蔵敷、矢草。」


 こいつらは、クラスメイトの蔵敷くらしき矢草やぐさだ。どちらも中肉中背の男子で、転校初日から仲良くしてくれている二人だ。


 「二人は先に教室に行っておいてくれ。俺は結乃に弁当渡すから」

 「ああ、わかった。矢草は―――斎宮いつきは連れてかなくていいのか?」

 「い、いいよ。あんまり大人数でも迷惑でしょ」

 「まあ、そういうこった。人の心配するなら蔵敷も好きな人の一人や二人作れよな」

 「うるっせ。俺にはもう嫁がいるんですー」

 「二次元を妄信するのも大概にしろよ。画面から出てこないんだから」


 俺の言葉に蔵敷は反論してくる。


 「わかんねーぞ。もしかしたらこれから科学が発展して、画面から出てきて『とおる君大好き!』って言ってくれるかもしれねーぞ」

 「……ねーよ。あと100年は出てこねえよ。画面内のキャラを有質の物体を得た存在として顕現させる技術なんてな」

 「お前……なんだかんだやり方を考えてくれてるじゃねーか!」

 「なぜそうなる……」


 俺はそんなやり取りをした後、結乃に弁当を届け、玲羅のクラスである1組に向かっていった。

 教室の前についた俺は、入り口の近くにいた女生徒たちに玲羅を連れてきてもらうように頼む。


 「なあ、天羽ってこの教室にいるか?」

 「え?天羽?やめときなよあんた。告白する相手くらい考えなさい。お高くとまってるくせに人を殴るような人なのよ」

 「いや、そういうのじゃないんだけど……」

 「じゃあなに?」

 「ていうか、あんたらに言う必要なくない?俺は天羽に用があるだけなんだけど」

 「ちっ、呼べばいいのね。呼べば。天羽、誰だか知んないけど呼んでるよ!」


 その声を聞いた玲羅は、顔を上げ俺の姿を見ると急に顔が真っ赤になった。それはもう『ボンッ』って音が立ちそうなくらいに。すぐに平常に戻った玲羅が慌てて俺のもとに来た。


 「な、なんの用だ……」

 「いや、昼休みに屋上に来てくれ」

 「なぜだ?」

 「来てからのお楽しみだ。とにかくなにも持ってくるなよ」

 「わ、わかった……」


 俺はそうして伝えたいことだけ伝えて立ち去ろうとすると、先ほどの女生徒がかみついてきた。


 「はっ、イケメンかと思ったら残念女に惚れるタチなのね。ダサ」

 「お、お前、私だけならまだしも、椎名のことまで……」

 「いいよ、天羽」

 「ふんっ、クソ女に惚れるのはクズ男しかいないのよ」

 「……っ!」


 そんな言葉に、玲羅は苦しそうな表情をする。

 はあ、見てられないな。


 「行こう天羽。こんな貧相なやつにかまう必要はない」

 「なんですって!?」

 「顔も貧相、体も貧相。胸もない。おまけになんだその貧相な性格は?」

 「は、はあ?人の体見るとかキモイんですけど!」

 「人がモテるから嫉妬して、そいつに隙が生まれたら攻撃する。そんなお粗末な胸しか持ってないから頭もお粗末になるんですかー?

 胸の大きさと器の大きさは比例するんでしょうかー?なあ教えてくれよ。お前が性格不細工なのは胸がないからですかー?」

 「キッショ、マジ死ね」

 「こっちのセリフだよ、ボケ」


 俺がそこまで言うと、女生徒は「し、Cはあるし……」とか意味の分からん捨て台詞を吐いて、その場を去っていった。


 当の玲羅はというと、俺のやり取りを見て相当おろおろしていた。俺がこんなにも悪口を言うとは思わなかったんだろう。


 俺はその姿に弁明したい気持ちがありつつも注目を集め始めていたので、自分のクラスの教室に向かうことにした。


 それからほどなくして、昼休みがやってきた。つまりは、弁当の時間だ。

 ちなみにうちの学校は、基本的に生徒の好きなところで食事を取って良いため、昼休みになると皆思い思いの場所に移動し始める。


 そんな最中、俺は早々に屋上に移動し、玲羅が来るのを待っていた。


 ガチャ


 俺が玲羅はいつ来るかなと思いながら待っていると、屋上の扉が開かれて玲羅が入ってくる。

 扉の端から人がいないか確認のためにひょこっと顔が出ている姿も非常に萌えポイントだ。めっちゃ可愛い!


 「天羽、こっちだこっち」

 「ほ、ほかの人はいないのか?」

 「ん?結乃でも連れてきたほうがよかったか?でも、あいつ友達多いしそいつらと飯食ってんじゃね?」

 「そうか……それで、なんの用だ?」

 「じゃあここに座って、これを開けて」


 俺は玲羅を隣に座るように指示し、玲羅分の弁当を手渡す。

 俺に渡された弁当を見て、玲羅は非常に驚いていた。


 「これは?」

 「天羽の分の弁当。一緒に食べよう」

 「……ああ」


 それだけ話して、俺たちは弁当を食べ始める。だが、その中では一切の会話がなく無言の時間が続いていた。

 だが、聞きたいことがあったのか、玲羅が意を決したように話しかけてくる。


 「椎名……さっきのことだが……」

 「ん?ああ、悪いな。クラスメイトにあんなこと言っちゃって。さらにいづらくなったんじゃない?」

 「そ、そんなことはない。クラスに嫌味や悪口を言われるのは最近では当たり前のことだから……」

 「当たり前にしちゃだめだよ」

 「え?」


 自信のクラスで玲羅がそんな目に遭っていたのか……。

 クラスが同じなのなら助けることができた。だが、今からクラスを変えるのはほとんど不可能だ。

 だから、励ましの言葉を送って少しでも玲羅の支えにならないと


 「みんなさ、天羽に嫉妬してんだよ。頭もよくてスポーツもできる。それにスタイルもよくて、顔立ちもキリっとして整ってる」

 「キリってイケメンに使う言葉なんじゃ……」

 「もちろん、恥ずかしがってる姿は可愛いよ。みんなそんな天羽に嫉妬してたんだ。そこで、暴力事件というネタができた。だから攻撃される。でも、それはやっていいことじゃないし、受け入れていいことでもない」

 「だが……」

 「ああ、誰もがそれを理解しているわけじゃない。みんな、天羽が犯人だからという免罪符のもとに攻撃をしている。でも、天羽は犯人じゃないんだろう?」

 「そ、そうだ。私は暴力なんてふるってない!」


 玲羅は力強く無実を訴えてくる。だが、俺はそんなこと知っている。俺が知っているかどうかはそこまで問題じゃない。


 「楽しいなら笑って、辛いなら泣くんだ。そうやってやせ我慢しても苦しいだけだぞ」

 「椎名……」


 俺の諭しに玲羅は一つ気付いた。


 (そういえば、椎名の奴、私の胸をちらちら見てこない……。

 ほかの男子とか豊西は、私と話をするたびに見てくるのに、この男は見てきていない)


 そんな俺の行動を思い返して玲羅は理解した。俺が下心なしで自分を助けようとしていることに。

 いつでも、自分のもとに手を差し伸べてくれていることに。


 そう考えると、玲羅は徐々に目元が潤んでくる。


 「わ、私は……どうすればよかったんだ。どんなに弁明しても誰も信じてくれないのに……」

 「俺がいる」

 「椎名……」

 「世界中の誰が敵に回ろうと、俺は天羽の味方だ。だから辛くなったら俺を頼れ」

 「ぐす……椎名……ありがとう……」


 それから玲羅は、ここ最近我慢していた涙を俺の前で流した。

 大丈夫

 この世界で玲羅を一番理解しているのは俺だから




 【あとがき】

渡会りび子さん、レビューありがとうございます!

今後も期待の添えるように頑張ります!

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