不良くんは、彼女以外には怖い

 びくりと立ち止まる。振り返る勇気など持ち合わせておらず、ただ地から根が伸びて足を捉えられたように止まる。蒼汰は気にした風もなく。


「俺は正義の味方を気取るつもりはねぇよ。正直言って、面倒ごとに関わるのはごめんだ。周りがどうなろうと興味ねぇ。でもな、自ら俺に喧嘩を売ってくるなら、応えるぐらいの義理は返す」


「わ、わたし、蒼汰くんに、喧嘩なんて」


「売っただろ、俺のモンに手を出した。なら喜んで買ってやるよ」


 なァ、お前。こいつに、まだ関わるつもりなら。


 抑揚のない声が、ふと嘲笑がまじる。まさしく悪役の笑顔で。


「今度こそ、手が出ちまうかもなァ?」


「――!」


 地を這う警告。ついに百都子は悲鳴をもらして、へたり込んだ。ずるずる、わたわたと手足をめちゃくちゃに動かしてその場から離れていく。腰が抜けたらしい彼女の歩みは遅かったが、最後まで見届けて、ようやく姿が見えなくなったとき。


 蒼汰から膨らみあふれていた敵意が、すっと消えた。空気が一気に軽くなり呼吸が楽になる。


 後ろで香奈恵が「こわい」と小さく呟く。蒼汰も聞こえているはずだが黙殺した。


 ただ白雪が心の中だけで同意する。助けに来たヒーローというより、ヒロイン百都子を窮地に追いやるラスボスである。


「おら、てめぇらもどっかいけ。今まで見て見ぬふりだったくせに、アレについてグチグチと悪口言うとか、みっともねぇ姿を見せんじゃねェよ」


 しっしっ。ぞんざいに、手で追い払う仕草をする蒼汰にギャラリーが顔を見合わせる。勇気ある女の子が「蒼汰とその子って」となにか言いかけたが、ギロリと睨まれてすぐさま黙った。すごすごと散り、去っていく。


 すぐさま静寂が戻るのを、白雪は何とも言えない気持ちになる。彼の迫力と喧嘩やら物騒な噂のおかげで、素直に従うのだろう。別に彼は理由のない暴力はふるわないのだが、誤解されているのは納得できない。


「ほら、もう取られねぇようにしろよ」


 蒼汰は彼らの態度など気にする様子もなく、そっと体を離して、恭しく髪飾りを白雪の髪につけた。元のあった位置に戻り、白雪の視界に星の瞬きがうつる。


「ありがとう」


 安堵から口元が緩み、目を閉じた。よかった、本当に。幸福をかみしめれば。


「ん、かわいい」

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