不良くんのトモダチ

 蒼汰は泣かす宣言の翌日、駅前で待ち伏せまでして一緒に登校した。


 眠そうな彼はいつもは昼登校だが、白雪にあわせて朝から起きたらしい。


 休憩時間には空き教室で待ち構えられており、ストーカーなのではと疑いたくなった。


 思わず口にしたら能面のような微笑みを貼り付け、片手ひとつで頭を鷲掴みにされたのだが。トマトを潰す映像がよぎるほどの恐怖と痛みである。



 助けて貰った恩がある。その上で白雪は断言する、卯之木蒼汰と自分は相性が悪い。


 愛想笑いで誤魔化し、意思を呑み込んで他人の奴隷になろうとする白雪とは正反対。


 蒼汰は自分の意志をしっかり持ち伝える。食い違えば議論し、双方納得するまで解決させない。


 意見が異なった場合、納得したふりをすれば怒るタイプだろう。


 気が合わないのは彼自身も感じているだろうに、何故懲りずに関わってくるのか。


 謎は解き明かされず、白雪は流されるがままになっていた。



 昼休み。がやがや騒がしい校内。


 白雪はオアシスの空き教室で、冷たい椅子に腰を下ろした。


 暖房器具のスイッチを押すのは控えている。無断使用に罪悪感はあるので、電気は極力使わない。あと音で、いるのがバレたら困る。


 寒さに耐えつつ、いそいそと椿柄のお弁当を開けた。


 コーンクリームコロッケ、ミートボール、玉子焼き、トマト、ブロッコリー、俵型のおにぎり。


 好物のみで構成されており、毎日同じメニュー。飽きは来ない。大好きな食べ物なので。


 午前中で働かせた脳ときゅうと鳴るお腹のためにも、今すぐに頬張りたい。そっと手を合わせて。


「そいつ誰?」


 がらり。


 楽園を破壊する乱入者は、ドアを開けると同時に問いかけた。


 びしりと固まった白雪を無視して隣まで歩み寄ると、その辺の椅子を片手で引きずる。どかりと座って長い足を組む姿は様になる故に苛立つ。


 スタイル、顔面が良ければ何でも許されると思うなよ。


 我が物顔、まるで当然のように居座り始めた男――卯之木蒼汰は稲荷寿司のパックのテープを切った。


「……稲荷寿司なんて売ってるんですか、ここ」


「敬語」


「普通あんパンとかではないんで」


「けいご」


「……あんパンとかの方が人気出そうじゃないです」


「お前耳ついてんの? 聞こえるようにしてやろうか」


「美味しそうな稲荷寿司だネ!」


「だろ? ここの購買部は何でもあるからな」


 ささやかな反抗をしていたが、ぶわりと溢れた刺すような苛立ちに負けた。女子を脅すとはどういう了見だ。


「で、そいつ、誰?」


 再度問いかける蒼汰は、割り箸で稲荷寿司を頬張る。大口だが、美味しそうに食べるおかげか、品があるようにも見えた。いやイケメンだからか。何にしても得をしている。荒っぽい行動も似合ってしまう。


「彼女は香奈恵かなえちゃん。今は一緒に食べてるの」


「こ、こんにちは」 蒼汰の視線の先――白雪の正面で縮こまる少女は、蚊の鳴くような声で挨拶をした。


 探るような目に怖じ気づいたのか、蒼汰が纏う他者を寄せ付けない雰囲気のせいか。


 おそらくどちらでもあり、不良の見た目のせいでもある。


 校則違反など意に介さない服装、大量のピアス。


 彼に惚れた女子でもない、教室の隅で座るようなタイプにとっては避けて通りたい人物だろう。


 白雪も何度か不良同士の喧嘩も度々目撃している。大体蒼汰が圧勝しており、戦慄を覚えるのだが。白雪など片手どころか、小指で倒されそうだ。


「今は、ね」


 引っかかったのか、わざと復唱した上で含みを持たせた。


 野生の勘か、ぼかした事実を探り当たられては困る。早々に話題を変えるべきだな。


「ここ寒いのに、一緒に食べる気なの?」


「さみーと思ってたのか?」


 意外そうな反応をするな。この膝に置いたブランケットが目に入らぬか。


「教室で食えばいいじゃん」


「……それは」


「他の人と食うのはいやってか」


 大嫌い。人がそばにいるだけで吐き気がする。


「それでも食うわけだ。こいつと」


 同意も示さず黙っていれば、蒼汰は稲荷寿司をまた一つ口に放り込む。


 咀嚼する姿にびくびくしたが、追求はない。


 有り難い。だが目の前でオロオロと困る香奈恵にも、配慮してほしい。怖い同級生が無遠慮に入り込んだら、戸惑う以上に帰りたくなるだろう。


 現に白雪は今すぐ家のベッドで布団に包まりたい。 嫌な沈黙だ。


 せっかくのミートボールも味がしない。喉にすら通りにくい。状況を打破するために愛想笑いを浮かべつつ蒼汰へと質問した。


 おそらく香奈恵は、まともに会話できない。


「不良くんも友達いないの」


 話題を間違えた。


 明らかに喧嘩を売っている。他意はない、ただ昼休みに寒さを我慢しても食事を共にするものだから気になっただけで。そもそも白雪は友達は必要ない派であり。


 つらつらと言い訳を考えている内に蒼汰は、短く笑い飛ばす。ゆるりと目を細めて口端をつり上げる。


 挑発的な、威圧感のある笑みだ。


「いねぇーと思う?」


「うん」


「あ?」


「ごめんなさい」


 にっこり、人の良さそうな顔で声だけ地を這う低さに変えないでほしい。威嚇に即負けした。すぐに怒る男はモテないぞ。……いやモテているのか。


 彼は綺麗に食べきって、空になったパックを片手に立ち上がる。軽く伸びをしてから、くるりと背を向けた。


 どうやら立ち去るらしい、気まぐれな猫なのか。どちらにせよ助かるが。


 しかし甘い考えはすぐさま打ち消された。


 少し振り返った蒼汰は、真っ直ぐに白雪を見つめて意地の悪い表情で。


「連れてきてやるよ。俺のダチ、彩音あやねってやつ」


 死刑宣告。


 言い残して教室を後にする。背中を眺め続けて、白雪はそっと窓から空を見上げた。今の言葉を忘れようと必死に平然を装った。


「し、白雪ちゃん! 今、卯之木さんが連れてくるって!」


「聞き間違いだよ」


「卯之木さんの知り合いなら、やっぱりヤンキーじゃない!」


「帰っただけだよ」


「現実逃避しないで、白雪ちゃん! 現実を見て! 彩音ちゃんって」


 蒼汰の知り合いならば、ギャルだろうか。とても困る、価値観が違う同性というのは厄介なのだ。ヤンキーたちに囲まれるなど死だ。


 何故こうなったのか、走馬灯のように記憶がよみがえったが原因は見つからない。


 卯之木蒼汰は清川白雪が好き。デマで構成された噂話。あの態度を見て、しっかり判定してほしい。好きな相手に取る態度ではない。


 絡まれて助けられた白雪の方が、惚れる要素がある。恐怖でそんな甘酸っぱい感情は芽生えもしなかったが。蒼汰が恋心を抱く出来事など起きていない。


 泣かすためだと彼は言った。つまり仲間呼んで……。ううん、身の危険を感じる。


「香奈恵ちゃん、ごめんだけど。場所を」


「おらよ。ご注文の品だ」


 無情である。


 出て行って数分だというのに帰ってきた。先ほど稲荷寿司のパックを持っていた手には、代わりに誰かの襟首。引きずってきたらしい。


 問答無用、とんでもない男である。


「喜べ、これからはお前のダチでもある。欲しかったろ」


「いらないいらないいらない」


 ぶんぶんと首を横に振ったが無視である。クーリングオフってきかないのかな。


 投げるように彩音ある人物を差し出した。


 ひ、と悲鳴を上げたのは白雪か後ろで固まる香奈恵か。

 思わず立ち上がって、後退った白雪の前に、よたりとふらつく生徒は低めの声で「いったいなぁ、もう少し丁寧に扱ってよ」と服の乱れを正す。男子用のネクタイは緩めたままだが。


 ……男子用の、ネクタイ?


 違和感に、じっくりと観察する。


 金色の髪。右耳だけつけた、ゴツいシルバーのピアス。蒼汰と同じく着崩した男子制服。細身でふわふわした雰囲気を纏う人物は、不良には似合わない顔立ち。


「お、おとこのひと?」


 柔らかな笑みといい、気の抜ける御仁。その相貌は間違いなく男であった。


 あやね、と呼ばれた彼は、やはり優しげで穏やかだ。不良という名称は似合わない、空気を柔らかくする笑顔を浮かべる。


「こんちはー、噂の子だぁ」


 ゆったりとした口調、彼の周りだけ時間がゆっくり流れて傍にいるものを和ませる。


 白雪は、条件反射で笑みを返して軽く頭を下げた。こんにちは、と挨拶をしてから逡巡する。色々訪ねたいが、まずは一番気になる部分を切り出す。


「なんの噂?」


「それは秘密だけど」


 なら言うな。


 明らかにわざと誤魔化された。人間は隠されると知りたがる生き物だ。だが、白雪は踏み込めば自分に都合が悪いものもあると知っている。


 最近信じがたい噂を入手して、現在進行形で白雪を惑わせている。


 まさか蒼汰の友人が『蒼汰が白雪を好き』を当事者たちの前で仄めかさないだろう。まともな人なら。 まともから外れた代表の男、蒼汰はびっと親指で白雪を指す。


 人を指さすなと教わらなかったらしい。そのまま横に引いたら首切りサインである。物騒。


「泣かすためにつるんでる」


「えっ……それ本人に言ったの……?」


「鈍感そうだからな」


「あはは、頭おかしい」


「彩音に言われたら、お終いじゃねぇか。やめろよ、お前よりマシ」


 今の会話から察するに、二人は軽口を叩けるほど仲が良いらしい。


 おっとりな印象とは正反対の、歯に衣着せない発言。案外気が強いのかもしれない。


 無か凶悪な微笑みしか表情が動かない疑惑が浮上していた蒼汰氏、彩音につられてか、心なしか穏やかにも見えなくも。


 見た目は置いておいて、二人揃うと不良とは思えぬほど、その辺にいる男子学生――。


「つーか学校の窓を全部割りたいって、ぼやくお前の方がヤバい」


「昔の歌で聞いてさ、やってみたいなぁって」


 器物破損。犯罪かつ迷惑の極み。


 明日の晩ご飯は何だろうねという気楽さで、とんでもない願望を持った男である。


 本気で行動に移したら容赦なく先生に売ろう。黙ってれば共犯だ。絶対避けたい事態である。


 蒼汰より危険な男なのでは。


 認識を改める必要がある、白雪はそっと後退った。


 が、距離を置こうとしたのを目敏く反応する窓ガラス破壊衝動持ち男子。


「よろしくね、シロちゃん」


「あ、は、い。よ、よろしくお願いしま……シロちゃん?」


「うん、シロちゃん」 憎めない笑顔に騙されそうだが、完全に懐かない犬か猫を見る目である。


 白雪は、言いたい文句を呑み込み引き攣り笑いで応戦した。


 蒼汰より手強そうで、今すぐ時を戻して他人に戻りたい。できるなら蒼汰とも他人になりたい。あわよくば別の高校を受験するところからやり直したい。


「何、お前、彩音みたいな男がタイプなの?」


 なんてこというんだ。こいつ。


 ぶんぶんと首を振れば、蒼汰は眉間に皺をよせる。メンチを切るっていうのだろうか。鋭い眼光に、都合よく神様に助けを求めたくなる。


「やめとけよ、こいつ性格が悪いぞ。面倒だし」


「ダチに向かって酷いなぁ。蒼汰だって、とやかく言える善良な市民って奴じゃないじゃん」


「お前よりマシだわ」


「どんぐりの背比べって知ってる? 多分僕とだったら同じぐらいだよ」


「心外にもほどがあるわ」


 むすっと機嫌が悪そうにふてくされる蒼汰に、彩音がしなだれかかる。きゃっきゃっと騒ぐ姿は年相応である。


「まぁこれから長い付き合いになるんだし、蒼汰共々よろしくね」


「えっ」


「よろしく、ね?」


「……ハイ」


 不良は圧をかけないと死ぬ生き物なのかもしれない。 半ベソで頷けば、蒼汰と彩音が笑い合った。ふんわり綿飴のように甘い笑顔と、獣を彷彿とさせる獰猛な、おそろしい笑顔。


 どちらも恐怖の対象である。急激に騒がしくなった周囲、一日前まで一人のときが多かったのに。犯されていく安息地帯に天を仰ぐしかない。彼らに反抗する強さは持っていなかった。今後持つ予定もない。不良、怖い。


「でも、蒼汰も素直じゃないね。シロちゃんが心配だって言えばいいのに」


「んなもん、言わなくとも伝わるだろ」


 さらり。当然のように交わされる内容に白雪はキョトンとした。心配とは何の話だろうか。


「蒼汰は、シロちゃんが気になって仕方ないってこと」


「え?」


「こんな寒い部屋で風邪ひかないかなぁとか、誰かにいじめられてないかなぁとか。そういうの」


「泣かすって宣言した人が?」


「誤解されやすい奴なんだ。大体蒼汰は嫌いな奴には近づかないよ。こうやって会いに来てるってことは、一緒に遊びたいとか、困ってたら協力したいって思ってる」


 そうだよね、と同意を求めるように蒼汰へ確認する。それを不思議そうに首を傾げてから。


「最初からそう言ってるだろ」


 言ってない。


 無垢な瞳を向けられて混乱が極まる。だが蒼汰は依然と「伝わってなかったのか」と呟き、白雪の反応を意外そうにしていた。


「なんで、そこまで」


 構うの。純粋な問いかけに蒼汰は当然のように。


「決まってんだろ。友達が困ってるからだよ」


 いつも怖がってるのを、放っておくほど薄情じゃねぇよ。


 あっけらかんと見抜く蒼汰に、白雪は口ごもる。頭の中で復唱してから目眩がした。


 崩れていく。ひとりぼっちの日常が。居場所を侵食されて白雪は、そっと目を逸らす。


 変わることへの恐怖を隠すように曖昧な笑みを浮かべれば、蒼汰が不満そうに眉を寄せた。


 それから何か言おうとしたようだが、結局口を閉ざす。


「難儀だねぇ」


 二人の様子を傍観した彩音は、のんびりと微笑んだ。



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