不良くんはいつだって

 せめて蒼汰のことを誤解してほしくなかった。

 せめて蒼汰のことを悪く思わないでほしかった。


 ささやかな、叶ってほしかった願いすら届かない。


 ばかだ。

 いつものように壊れてしまえばよかったのだ。痛みも苦しみも何も感じないように壊れて笑って、誤魔化せばよかった。


 わかっているのに、全てを見通すような、蒼汰の瞳が脳裏に焼き付いて上手くできない。彼の優しさを、正しい部分を否定されるのは我慢ならなかった。


 白雪はぐっと足に力を入れて、玄関へと歩き出す。後ろから何事か叫ぶ声がしたが、よく分からない。


 自分の言葉が足りなかったのか。説明が下手なのか。もっとうまく伝えられれば。


 後悔が降り積もり身体が重くなっていく。怠さを堪えて足を靴に入れて、ドアノブに手をかけた。

 すると後ろからぐっと腕を掴まれる力の強さによろめく。急速に恐怖がせり上がって全身を支配する。母親がまた怒っている。その事実すら曖昧だ。


 圧倒的な力で指が食い込む。嫌悪感とない交ぜになって一刻も早く逃げなければと、半狂乱で振り払った。


 口からほとばしる絶叫が、自分のものだと気がついたのは、外へと転がり出て走っている途中だった。



 白雪には逃げ場所が一つしかない。

 家は駄目。

 近所も百都子と鉢合わせする可能性を捨てきれない。

 唯一、学校の空き教室は誰も近寄らない。だが時刻は九時半、当然だが校門は閉まっているだろう。


 だから。


 冷たい外気に晒されて冷めていく頭の中で、何処に向かっているのだろうと己に問いかける羽目になった。

 行くあてもなく、足を必死に動かして夜の町を彷徨っていた。街灯の光が眩しい。


 逃れるようにまた別の場所へと追い立てられるがごとく、走った。


 何分だろうか。体力など殆どない白雪は、息が乱れて視界が霞む。震える足が意志とは反対に止まってしまい、柵に手をついた。


 顔をあげれば、明るく照らされる寂れた公園。百都子とも来た覚えがある、決して楽しい記憶などない遊具の数々。引っ越す前はブランコが好きだったのに、後ろから突き落とされてから、嫌いになった。


 かえりたい。


 漠然とした願い。何処へだろうか。家でも、ましてや学校でも。全部白雪にとって居場所という席は見当たらず。百都子と、教師と、両親と話す度に実感するのだ。


 帰りたいのはここではない別の場所だと。


 そのときポケットが振動した。親だろうか、難渋した動きで携帯電話を取り出して。


「そうた、くん」


 目を見張った。明るい液晶画面には蒼汰と表示されている。着信中に固まっていたが、いつまでも鳴り止まない。


 は、と吐息とも笑いともつかない。親指を滑らせてタップする。痛い心臓に瞼をおろして耳に押しつけた。


「白雪、今いいか。ちょっと頼みがあって」


「……」


「出来れば……白雪?」


 およそ五秒も満たない時間で、彼の声音が訝しげに変わる。勘が良い男だ、異変に気が付くのも早い。


 白雪は何か喋らなければと口を開いたが、無駄に息を吐いただけだった。白い空気が上にのぼって霧散する。土の地面が靴底にこすれて、じゃりじゃりと鳴った。


「……おまえ、まさか外にいんのか?」


 静かな問いに、相手は電話の向こうなのに頷いた。さぞ間抜けな姿だろうなと他人事のように思った。


 無言の白雪に痺れを切らしたのか、蒼汰は低く囁いた。


「――場所、教えろ」


 荒い呼吸を呑み込み、絞り出した声は存外平坦だった。ずっ、と鼻をすするのさえなければ泣きじゃくったのがバレない程度には。


 彼は一拍置いてから「そこから動くな」とだけ伝えると電話を切った。

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