☓よ、☓。セカイで一番、☓☓☓のは。

 あの子と初めて会ったは、桜が満開になり薄紅色の雨が降る季節だった。


 幼稚園にはいなかった彼女は、引っ越しのご挨拶だとかで家まで来た。だけど人見知りなのか、あるいは引っ越しで見知らぬ土地に心細かったのか。小さな体をもっと縮こまらせて、母親らしきおばさんの後ろに隠れていた。


「ほら、白雪。挨拶しなさい」


 強い語気は責めるようで、白雪と呼ばれた女の子の手を掴む力も乱暴だった。引きずられるように、前に出された女の子に、思わず息を呑む。


「……っぁ……えっと、あの、ええっと」

「ほらはやく、失礼でしょう!」


「……っはい、ごめんなさい」


 白雪と呼ぶにふさわしい、柔らかな淡雪のような肌に、少しウェーブがかかった、たっぷりとした艷やかな長い黒髪。真っ白なレースのリボンでハーフツインテールにした姿は、まるで童話のお姫様のように、きらきらと輝いて可愛かった。


 ひらりとレースを揺らして頭を下げると、小鳥のさえずりのような声音で「はじめまして」と挨拶をする。

 にこりと微笑む愛らしさは、まるで、さっきまで読んでいた絵本の白雪姫そっくり。





 かわいい。名前も肌も顔も声も。おまけに謙虚でいじらしくて。同性かつ幼かった自分でも素直に思ってしまうほど。



「白雪ちゃんはかわいいわね」


「白雪ちゃん、泣かないで。ほら、わんちゃんはもういないわよ」


「白雪ちゃんは、礼儀正しいわねぇ」


「白雪ちゃんは、いい子ねぇ」


「白雪ちゃん」

「白雪ちゃん」

「白雪ちゃん」


 みんな。


 白雪ちゃんに優しかった。

 泣き虫で、犬に追いかけられて泣いたり、飴ごときでオーバーなほど喜んだり。素直なリアクションと容姿でみんなが夢中になった。


 ――許せなかった。その場所は――私のものだったのに。


 幼稚園でも大人からはとっても愛されていたのに。同世代で逆らう子なんていなかったのは、私が一番可愛かったからなのに。


 それをあの子が、全部、全部奪った。



「白雪ちゃん、そのリボン可愛い!」

「……っあ、あり、がとう。――ちゃんのヘアピンもきれいで、似合ってる」


 誰かに褒められて、雪の頬を赤らめて微笑した。上品に口元に手を添えて。大人に媚を売って近い年の子にまで、いい顔をする。


 うそつき。

 心では自分より可愛くないって馬鹿にしてるに決まってる。


 だってそうじゃない、白雪ちゃんは誰より。



「白雪ちゃんが、一番かわいい」



 ぴしり。

 鏡が割れるような音が胸の奥で響いて、痛みが走る。

 毒林檎のような赤が視界を染めて、吐き気がした。



「ほら! 取れるもんなら取ってみろよ!」

「か、返して、それはお母さんのリボンだから、なくしたら怒られるの」



 男の子も白雪を、からかう。


 涙目になってるけど構われて喜んでいるに決まってる。


 だって、だって私がそうだったから。男の子のいたずらなんて、好きの裏返しってお母さんが言ってたもの。 


 なのにあの子、大袈裟に困って。気弱そうなふりをするのよ。悲劇のお姫様みたいに怯えて。なんていうんだっけ。

 そう、下品よ、そういうの。


 私はリボンなんて買ってもらえない。欲しいとねだったら、「この前ゲームを買ってあげたばかりでしょ」って。

 お母さん、いつの間にか白雪ちゃんに夢中で、意地悪にななっちゃった。


 欲しいのに。

 白雪ちゃんには負けたくないのに。

 あの子が持っているものは私だって欲しいのに。

 買ってくれない。

 あの子が奪ったお姫様役も取り戻したいのに。

 どうしたらいいのか、必死に考えて。

 考えて考えて考えて考えて。


 思いついた唯一の方法は。


「ねぇ白雪ちゃん、そのリボン、私欲しいなぁ」



 ――あの子から貰うことだった。



 でも、いいよね。奪ったのはそっちからだもんね。

 白雪ちゃんは色んなもの持ってるんだから私が貰ったって。



 ……イイヨネ。




 彼女が身につけたものを貰って。


 私を裏切って、私より白雪ちゃんが可愛いって言った奴らに、報復し続けて私のほうが可愛いって認めさせていけば。

 また、またあの頃に戻れるよね。そうだよね。

 

 ねぇ。



「こんなの、だめだ、よ。可哀想だよ」


 裏切り者への制裁を下したときの白雪ちゃんの言葉。

 可哀想だって。

 上から目線だよ、ねぇ本当にこんな子が一番可愛いの。自分がよく見られたいからって綺麗事言ってるんだよ。


 自分がイジメれる番になったら、ほっとした顔するくせに辛そうなの。ほらね、本当は嫌なくせに。

 イジメられたくないくせに、自分がイジメられる方がマシだなんて可愛こぶるの。なんて……。

 そう、なんて浅ましいんだろう。


 ほら、ほら。

 ほらほらほらほらほらほら!


 白雪ちゃんはみんなが言うほど可愛くない。

 私のほうが、ずっと一番綺麗なの。そうだったはずなの。


 ……なのに、なんで、なんで。



「また、奪うんだ」



 今度は私の好きな人まで。酷い、酷い、醜い。ぜんっぜん可愛くない。

 どうしたらいいの、やっとお姫様に戻れたのに。

 周りにもちゃんと教えて、ようやく白雪ちゃんがだらしなくて弱虫だと嗤い始めたのに。先生もお母さんもみんなみんなみんな、私の元に戻ってきてくれたのに。私が一番にしてくれたのに。一番可愛いって、綺麗って、美しいって。


 なのに彼女がいたら、またすぐに奪われちゃうの。

 わたしから、お姫様を奪わないで。一番を取らないで。



 お願いだから。私を。


 ――……一番に、して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る