第3話 ヒロインに主人公と同じ学校に行ってほしくない俺

 玲羅が風呂から上がった後、俺も風呂に入った。冷えた体を温めてから上がってくると、リビングで黙々と餃子を作っている妹と玲羅の姿があった。


 「俺もやるか。結乃、今どのくらいできてる?」

 「うーん、もう少しで終わるんじゃない?今日は天羽先輩もいるから終わるのが早いなー♪」

 「お前、今まで俺に全部やらせてたろ?なに天羽がいるからって作業してるんだよ」

 「なんのことかなー?じゃ、お風呂入ってきまーす」


 相変わらず結乃は、お調子者だ。だが、それが結乃のいいところだ。


 結乃が浴室に向かった後、二人の間に無言の時間が続くが、玲羅がそれを破るように話しかけてくる。


 「妹と仲がいいんだな……」

 「まあな。さっきも言ったけど、仲がいいに越したことは無いだろ?それに身寄りが俺しかいないからな」

 「それは、どういう……」

 「引っ越してくる前に、両親が事故に巻き込まれて死んだ。ほぼ、殺されたようなもんだけどな。それから兄として、出来るだけ結乃を助けてきた。親戚をたらい回しにされて、最終的に厄介払いの形で叔母が引き取って、最低限よりちょっと多いくらいの仕送りで済まされてるんだ」

 「そう……だったのか…。聞いて悪かった」

 「いいよ。でも、極力両親の話は結乃の前でしないでくれ。喧嘩ばっかりしてた俺と違って、あいつは両親が大好きだったからな」

 「わかった、約束する」


 再び沈黙の時間が流れる。


 彼女は、まだ戸惑ってる。豊西にフラれたショックと、冤罪で犯人に吊るしあげられたトラウマで。ラブコメあるあるとして、主人公がヒロインのあらゆる問題を解決する。なんてことはあるが、俺自身がそれをすることは、大したことじゃない限りやらないと思う。


 なぜなら確実に玲羅の人としての成長が阻害されてしまうからだ。


 「私はどうしたらいいんだろうか……」


 言った傍から、聞いてきやがった。玲羅のことは好きだけど、こういう姿勢は人として良くないと思う。だから、俺は答えないことにする。


 「それは自分で考えることだ。他人に答えを委ねるな」

 「確かにその通りだが……」

 「今まで豊西がそばにいて自分の道を示してくれた。だから悩まなかった。でも、それは玲羅本人として正しいものなのか?」

 「……っ!?その通りだ。私は、依存しすぎていたのかもしれないな……」

 「依存することも、頼ることも、それは愛の形のひとつ。別に悪いことじゃない。でも、我を失ったら、その人は自立した人と言えるのだろうか?」

 「それは……」

 「まあ、難しいから簡単に言うと、自分の未来は自分で決めろって話だ」


 玲羅は、物語中に主人公とのイベントがいくつもあった。今考えてみれば、八重野と主人公のイベントに対しての数が異様に少なかったが、確かに存在はした。


 でも、どうしても気になる。主人公を好きになっていく人に聞きたかった。


 「そういえば、あの主人公豊西のどこがいいんだ?」

 「それは……っ!カッコいいところとか……」

 「スポーツがか?部活やってるやつが人よりスポーツが出来るのは一般的だ。」

 「っ……人より優しいところとか……」

 「お前のことを信じてくれなかったのに?」

 「お、お前は何なんだ!私の好意を否定しないでくれ!」


 俺の茶々に玲羅が涙目になりながらキレた。当たり前だ。好きな人のことを侮辱されたんだからな。


 「それに関しては私も聞かせて欲しい」


 そんな空気の中、結乃が颯爽とリビングに入って来た。


 「結乃、いつから聞いてた?」

 「『あの男のどこがいいんだ?』の辺りから。で、天羽先輩、本当にあの男のどこがいいんですか?私も、少しだけ話したことはあるんですけど、お兄ちゃんの方がよっぽど魅力的でしたよ?」

 「おい結乃、黙ってなさい。話がややこしくなる」

 「えー?」


 突然結乃が訳の分からないことを喋りそうになったので、急いで黙らせる。俺のほうがカッコいいと言ってくれるのはうれしいのだが、時と場所をわきまえてほしい。


 「とにかくだ。天羽、お前の好意に茶々を入れたことは謝る。だが、自分の将来は自分で決めろ」

 「だが……私は推薦も取り消されて、何をすればいいのか……」

 「と、まあこれだけのことを言っておいてなんだが、天羽は今の志望校のままにするつもりか?」

 「それはどういう……」


 俺の言葉に玲羅は首をかしげる。そのしぐさはとても可愛いものだ。

 話は逸れたが俺の考えを話す。


 「豊西と同じ学校に行くつもりなのか?」

 「そりゃあ、私の志望校は帝聖だからな。多少気まずいが、仕方ないだろう」

 「だったら、一緒に希静高校に来ないか?偏差値もそこそこだし、なにより帝聖から数駅離れているから、基本的に高校で豊西とかち合うことはない。今よりも噂は広まってないと思うぞ」

 「……確かに、豊西のことならまだしも、暴力事件のことがひろまってるとなると……」

 「帝聖はやめたほうがいいと思うぞ」

 「確かに……少し考えさせてくれ。お前の言う通り、私の気持ちで高校を決めたい」

 「わかった。まあ、あの学校は偏差値が高い代わりに校則が緩いからな。ちょっと頭のねじが外れたやつも多いからな」

 「わかった。それも加味してみる。ちなみに椎名は行くのか?」

 「まあな。一般で行こうかなって思ってる。判定Sだし」


 俺の言葉を聞いて、玲羅が言葉を失った。まあ、希静はそれなりの難関校で有名だからな。S判定が取れるということは、全国トップレベルの学力ということだ。驚くのも無理はない。


 そんなことを考えていると、一通りの餃子が作り終わった。


 「よし、出来たな。玲羅はどうだ?」

 「私も出来たが……え!?玲羅!?え!?」


 あ、やべ…。つい名前で呼んじゃった。


 でも、名前を呼ばれて赤くなってる玲羅も可愛い。


 「悪い、間違えた。だからそんなにテンパんな。」

 「な、名前呼び……名前で……玲羅って……」


 あ、聞いてねえな?


 とりあえず、真っ赤になってる玲羅は放っておいて、ホットプレートを出してきた結乃に続いて、俺が餃子を焼き始めた。例にもれず、結乃は焼かずに食べるだけだ。マジで殴りたい。


 それがあっても、二人じゃなくて三人で、しかも推しキャラのいる空間での食事はいつもより少しだけ美味しかった。


 その日の夜中


 トイレに行きたい。体が痛い。

 そうだ。俺、リビングのソファで寝てるんだ。


 リビングで目を覚ました俺は、一瞬疑念を抱くも寝る前のやり取りを思い出して、すぐに平常心になる。


 現在、俺の部屋には玲羅が寝ている。大事な推しキャラだ、自分より丁重に扱わなければ。


 「トイレに行きてえ……」


 色々思い出すことはあったが、ひとまず尿意を処理して自分の部屋に戻ってくる。


 ん?誰かいる…。

 ―――ああ、玲羅がいるんだった。駄目だ。眠くて頭が回ってない。


 俺は、眠い頭で薄い思考を巡らせる。


 寝てるのか?寝てるよな?こんな深夜に玲羅は起きてないよなあ。


 玲羅が寝ているのを確認した俺は、寝顔を見るためにその場に座り込む。

 そのまま頬に触れると、玲羅はビクッと震えるも、すぐに静かな寝息をたてはじめる。


 そのまま、俺の気持ちが雪崩のように溢れてくる。


 「玲羅、君は豊西のことが好きで、未だに未練があるのはなんとなくわかってる。でも、俺は諦めたくないんだ。俺は君が好きだ。だから俺は、君に希静を勧めた。一緒の学校に行きたいから。ただそれだけなんだ。大丈夫。玲羅なら合格できる。不安なら俺が勉強見てあげるから、一緒に頑張ろう……

 君が豊西のことを、まだ未練がましく思ってるならそれでもいい。でも、絶対に落として見せる。」


 そう言いながら、サラサラと玲羅の頬を撫でていると、少しづつ熱を帯びてきたような気がする。

 しかも、その温度がとても気持ちよくて……心地よくて……


 「ふぁ……眠い…。」


 自室のベットの横で、そのまま倒れる様に寝落ちした。


 翌日


 「ん~……あれ?俺、リビングで寝てなかった?なんで自分の部屋にいるんだ?ん?」


 俺が困惑して、あたりを見渡すと、すぐに隣に玲羅がいた。


 「~~~っ!?」


 俺と目が合った瞬間、玲羅は顔を真っ赤にして足早に、部屋を去っていった。


 どうしたんだ?

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