彼の出会い

 ――蒼汰が、白雪の存在を意識したのはテストの日であった。


 出席日数を計算しつつ、気まぐれで学校に行くと運悪くテスト当日だった。


 勉強は嫌いではなく、暇なときに教科書を眺めるぐらいはするので問題も難なく解ける。だが、筆記用具など持っていない。ただ、本当に何となく登校しただけで所持品は財布と携帯電話のみであった。


 回されたプリントを隅にやり、欠伸をこぼす。教師と目が合ったが、怯えたように逸らされた。寝ていても文句は言われないだろうと、机に伏せようとして。


「……あ?」


 ピンク色のシャーペンと消しゴム。怪訝に見やれば、暗そうな女が顔はこちらに向けず、差し出していた。


 ことんと置かれた最低限のそれら。女は、そのまま手を上げて教師に「気分が悪くなったので保健室に行きます」と宣言する。確かに長ったらしい前髪から除く顔は青白く、体調は芳しくない。教師は、先ほどオドオドした態度を引っ込めて、呆れたような顔をする。


「またか」


 野良猫を追い払うかのように面倒なのを隠さず、渋々了承する。女はへらりと愛想笑いを浮かべた。媚びを売る、気色悪い笑顔だ。


 最後まで蒼汰を見ずに教室から退出した。残された筆記用具、ピンクの無地、所々剥げており使い込まれているシャーペンをつまむ。


 余計なことしやがって。そう舌打ちを思わずこぼせば、敏感に教師が肩を震わせた。


 かちかちと芯を出して、プリントに走らせた。






「白雪ちゃん、テストのときしかクラスに来ないんだよね」


「あとさ、優等生って感じでね。真面目で気取ってて感じ悪いの。暗くて気持ち悪いよね」


 シャーペンを預かったままも気持ち悪いと、女の所在を聞けば、やけに馴れ馴れしい女子は噂話をつらつらと語る。


 心底興味がなく受け流した蒼汰は、彼女を探した。

 不登校になりかけた生徒の救済処置である別室にも姿は見当たらず保健室にもいない。


 帰ったのかと、靴箱を覗けば運動靴がある。


 仕方なしに時間を潰そうと保健室のベッドで寝た。そこまでは良かったが、母親のせいでろくに寝られられなかった蒼汰は、下校時刻をとうの昔に過ぎた頃に目覚めた。

 

 夕日はなく、夜の帳が下りた世界。月明かりだけが頼りで、校舎は人の気配を感じさせない。


「……教師はいるか」


 廊下に出れば、職員室だけは皓々と光っている。がりがりと頭を掻いて、ポケットに手を突っ込み教室に向かう。


 直接渡せなくとも彼女の机にいれておけばいい。


 初めからそうすれば良かったが、あの周りの機嫌を伺って、へらへらとしている顔に一言文句をいってやりたい気持ちがわき上がったのだ。だから待ち構えていたが――さすがにこの時間には帰宅しているだろう。


 無造作にポケットに入れたペンと消しゴムを、明日まで持っていようとは思わなかった。ただでさえ家に帰って、あれと顔を合わせるのだ。疲れたくない。何よりあの部屋に持ち込みたくもなかった。


 冷たい空気、息を吐けば白く漂う。真っ直ぐ向かった道のり。途中で、ぴたりと立ち止まった。


 がたんと揺れる音が空き教室から聞こえた。


 誰も使われていない場所、噂ではイジメを苦にした生徒が自殺し、幽霊となって出没するらしい。当然蒼汰は鼻で笑い飛ばした。事実無根、そもそも自殺者などいない。オカルトが好きな奴が流したデマである。


 だがそれでも自然と忌み嫌われている場所だ。こんな時間に、誰が好んで入っているのか。


 チラリと廊下に設置された時計を見た。時刻は七時、既に生徒は下校している。


 蒼汰はしばし黙考し、興味本位で扉に指をかけた。音をたてて開ければ。


「――……お前」


 彼女は、そこにいた。



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