不良くんはすくってくれる。 

 ほんとうは、学校なんて大嫌い。親も、クラスメイトも、先生も大嫌い。努力だって報われない。教室だって行きたい、授業受けて、あったかい部屋で蒼汰くんとごはんを食べたい。家に帰らずに。


 逃げて、しまいたい。


 たくさん生まれていく弱音。だがそれらより一際強いのは。


「……たす、けて」


 助けて。もう二度と口にしないと誓った言葉が、落ちる。それを蒼汰は丁寧に、ガラスに触れるように拾い上げた。


「――もちろん」


 とどめなくこぼれる涙を、彼は何度も何度も拭った。飽きないのかと問えば、当たり前だろうと笑う。本当に嬉しそうに破顔するものだから、白雪まで満たされていく。


 少しだけ身体を離すと、彼はポケットから無造作に引っ張り出す。何だと確認する前に、細い指が白雪の髪を梳かした。


「これ、やるよ」


「え、なに?」


 長い前髪がひらける。そっと触れれば、しゃらんと音を微かに立てる。


「ほらちょっとは視界が明るくなっただろ」


 膝を曲げて、目線の高さを同じにした彼は不敵に口端をつりあげる。ほんのり朱色に染まった頬に、色がうつりそうだと白雪は、目を逸らした。


「これってもしかして」


「見通し、良くなったろ。下ばっか向いてるから、見るべきものも目に入ってねぇんだ。ちゃんと俺を見ろよ」


 頭を撫でられて白雪は、そろそろと目線を戻した。そしてやはり後悔する。とろけるような甘い眼差しは、くらくらと目眩がするほど甘美で体に毒だ。


 恋に落ちるという表現には似合わない。緩やかに受け止めて包まれるような。穏やかな。


 きゅ、と蒼汰の服を遠慮がちに掴む。空いた手はつけてくれた髪飾りを撫でた。


「誕生日でもないのに、いいの?」


「いーよ。あげたかっただけだしな」


 貰ってばかりだ、と白雪は口を閉ざして悩む。何かお礼をしたいと思考を巡らせて。


「お礼……お金しか思いつかない」


「お礼に金を出す友達は嫌だ」


「ならええっと……髪飾りをお返しに買ってくるとか」


「お前のセンスは壊滅的だってことは、よく分かった」


 笑いを堪えるように肩をふるわす姿に白雪は、むっと眉間にしわをよせた。


 蒼汰は特に悪びれた様子もなく、軽く謝罪をしてから白雪の指と一緒に髪飾りに触れた。


「大切にしろよ」


「……うん。あのね」


「んだよ?」


「蒼汰くんは、私と、ただの友達でいいの?」


「お前はデリカシーを学べ」


 さすがの蒼汰も引き攣った表情で、軽くチョップした。痛みなどない、じゃれあいが心地良くて白雪は怒るふりすら忘れてしまった。だらしない笑顔だけが、きっとある。


「ほら帰るぞ」


 手を差し出される。


 それを数秒見つめて、ふっと息をついた。


 一歩踏み出して己のそれと重ねる。繋がれたまま、どちらともなく夜の道を歩き出した。邪魔する人もいない。今だけの、二人きりの世界を並んで。


「わたしね、信じるのが裏切られるのが怖いよ」


 ぽつり、と冬の夜空を見上げてこぼす。寒いはずなのに、もう震えは止まり春のように暖かい。


「それでも人といたい。信頼できる人の隣にいたい」


 隠し続け自分自身を騙して、なかったことにした本音を捧げる。


「わがままで、重たいでしょ。私」


 彼は握った手に力を込めて、やはり不敵に笑った。


「――これぐらい軽く受け止めてやるよ」

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