不良くんにとって大切なもの

 首元のマフラーを巻き直すと、人の合間を縫うように進む。縺れる足をもどかしくも動かして。


 どうにか不良のすぐ後ろに辿り着く。改札口を出る寸前、咄嗟に着崩した制服の裾を掴んで静止した。


「まって!」


「……あ? んだよ」


 胡乱げに振り向き、心底面倒そうな顔を向けた。


 舌打ちをしそうである。のぞいた八重歯が一層に獣を連想させ、今にも牙を剥き食い殺されそうだ。


 駄目だ、逃げたい。


「あ、さっきの」


 ぱちぱち何度も瞬きを繰り返す不良は、幾分か幼く見えた。だが、すぐに不可解そうに険しい顔になる。


 早々に追いかけた後悔が白雪を支配したが、不良と繋がりなど持っていたくない。


 泣きそうなのを、ぐっとこらえて手に握ったネックレスを差し出した。


「これ、これ落としました」


 沈黙。


 まさか落とし主が違ったのか。いや、しっかり彼の首元から落ちるのを目撃したはず。


 重い空気の中。不良は骨張った大きな手で自身の胸元を確認して、納得したように表情を和らげた。


 とはいえ刺すような空気が消えただけで、表情は無に近いが。


「あ、まじだ。サンキュ。……よく俺のだってわかったな」


「落としたのを見たので」


 案外素直にネックレスを受け取る不良は、傷を確認しているのか手の中で転がす。


 きらきら、本物の宝石なら女子が喜びそうだ。不良は平然としているが、どこか引っかかるのか悩むそぶりをみせた。


「ふぅん。気持ち悪がらねぇの?」


 おもむろに問いかけてきた不良に、目的を果たして今すぐに消えようとしていた白雪は、不意を突かれた。


 一瞬何を言われたか理解できずに黙考する。


 疑問符を飛ばす白雪に痺れを切らしたのか、不良が短い息を吐いて笑う。


「こんな図体デカいやつが、こーんな少女趣味……いや女児向けか? 玩具持ってたら引くだろ」


 薄い唇が三日月に歪む。


 皮肉、自嘲めいた笑みに白雪は気圧され一歩下がった。


 機嫌を損ねたらしい。


 気温だけではない、明らかに彼の纏う空気が一変しており冷や汗が顎を伝う。


 無言は不正解、取り繕う余裕も気力もない。


 かわいた喉を無理矢理動かして、自分の本心を伝える。


「大切なんだろうなぁって」


「……は?」


 情けなく震えた声に、不良が片眉をつり上げる。低い声音に負けないよう白雪は続けた。


「そ、そのネックレス。古そうだけど、綺麗だから。大切なのかなって。それだけ」


「――」


 それに。


 ネックレスを取り戻したとき安堵したようだった。勘違いと言われれば、それまでだが。


 似合わないとか似合うとか分からない。大切ならば持っていればいい。


 不良は僅かに目を見張った。ぽかんとした顔で白雪を凝視する。


 痛い、視線が。沈黙が。


 うん。耐えられない。帰ろう。さっさと家で漫画を読もう。そうしよう。知らず知らずのうちに不良の逆鱗に触れる前に。地雷をぶち抜きたくない。


「じゃあこれで」


 いつも通り笑顔の仮面を貼り付けて、気さくな態度で手を振る。愛想はばっちりだ。


 くるりと背を向けて、つい先ほど上った階段を急いで駆け下りる。一刻も早く彼から離れたかった。


 本来降りる必要のない駅だ。一度も寄ったことがない知らない土地というだけで居心地が悪い。


 電光掲示板を見上げれば、時間はまだまだあった。


 ポケットから携帯電話を取りだし、暇を潰す。


 怖かったが終わってしまえば何てことのない出来事。


 事件も無事に解決した。数分もすれば、不良とのエンカウントは徐々に薄れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る